第68話 秘された炉
御影は広場の闇の中になにかを探すように歩きながら、静湖たちに語りかけた。
「〈流の炉〉に向かう前に、簡単にご説明を。炉の存在は、多くの市民には秘されています。これから語ることは、王国中枢の秘密とお考えください」
御影の前置きに、静湖はごくりとつばを呑む。御影は淡々と続けた。
「〈流の炉〉は、王都の中心地、王宮の地下にある動力炉です。そこからは王都中に水が流れだし、運河や水路となっています。その水に〈流〉の力を流しこんでいるのが〈流の炉〉です。王都を巡る水は〈流〉の力を宿しているために、王都のどこでも、人々の歌や演奏によって魔法が発動するのです」
静湖は問いかけた。
「街の人々はそれを知らないの? 〈流の箱〉というものの工房で、その箱のおかげで街では魔法が働くんだ、と言っている人がいたよ」
御影は、ええ、とうなずいた。
「〈流の箱〉は小型の〈流の炉〉のようなもので、補助として使われています。どの家にも配置されていて、暮らしで使う水の中に小さな〈流〉を流しています。市民たちはその箱が魔法の仕組みだと教わって管理していますが、その小さな〈流〉は動力源にすぎません。おおもとの大きな〈流〉は〈流の炉〉から巡ってきて、どの曲によってなんの魔法が発動するか、王都の魔法の仕組みを組みあげているのです」
「王都の運河や王宮の地下に、そんな大きな魔法の流れが……」
静湖は、ずっと暮らしてきた王宮の地下を、巨大な〈流〉が巡る様を想像してつぶやいた。音楽が轟いているのだろうか? それとも龍の姿で?
御影は目を伏せて続けた。
「ですがそのおおもとの〈流〉はだいぶん弱っていて、他の力でなんとか補っている、というのが現状です。〈流の箱〉もひとつの対処法として整備されたものです」
准が意外そうに尋ねた。
「弱った〈流〉を流しているんですか。大丈夫なんですか」
御影はどこか諦観を宿した目を柔らかく細め、准に向けた。
「その〈流〉は王都創建のときにはすでに弱っていたんです。消えてしまわないようにと〈流の炉〉に流しはじめた、ともいわれています」
「はじめは、その〈流〉を助けるためだったの?」
静湖が問いをはさむと、御影はうなずいた。
「そうですね。それからずっとその〈流〉に助けられているのですが」
御影が穏やかに答えるのを聞いて、静湖はうしろを歩いていた灯の様子をうかがった。〈流の炉〉を悪行魔法だと断じていた灯は、むずかしく顔をゆがめていた。それは欺瞞だ、とでも言いたげに。
「ですがそれから王都は、弱り続ける炉の力という問題に向きあわされてきました。今は、私が育てた〈櫂覇〉という小さな〈流〉も炉の力を補っています」
「〈人〉を溶かして力としたこともあるくらいだものな」
御影の説明に、ついに灯が口を挟んだ。静湖たちは驚いて足を止める。
「灯さん、それはどういう……」
「ひょっとして、朔夜さんのこと?」
准と静湖がおそるおそる尋ねると、灯は険しい顔でうなずいた。
「二十年あまり前、宮廷魔術師のあの女、結良が、補助となる〈流〉を炉に適合させる大がかりな実験を行なった。私は炉に流しこまされかけた。そのとき、なぜかは知らんが朔夜が私を救いだし、自らが代わりに炉に流れる力となって〈流の炉〉を存続させたんだ」
灯は首を左右に振って付け足す。
「〈流〉のことなど捨ておけばよかったものを。〈人〉が代わりに飛びこんで解決する問題とは思われなかった。それが、飛びこんだ朔夜は〈流〉となってしまったんだ」
えっ、と准が声をあげる。静湖はいぶかしく思い、目を細めた。
御影が柔らかなまなざしを伏せて、続きを語った。
「〈人〉が炉に流れる力となったことは、痛ましい事故とされましたが、我々宮廷魔術師に大いなる謎をつきつけました。〈人〉であった朔夜様は、炉に飛びこまれて〈流〉に〈反転〉してしまったのです。炉には〈反転〉にまつわる力がある、と我々は改めて気づき……」
静湖ははっとして声をあげた。
「〈流の炉〉は〈反転〉の力にかかわるものなの? じゃあ、白流は〈流の炉〉を使って、もっと大規模な〈反転〉を起こすつもりなんじゃ──止めなくちゃ!」
静湖の叫びに、灯も、そうだな、と応じた。
「私の〈流の炉〉への復讐戦もこうなってはお預けだ。白流を止めるぞ」
はい、ええ、うん、と一同の声が重なった。
と、御影が広場の暗闇になにかを見つけ、走りよった。
「ありました! 望夢様の」
「望夢の?」
静湖は妹の名前にびっくりして御影を追う。御影の手は中空に伸ばされ、指先がなにかに、とん、と触れた。そこには虹色にゆらめく透明な球が浮かんでいた。
「この球は望夢様の魔法によるもの。望夢様はこれを通して広場を見ていたはずです。力をたどれば転送魔法が働くようにしてあります。これで王宮へ向かいましょう」
皆がうなずくのを確かめ、御影が球を手に持った。
光があふれ、体が球に吸いこまれていく──。
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