第46話 珊瑚の浜 3
静湖と准は並んで椅子に座り、食卓に目を輝かせた。
椀に米が盛られ、茶が出され、箸と小皿が用意される。大皿に盛られていたのは、数種の魚の切り身を薬味とともに油と酢であえたものだ。七色に光る脂ののった魚も酢の匂いも、静湖には大変珍しい。
「では、いただきます」
珊瑚に続き皆が、いただきます、と声をそろえた。
「わぁ、美味しいです」
准はまっさきに声をあげるが、静湖は言葉を紡ぐどころでない。口の中で溶ける魚の味わいにただ驚いていた。
瑪瑙が目尻をさげて口を開く。
「珊瑚はまた料理の腕をあげましたな」
「おじいちゃん、さばいてあえただけですよ。美味しいのはお魚がいいからよ」
珊瑚はそう笑ったのち、しみじみと料理を見つめた。
「流王陛下がいた頃はお腹がすかなかったのに、陛下の支えを失った私たちは、命を殺していただくといういとなみを与えられた。私、いつも考えるんです。命の持っていた音楽をも私たちはもらい、自分の中の音楽を豊かにしていくのかな、って……」
静湖は思わず、目の前の魚を見つめた。
──音楽を食べている。
以前、灯から聞いたことがあった。あらゆるものは音楽でできており、ひとつの命が他の命を音楽として取りこんで生きる。そのときは信じることがむずかしかったが、今、殺された魚を前にすると、命の重みが身にせまった。
この魚も生きていたときは、大自然の中を泳ぐ音楽だったんだ……。僕らの音楽と魚の音楽に、大小も貴賤もあるはずはない。それは命の宿った音楽なのだから。
「あ……」
静湖の中に、御影の言葉が蘇る。
「〈流〉とは、音楽に宿った命……」
「どうしたの?」
つぶやいた静湖に、准が顔を向ける。静湖は小さく答えた。
「僕たちすべてが〈流〉なのかな、って、ちょっと思っただけ」
「興味深い考えですな」
瑪瑙が口を挟んだ。
「わしらは流王の音楽で、体を支えられていた。陛下がいなくなってからは、魚をはじめとした別の命から音楽を得ることで体を支えるようになった。ですからわしらはもともと、流王と同じものでできていたかもしれない──すなわち〈流〉なるもので」
瑪瑙はそれに、と続けた。
「巫女一族の言い伝えにはあります、わしらはもともと〈宙〉から来たのだと。生まれる前は〈宙〉に大いなる音楽として流れ、死すればその流れに還る。〈宙〉を流れているとはまるで〈流〉のようですな」
「僕らが〈流〉だったら……」
静湖はしばらく瑪瑙の言ったことを考えた。そして昨日の神殿では、自分が〈流〉の生まれ変わりだと言われたことを思いだした。
料理を食べ終えて、静湖は口を開いた。
「僕たちは今まであまりものを食べない暮らしをしてきました。准と出会った天流地方では、動物や物から〈人〉になった人々は軽食で生きていたし、僕の育った王宮では、魔法の力をこめた飴や飲み物を摂って、お風呂の湯で栄養をもらっていました」
「ほう、では今日の食事は珍しかったでしょう」
瑪瑙にええ、とうなずき返し、静湖は続けた。
「生きるために食べなきゃいけない国もあると聞いても、ぴんときていませんでした。でも僕らが魔法で栄養を──もしかしたら音楽をもらっていたことのほうが、不思議なのかもしれないんですね」
「そうですな。命をいただいて生きるとは、自然界のいとなみですからの」
瑪瑙は息をつきひとしきりひげをなでたあと、准のほうを向いた。
「ところで准さんは、ひょっとして動物のお生まれですか」
「え……そうです、天狼の生まれです」
米をおかわりして頬ばっていた准に、瑪瑙はふぉっふぉと笑い声をあげた。
「天狼とな、それはそれは! 食べっぷりが似ておるはずだ」
准はあたふたと米の椀を置く。
「に、似ているって?」
「天狼の生まれの男が流ヶ淵に住んでいるのです。彼は流王がおられる頃からよく食べておりました」
えっ、と准は固まる。
「……それはたぶん僕の一族の者です」
珊瑚が、でも、と横から声をかけた。
「陛下がお隠れになって以来ほとんど山をおりてきません。〈人〉の姿でなく狼として暮らしているのかも、と皆は言いあっています」
静湖はじっと考えた末、さりげなく瑪瑙に問いかけた。
「流ヶ淵は、岬の付け根の山でしたね」
「そうですよ。船からお見えになるはずです」
准がはっと静湖を見た。静湖は目でうなずく。
そうして話すうち、皆はすっかり料理を平らげた。いつしか日は暮れていた。静湖は准とともに庭先に並び、珊瑚と瑪瑙に礼をのべた。
「美味しい料理に、貴重なお話に……心も体も満たされました」
「更紗も喜んだでしょう」
瑪瑙がふぉっふぉと笑うと、珊瑚は、本当に、と微笑んだ。
静湖と准は瑪瑙に別れを告げ、珊瑚に送られて船に帰った。
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