第42話 青の神殿 2
柘榴は静湖をじっと見つめたのち、柱の周りをゆっくりと歩きはじめた。
「静湖様、あなたの髪の色はこの光海の巫女一族にだけ稀に現れるもの。流王陛下の音楽が表れた色とされ、この地では大変神聖なものとされています。あなたのお母上も巫女であり、青き髪でした」
「巫女一族──僕や母上の生まれが?」
「そうですとも。巫女一族とは、流王の神託を受け取る、特別な祭司の家系です。同じ祭司でも、誰もが登用され地上の政を行なう神官とはまったく異なる、やんごとなきお生まれということですよ」
静湖は柘榴の口調に圧倒されつつ、母が巫女であったことにも驚いた。
柘榴は流れる魚の群れを見あげて続ける。
「流王陛下にかんしては、お隠れになられた今、かつての陛下のことをお伝えするのはむずかしい。お姿はない。この地の民の心にいつも流れておられた御方なのです……寄せては返す湖の波音のように。十四年前に、消えてしまわれましたが」
指先で柱をなぞり、柘榴はどこか遠くを見やった。
静湖は准と顔を見合わせて問いかける。
「心に宿る音楽のような存在だったのですか」
するとうしろを歩いていた珊瑚が答えた。
「まさにそうです。日々の空や湖の色のように、いつも移ろっていく歌なんです。その歌は私たちの心に流れていて、世界のすべてを歌っているんです。朝起きて世界に挨拶すれば、すべてが歌い返してくれる……陛下がいた頃は、世界はそんな風でした」
静湖は浜辺を歩きながら、世界すべてを歌う音にゆられ、白く丸い家に暮らす自分を自然に思い描いた。どこかなつかしい印象だった。
「皆をつなぐ、皆の心の中心だったんですね」
頬をゆるめて静湖が答えると、ええ、ええ、と柘榴はうなずき、急に険しい面持ちになった。
「ですが十四年前、波空国のあなたの父君や配下の魔術師は、その陛下を〈流〉のひとつとみなし、陛下を狙ってこの地にやってきたのです」
静湖はあっけにとられた。天海と配下の魔術師が?
柘榴は静湖をじっと見つめて続けた。
「あなたに嫌われることは承知の上での苦言をお許しください。ですが私はあなたに、この地なりの真実をお伝えする責務がある」
「ど、どういうことですか」
「あなたの父君は、あなたという形で流王陛下を手に入れた。すべては都の炉に巡っている〈流〉の新たな代わりとするため──そうです、次に都の炉にくべられるのはあなたです、静湖様!」
「な、なにか思い違いをしておられるんじゃ……」
静湖はなんとかそう言った。話を聞く限り、流王とはこの地に流れていた〈流〉であったのだろう。それが静湖に生まれ変わったというのか? そして父たちが、〈流〉の生まれ変わりである静湖を奪取したと?
混乱する静湖のもとに、准が小声で耳打ちをした。
「都の炉って、灯さんの言ってた〈流の炉〉のことかな」
その小さな声を、柘榴は聞き逃さなかった。
「従者の君は思いあたる節がおありのご様子! ですが静湖様は、蝶よ花よと育てられたのでしょう、疑うことを知らぬ御子として……」
「そんな、僕は育ててくれた人たちをそんな風にはっ」
言い返す静湖の言葉をさえぎり、柘榴は一気にまくしたてた。
「あなたのお生まれのときの彼らの所業を知ったら、なにが悪かはすぐにおわかりになるでしょう。当時の波空の王太子であった天海は、流王陛下の御前、陛下の神聖なる山にこもられたあなたのお母上を神域で犯し、配下の魔術師は陛下を──殺したのです」
水槽を背にした柘榴の目が、逆光の中で虚ろに光る。
珊瑚が鋭く「神官長!」と声をあげるが、柘榴は呼びかけにも応じずに、じっと静湖を射るように見つめ続ける。
静湖の膝はがくがくと震え、口の中はからからに渇いた。よく知りもしない大人が、父が母を犯したなどと口にしたのだ。まるで自分が傷つけられたかのように、心が悲鳴をあげている。だが静湖は最後の気力を振りしぼって問いかけた。
「その魔術師って──」
「お知り合いですかな。この地の歴史にあの日、壮絶な悪名を刻みつけた波空の宮廷魔術師──御影という者ですよ」
目の前が、真っ白になる。
「しず!」
准の呼びかけを聞きながら、静湖はその場にくずれおちた。
*
「船に帰ります」
広間の隅の椅子で、静湖は目を覚ました。目の前で、珊瑚や世話焼きの神官たちに准がはっきりと対していた。
「これ以上、僕らが聞く話はありません。しずを船で休ませます」
「准」
静湖が呼びかけると准ははっと振り返り、まっすぐに手を差しのべた。
「しず、帰ろう」
静湖はうなずいた。話をこれで終えていいとは思えなかったが、あの柘榴という神官長の男のことを考えると、頭がくらくらとした。
静湖は准に守られながら神官たちをやりすごし、珊瑚とともに馬車にのった。言葉も少なに船に帰りつき、騒ぎのあとの喫茶店を横目に部屋にこもり、頭から布団をかぶった。
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