第58話 影絵の都
天狼となった准の背に乗って、静湖は王都を目指していた。うしろには〈流の祭司〉の前任者である朔夜がつかまり、准の周りには姿はないものの、赤の〈流〉である灯が渦巻いている。船の仲間たちとは別れたが、旅の連れは頼もしい。
王都は北の山脈の中にある。一行は、山々の頂きにも近い天空を翔けていた。
灯の姿は見えず、時折気まぐれに、雲間に龍の影が落ちるだけだった。とはいえ空の旅は、常にかかげられた強い炎に先導されるかのように、灯の音楽に引っ張られていた。皆を勇気づけるような、踊る炎を思わせる舞曲だ。
険しい山々の間を吹きすさぶ風はだんだんに冷え、容赦がなくなっていった。静湖は分厚いコートとズボンを着こんでいたが、思わず准の長い毛の中に体をもぐらせる。すると灯の音楽がわっと盛りあがり、静湖のもとに熱い風として吹きこんだ。
〝見えてきたぞ〟
灯の声とともに、一行は雲を抜けた。
山の上の一帯に、晩秋の草原が広がっていた。その高原の向こうの山肌に、きらきらとした街が見える。凍りついた塔をいただいた白い城塞都市だ。
「あれが、王都と王宮……」
静湖はつぶやいて、さまざまな思いが胸に渦巻くのを感じた。戻ってきたのだ。なにがあったのか。御影たちは無事なのか。自分にはなにができるのか……。
おぉぉん、という遠吼えとともに、天狼は王都へ翔けた。
*
王宮へ向かう准の背から街を見おろし、静湖は愕然とした。
「これは、なに……」
季節は秋だが、街は真冬の大雪のあとの様相だ。
通りの雪はよくかきわけられているが、溶けてはおらず雪道となっている。道ばたや軒先にはうず高く雪がつまれ、中には雪かきがされぬまま、氷精が舞った直後のように美しい雪が一面に広がる区画もあった。
そんな白い街を行き交う、黒い影。
正体は一目で思いあたるが、認めるのが恐ろしい。静湖が准の背から身を乗りだしていると、准は大通りに面した建物の屋根におりたった。降り積もったままの厚い雪にずぼりと足を沈ませ、静湖と朔夜に街の様子がよく見えるように立つ。
街角を行き交う、盛りあがった影──黒々と塗りつぶされたかのような、顔も服装も見分けられぬ人間の影。それらは明らかに、街の住人であった。
雪の道をゆっくりと歩み、やぁと手をあげる影。挨拶を受けて返す影。つららのさがる窓辺でおしゃべりをする影と影。荷運びの馬ぞりからおりる影。その積荷を受け取る影。荷を運びながらすべって転ぶ影。助けの手を差しのべる影に、転がっていく荷を追いかける影……。
──純白の舞台の影絵の都。王都の街は変わり果てていた。
「おりてみるか」
いつしか静湖の隣に〈人〉の姿となった灯が立ち、ともに街を見おろしていた。朔夜が口を挟む。
「危険がないとは言いきれない。僕たちの身にも影響が及ぶかもしれない。それにあの影たちは王都の住人ではなく、成り代わった異形のものとも考えられる」
「でも、素通りできません」
静湖はひかえめながらもはっきりと答えた。
「王都では大変なことが起こってる、と覚悟してきました。これが白流の仕業なら、見極めるのも僕たちの役割でしょう?」
そうだね、と朔夜がうなずく。
地上に降りるように静湖が頼むと、准は建物の裏手にひらりと着地した。耳にバンダナを結ぶと、准も〈人〉の姿に戻る。四人は言葉もなくうなずきあい、そろそろと往来に歩みでていった。
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