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第5話 流の祭司

 天空の山上にある波空国王都も、春の半ば。

 家々の庭先には花が咲き誇り、公園や広場には楽器の奏者が姿を現し、街は色彩づいた。


 王宮では、長旅から帰還した宮廷魔術師御影(みかげ)が、王子静湖(しずみ)の教育係に再任された。


 静湖はわくわくと最初の授業を待った。

 御影とは何度か顔を合わせた。どうやら魔法を教えてもらう授業であるらしかった。


「御影は王国一の魔法使いだもの」


 その彼から魔法をさずかるとは、恋心にはきつく(ふた)をしておくしかない。


 授業の日、北の塔の教室では、並んだ窓から朝の光が差しこみ、楕円形の大机と椅子が影を作っていた。その光と影の間に立って、御影は静かな笑みで静湖を迎えた。


「静湖様。今日からの授業は〈流の祭司〉の修行とお考えください」

「え、〈流の祭司〉?」


〈流の祭司〉とは、王家の者が務める〈(リュウ)〉にまつわる祭職であった。〈流〉とは、この国の産業を成す魔法の源。〈流の祭司〉は、王国の魔術師の頂点にもあたる役職であるが、長年、空位が続いていた。


「僕が〈流の祭司〉に……?」

「ええ、国王陛下たってのご希望です」

「そんな、父上が」


 動揺してしかるべき話だが、光に当たった御影の微笑がまぶしいことばかり気にかかる。


「できるかな……」

「一緒に、目指しましょう」


 にこりと笑まれ、静湖の思考は止まってしまう。

 これでは先が思いやられる。静湖は内心で首を振って自分を(いまし)める。


 御影はゆっくりと説明した。


「これからの授業は、一口に魔法の授業といっても〈流〉の授業です。〈流〉がなにかはおわかりですか」


 静湖は知識を思い返す。〈流〉は音楽の精霊とも呼ばれるが、その実体は音の集まりの動力源だという。街や工場(こうば)、器械や船に至るまでの力や熱のもとでもあるし、日々の食事に栄養としてこめられることもある。それらが音楽から成っているとはどういうことか、と考えながら静湖は言葉を選んだ。


「魔法の源となる、音楽の力。でも音楽そのものではないし、魔術師にしか聴こえない。誰にもその正体はわからないのだって」


 静湖がおずおずと答えると、御影の目の奥がきらりと光った。


「本当にそう思われますか」

「え?」

()()()()()()()?」


 途端、静湖は向かってきた世界に呑まれた。


 海の中の見たこともない街。水中を浮遊する月や星、銀の灯りと巻貝の家並み。

 わっと思う間にそれらの幻影は流れ去り、朝の教室に音楽が響きわたった。


 美しく力強く聴いたことのない交響曲。どの偉大な音楽家のものとも似つかず、そればかりか静湖の心の波に沿って、その()()は変わっていくかのよう──。


「わっ」


 御影と、目が合った。静湖の心が高鳴る。交響の()()はそれを見逃さず、鮮やかに布地がひるがえるように、甘く優美な調べが鳴りはじめた。


「ここまで」


 指揮の仕草で、御影が曲を止めた。

 静湖は目をぱちぱち瞬かせることしかできない。


「今のが、〈流〉?」

「〈流〉とは、ただの魔法の音楽ではありません。心で対話したどっていくものです。その真髄(しんずい)が少しおわかりになりましたか。なにを感じたか、ここに」


 書いておくように、と紙を机の上に残し、御影は授業を一旦切りあげて出ていった。



 御影は廊下に出て、胸に手を当てもう片の手を壁についた。

 心臓がどくんどくんと打っている。


 聴こえるんだ、やはり()()()には……!


 二年ぶりの再会だ。

 すっかり大人びた顔立ち、長く伸ばして編みこんだ青い髪、仕草のひとつひとつにも心をつかまれる。


 静湖をそれだけ愛するには、れっきとした理由がある。

 そう思い直して息をつき、両足を踏みしめて、御影は新鮮な空気を吸いに庭園へ向かった。



「橋のところで、(うた)をお歌いになっていらっしゃいましたね」


 授業が再開すると、静湖は御影から(ほのお)の詠を歌ってみるよう求められた。

 すぅ、と息を吸い、静湖はなにかを燃やす意図は持たずに歌う。


「ほむらのつかさ ほしがみよ ほむらのちから いまここに

 ほむらのつかさ ほしがみよ ゆめのまにまに もしたまえ

 ただ ただ このち このて ゆく ゆく けむり ほむら

 さいじょうなるてんのちへと のぼるいろ あか あお き」


 御影はぱんぱんと手を叩いた。


「よく歌えています。ひとりで物を燃やすまでこれを極めたお力はさすが。ですがこれは王都の誰もが使える汎用魔法にすぎません」

「汎用魔法?」

「誰でもこの詠や旋律を口ずさめば炎が興るように、王都の地下に巨大な〈流〉の力を巡らせているのです」


 他にも水の詠、光の詠、重さを操る詠や、物を曲げたり直したりする詠など、静湖もよく知る旋律を御影は口ずさんでいく。


「便利ですが、これらは地下の〈流〉の力に頼っているのです」

「じゃあ、旅の間は使えなかったの?」

「そうなのですよ」


 御影はローブのポケットから小さな石を取りだした。


「灯りの石、といいます。これは汎用魔法とは別の魔法。歌う石、とお思いください」

「歌う石?」

「どうぞ、お手に」


 御影から石を手渡され、一瞬、手と手が触れる。

 びくりとして手を引っこめたのは御影だった。


「すみません」


 こほんと咳払いをして、御影は言葉を続けた。


「詳しくは次回にしますが、どういった仕組みでどんな魔法が宿っているか、よく触ったり確かめたりしてきてくださいね」


 静湖は灯りの石を見つめた。

 手のひらにすっぽりとおさまる橙色の石は、ゆらゆらと中で黄金の光が揺れていた。


 御影は取りつくろうような微笑で授業を終わらせた。

 静湖はぼんやりとして、幸せな時間だったと感じる余裕はなかった。


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