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第62話 流の楽園

 橋の先は宵闇の街が続いていた。王都のどこを歩いているか、静湖(しずみ)にはわからない。人形の行列と連れだって進みながら、静湖は結良(ゆうら)に手短にいきさつを報せた。


 記憶を失って天流(あまる)地方にいたこと。(じゅん)たちと出会い仲間となったこと。雲海地方で朔夜(さくや)が現れたこと。光海国(ひかるみこく)におもむき、母である聖妃更紗(さらさ)に会ったこと。更紗から〈白流(シロル)〉を説得してほしいと頼まれたこと。


 その上で静湖は問いかけた。


「街の人が言っていました、王宮は凍りついて誰もいなくて、国王の行方もわからないって……父上や御影がどうしているか、ご存知ですか」


 結良は肩を落として答えた。


「そのとおり、王宮には誰もおらんよ。私は城の鏡からこの都に出入りしているが、〈流災〉の翌日から誰にも出会えていない。白流にもだ。唯一の手がかりが、最近になって徘徊しはじめたこの人形たちだ」

「そうでしたか」


 王宮の皆はどうしてしまったのだろう。心配にきゅうと静湖の胸は痛む。だが今は手がかりを追うしかないようだ。


 静湖が覚悟を新たにして次の橋を渡ったとき、結良が声をあげた。


「この先は広場ではないか!」


 静湖も街並みに覚えがあると気づく。結良は興奮気味に語った。


「街に何度来てどう歩いても、たどりつけない場所があった。それが広場だ」

「なら、そこに白流さんがいるかも……!」


 准が緊張した面持ちで振り向く。静湖はうなずきを返した。


 ほうぼうから来た人形の行列は広場になだれこみ、集会の様相で、同じ方向を向いて集っていた。その先には──。


「願いの木!」


 静湖たちは広場の端から巨木を見あげ、息を呑む。新雪が一面に積もった純白の広場の中央で、美しく樹氷をまとった木が、淡く光っていた。この季節には立てられているはずのない願いの木だった。


 木の中腹の枝の上に、白く動く人影があった。枝に腰かけた白い髪の人物が、少女のような少年のような華奢(きゃしゃ)な姿で、花びらをまくようにして雪を降らせていた。雪は木のもとに集った人形たちに降りかかると淡く輝く。人形たちは両手をあげて、洗礼を受けるかのように雪をかぶっていた。


 雪を降らせている人物は、王都を襲った白なる交響〈白流(シロル)〉であった。



 白流は枝の上にゆっくりと立ちあがり、静湖たちのほうへ顔を向けた。白をつかさどる雪の(あるじ)として神秘的に、夜に浮かぶ精霊のように幻惑的に。

 途端、白流のもとの人形全員が、ざざっと音を立ててこちらを振り向く。


「ようこそ」


 白流のよく通る声がそう告げるや、人形たちは二方に分かれ、静湖の前に道を開いた。

 ……進まないわけにはいかなかった。


(あかり)さんたちがいない」


 准が小声でささやいてくる。振り向くと、灯と朔夜の姿がなかった。広場には入らず、身を隠したのかもしれない。静湖は小さく准と結良とうなずきあい、人形たちの中を進んでいった。


 願いの木のもとへ三人がたどりつくと、白流は枝の上で大きく手を広げ、歌うように声を張りあげた。


「ようこそ、〈(リュウ)〉の都へ」


 そのまま夜の天をあおぎ、白流は続ける。


「この都には〈流〉たちが暮らしてる。魔法の力として街を巡ってる小さな〈流〉から、もともとの〈(ヒト)〉の生活を続けている自我のある〈流〉まで、ここは〈流〉の楽園さ。まだ〈人〉から〈流〉への移行は完全ではないけどね」


 結良が、なにを、と小さくつぶやく。

 静湖はあっけにとられながらも、思いきって白流に問いかけた。


「街の人は〈流〉になったというの?」


 白流は嬉しそうに静湖を見おろして答えた。


青流(あおる)! そうだよ、人々は〈反転〉の力で〈流〉という本来の姿に戻ったのさ。君も知ってるだろ、〈人〉はもともと〈流〉なんだ。それなのに〈人〉はそれを忘れ、同族とも知らずに〈流〉を動力として使役してきた。ゆがんだ文明だろ?」


 答えることができない静湖に、白流はたたみかける。


「生まれ変わったこの都では、そんなゆがみはない。人生をいとなむ〈流〉と魔法の力として巡る〈流〉は交流し、皆が音楽を豊かにするために生きるんだ。どうだい?」


 静湖は固い声で答えた。


「皆をもとに戻して」

「なぜ? 本来の〈流〉に戻った人々は、すべてを音楽の意識で生きる日々に近づいているところだよ。生は流れになり、負の感情は心の曲調にすぎなくなる。わずらわしい体は響きになり、君たちがもっとも恐れていた死は消える。音楽そのものに戻って生きるすばらしさ! 青流、君ならわかるでしょう」


 静湖はきっぱりと応じた。


「僕たちは〈人〉だ。いきなり〈人〉としての生き方を奪われて、幸せにはなれない」

「青流……」


 白流は、静湖の毅然(きぜん)とした態度に傷ついたかのように顔をゆがめた。

 結良が小さな杖を構えつつ問いかける。


「白流、おまえの目的はなんだ。王都をめちゃくちゃにし人々を〈流〉にして、おまえになんの益がある?」

「〈流〉だけの世界を創る」


 白流ははっきりと言った。片手を天に突きあげ、その先に白光を宿しながら叫ぶ。


「これから世界のすべての〈人〉を〈流〉にして、〈流〉の理想郷を創る──!」

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