第4話 王と麗しの君
旅の報告に、御影は国王の執務室へ向かった。王子静湖の部屋の上、王宮中央の塔の最上階だ。きっと以前のように晩酌に付きあわされるのだろう、と御影は軽く構えていた。
「失礼いたします」
部屋の奥は王都全体が見渡せる窓が広がるが、入り口には書棚が立ち並んでいる。棚の隠し戸の先には王の寝所がある。国王天海はその扉の近くで待ち構えていた。
「来たな、御影」
天海はどこか冷めた様子だった。王に続き御影も寝所へ立ち入る。四角い灰色の隠し部屋。二人の秘密の話し合いは、いつもこの場所で行なわれてきた。
天海は簡素な寝台を見つめ、御影のほうを振り向きもせず言った。
「脱げ」
「なにを、天海様」
天海が振り返ったと思った途端、足をすくわれた。力が入らず、かかとが浮いてしまう。かしゃん、と音がする。気づけば御影は、大人の男の渾身の力で、寝台に押し倒されていた。
逆光で見あげた天海の目に、驚愕と戦慄が宿っていた。
……気づかれたのだ、と御影は観念する。
「脱ぎましょうか」
「いや、もういい──なにがあった」
震えるまなざしを受けながら、御影は淡々と告げる。
「〈流〉を宿しています。右は〈麗星〉、左は〈櫂覇〉」
「そうか」
天海は御影の上から退き、寝台の端であきらめたように首を振った。彼は今、御影を旅に出したことを後悔しているのだろう。私は悔いてなどいないのに──御影は天海の横顔を見ながら、長いこと寝台に仰向けになっていた。
*
奥の宮が姿を現したという噂が、御影の帰還後、王宮中を席巻した。
天海の正妃である奥の宮は、長年奥の院に暮らしている。流れるような金にも銀にも見える髪がたたえられ、麗しの君とも呼ばれていた。引きこもりの彼女が王宮の中央を出歩くようになったのは、御影の姿を見にきたのだ、と人々は言いあった。
静湖の耳にもその噂は届いていた。
静湖は奥の宮に会ったことはない。彼女は、静湖の母の聖妃のあとに妃になった者であり、静湖の継母といえる。それなのに静湖は彼女となんのつながりもなく、父の後添えにそんな女性がいる、と聞いているだけだ。
母がいないこと、王宮の皆が母について滅多に語らないことは、静湖の心に深く寂しさを植えつけていた。御影を慕うことが、心のよりどころだった。奥の宮が継母として寂しさをぬぐってくれることなど期待したこともない。
御影が旅から帰って数日、静湖は彼を見かけていない。御影はこの王宮にいる、と思えば心は満たされたが、奥の宮の噂は気に食わなかった。御影を見に出てきただなんて。御影は奥の宮のものではないのに──。
早朝、静湖は部屋を出て、塔をくだった中層階にある屋上庭園を散策していた。
「あ……」
庭の花々の向こう、人がいた。
長い金の髪が、朝陽にきらきら輝いている。髪はゆらめくと銀の光をも宿した。背の高い女性だ。黒いドレスの裾を引いてしずしずと庭園を歩き、花をつんで香りをかいでは束ねている。
静湖は打たれたように動けなくなった。
「あ、あの……」
気づけば言葉がもれ、女性がこちらを振り返った。
二人の視線が合った。
どこかで見た誰かの面影──。
無言のまま、女性は軽い一礼をした。そしてぱたぱたと黒衣の裾を踊らせて逃げていった。
〈第一番につづく〉




