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第60話 墓守の夢

 四人は道を挟んだ公園に移動し、工房の仕事をしばらく見守った。指揮をする作曲家と奏者たちは演奏をくりかえし、曲に命を吹きこんでいた。


 公園内はあちこちにうず高く雪が積まれ、凍りついた遊具やベンチはうずもれていた。奥の民家も雪の壁に見え隠れしている。数人の影が除雪を続けていた。

 見回している静湖(しずみ)の横に(あかり)が寄ってきた。


「〈流の祭司〉の坊。おまえは影たちを救おうと思うか」

「え……」


 静湖が言葉を探すうち、(じゅん)が口を挟んだ。


「もとの姿に戻ってもらわないと、まずいんじゃ」


 静湖は遠くの影を見やる。あれがもし御影だったら……。彼らは顔のない影ではない。皆、誰かにとっての大切な者であり、大切な者を持っているはずだった。

 だが灯はぴしゃりと言った。


「街は廻っている。住人が望んでいる〈流災〉の復興に、影から戻ることは含まれていないようだ。それを横から救ってやろうというんだぞ」

「でも!」


 静湖は思わず声をあげていた。が、続ける言葉に迷い、おずおずと言った。


「……街の人たちは気づいていないだけで、影のままでいいなんて思うはずない。どれだけ大変でも皆をもとに戻す方法を探さなきゃ」

「ではたとえば他の街と引き換えにこの王都が救えるとなったら、どうする?」


 寓話の中で人をまどわす精霊のように、灯は魔的に笑った。静湖はとっさに口をぱくぱくさせ答える。


「そ、それは、その方法はだめだよ」

「ならおまえの命と引き換えだったら?」


 灯の鋭いまなざしが静湖を射る。


「そ、それもだめ……だよね……?」

「だめに決まってるよ、しず!」


 准が叫び、灯は、はーっ、とため息をついた。


「街を襲った白流はなんと言ってくるかわからんぞ。それに昔、地下の〈流の炉〉の暴走から王都を救うため、自身を犠牲にした〈流の祭司〉がいたもので、ひやひやしてるんだ」


 すると当の前代〈流の祭司〉朔夜(さくや)がうしろで声をあげた。


「あれは王都を救おうとしたんじゃない。灯、君を助けたかったんだ」


 ひょうひょうと言いきる朔夜。灯が珍しく目をぱちぱち瞬くのを前に、静湖と准は顔を見合わせた。


「ああもう、なにを言いだすんだ! とにかく」


 灯がまくしたてたとき、公園の奥でどしゃりと雪山の崩れる音がした。雪の壁の向こうの民家の上に、巨大な器械の腕がかかげられている。その腕がゆっくりと動かされ、雪の壁を切り崩したのだった。


 ほどなくして誰かの大声が飛んでくる。


()()()()ぞぅ!」


 なんだろう、と目配せしあい、静湖たちは民家のほうへ向かった。



 民家の周りには影の人だかりができていた。雪に埋まった家の中から人が──影が助けだされている。静湖たちは群衆のうしろから民家に出入りする救急隊や担架を見守る。


「〈流災〉からかなり日が経っているよね? 中の人は大丈夫だったのかな」


 准が静湖に耳打ちする。運びだされた影は生きているようだ。普通の〈(ヒト)〉であれば助かるまい。

 准の言葉を耳ざとく聞きつけ、前に立つ影が振り向いた。


「あなたも不思議にお思いになりますか」


 えっ、と一瞬身じろいだ准は、杖をついた老人らしき相手に尋ね返した。


「あの、救助は今も続いているんですね。〈流災〉は夏で、もう秋になるのに」

「ええ、近頃やっと動力源の()が普及して、ああいった器械が使えるようになりましたから」


 老人は杖先で、民家の雪を切り崩した器械を指す。


「箱って、あそこの工房で作られている〈流の箱〉のことですか」


 静湖が口を挟むと、老人はゆっくりと公園の向こうへ影の顔を向けた。


「ああ、あそこにも工房がありますな。さよう〈(リュウ)〉のことですよ、そこの器械の中でもうなっておるはずです」


 老人は声をひそめて続けた。


「でもそりゃあ今でも救助は必要というものです。皆、雪の中でも生きてるんですから。この街では()()()()()()()()()んです、お気づきでしたかな」


 静湖と准はあっけにとられる。するとうしろから朔夜が進みでた。


「ご老人。その話、詳しくお聞かせ願えますか」

「うむ。ここではちょっとな……歩きましょう」


 静湖たちを手招きし、老人は公園へ向かう。杖をつきながらかくしゃくと進み、公園の奥へ伸びる小道へわけいっていく。影であるゆえか、雪が残る道を歩むのに苦労しないようだ。

 小道の横手には、広く雪が積もっていた。老人は足を止めて言う。


「ここは墓地です」

「お墓……?」


 准が雪の中にざくざくと進んでいき、くぼんでいた箇所を手で掘る。雪の下からは石碑が現れた。准はわっと声をあげ、石碑に手を合わせる。

 王都では死者のために、さまざまな形の棺に遺骨と遺髪、思い出の品や手紙、そして花を詰めて埋め、碑を立てるのがならわしだ。雪の下には碑が並んでいるようだった。


「私は墓守です。人よりちょっとばかし死に近しい生業(なりわい)だ」


 墓守だという老人は、准が戻ってくると、墓地を一周する小道を歩きはじめた。


「おかしいのです。夏から人が死んでいない。誰が死んだという話も聞かないし、生きているはずのない状況でも死なないんです。雪で閉じこめられた人、重病人、事故や事件でも死にません。一方でとうに生まれるはずの子は母親の胎内にいるままだ。生まれた者もいないのです」

「それは重大事ですね」


 朔夜が深刻な表情で応じる。前代〈流の祭司〉という役職を感じさせる顔だった。


「王宮の者たちは、その異変を把握しているのでしょうか」


 朔夜の問いかけに、墓守の老人は、はて、と立ち止まる。


「王宮は〈流災〉で凍りついて誰もいないとか。国王の行方もわからなければ、勤めていた者も帰ってきません。今では街の庁舎がてんやわんやで王都を治めていて、他の街への使者も旅立ったとかいいますが」


 静湖は心臓が凍る思いがした。


「じゃ、じゃあ、街の皆はなんとか助けあっているだけで……」


 言葉の続きが見つからず、静湖は黙りこんだ。王宮の皆も心配であったし、相手が影の姿であることの異様さも改めて思い知る。この王都は〈流災〉のまっただ中なのだ。

 墓守は静湖の言葉にうなずいた。


「おかしなことだらけですが、皆おかしいと思わないらしい。どうしてでしょうな。ぼんやりしておる者ばかりで私の話など聞きやせん」

「人々が異変に気づかないのも異変かもしれません」


 朔夜がそう返すと墓守は何度もうなずいた。


「まさにそうなのです。でも人の死に関しては、ひと(たび)気づけばおかしなことだらけです」


 静湖は思いきって尋ねる。


「墓守さん。自分の姿はなにかおかしいと感じませんか」


 准がはっとし、朔夜や灯も息を詰める。墓守はゆっくりと首をかしげた。


「はて……最近、鏡を見ていませんでな。私もぼんやりしておったのか。しかしこんなおいぼれ、ちっとやそっと老けこんでも変わりますまい」


 そうですか、と引きさがる静湖を、墓守はまじまじと見つめた。


「しかしあなた方はなんともまぶしいですな。聡明で快活だ。ここのところ誰と話しても、まるで夢の中の人間と話す心地でね。死後の世界に来ちまったかと思っていたんですよ」


 静湖は思わずつばを呑みこんだ。


「……ここが死後の世界だと思うんですか」


 墓守は杖をかかげ、明るく笑い声をあげた。


「いやいやまさか」


 遠く傾いた陽を眺めながら、墓守はしみじみと付け加える。


「人は死んだら悠久の意識に還るといいます。そこは音楽の流れの世界だとか。こんな雪にあくせくしている街じゃありませんよ」


 小道を一周したところで、墓守は、良い話ができました、と頭をさげ、一行に別れを告げた。


「さしずめ、夢の中で夢に気づいた人間、といったところだな」


 住宅街に去っていく墓守を見送りながら、灯がつぶやく。朔夜が、ああ、と応じる。


「この街に積もっているのは白流の魔法の雪だ。十年前の〈流災〉の際には、この雪は人々に眠りをもたらした──私は〈(ソラ)〉から眺めていたのだけどね。今回はひと(たび)眠った人を影に変容させたようだけど、皆、夢の中をさまよっている心地なのかもしれない」

「皆が夢の中に……」


 静湖は暮れなずむ空を見やる。すると同じく遠くを見ていた准が、あっ、と声をあげた。


「〈流〉の工房に人がいる、影じゃない!」


 准の指す先を静湖も見るが、夕暮れの街に見分けはつかない。


「僕、確かめてきます!」

「あっ、准!」


 雪の残る道をものともせず走りだす准。静湖たちは慌ててあとを追った。


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