第41話 青の神殿 1
馬車は岬の通りをしばらく進み、荘厳な建物の前につけられた。逆さにした椀の形の壁面は、多角形のタイルが並べられ、群青から水色まで青の移ろいで彩られていた。
中央にすえられた白い階段の先には、アーチ状に大きく開かれた入り口があった。神官姿の人々が、巻き物や布の包みを手に階段をのぼりおりしていた。馬車の中で珊瑚が語ったところでは、光海国の神官は役人や警察官を兼ね、この神殿は庁舎の役割も果たしているという。
静湖たちが馬車を降りると、階段上にずらりと神官が並んだ。その中央に、他の神官とは違う青一色の祭服をまとった人物が現れる。
「神官長の柘榴です」
珊瑚が、静湖と准に小声で告げる。
柘榴は壮年の男性で、薄い色の長髪をきちりとなでつけて結い、しわひとつ寄せずに祭服を着こなしていた。働き盛りの官吏の長というには線が細く、気むずかしい妖精の王のようにも見えた。
静湖たちが階段をあがりきると、柘榴と神官たちはいっせいに膝をおり頭をさげた。静湖は思わず准と顔を見合わせる。
青い波模様の床をにらみながら、柘榴は厳かに声をあげた。
「更紗様の御子、静湖様。光海の地へのご帰還、心より歓迎いたします」
入り口から続く広間では、行き交っていた神官たちが皆、同じように平伏し静まっている。静湖はあたふたと声をかけた。
「顔をあげてください。そんなにかしこまらなくても……僕が波空の王子だからですか」
その言葉に柘榴は急に立ちあがり、つかつかと静湖のもとへ寄った。見開かれた目の圧力に静湖は身を引くが、先ほどまでの礼はどこへやら、柘榴は静湖の両肩をつかんで思いきりゆさぶった。
「目をお覚ましください静湖様!」
「えっ、えっ」
「波空ですって? あなたはあの国にさらわれたのですぞ、贄にされるために!」
珊瑚が、柘榴と静湖の間に割って入り、おだやかに言った。
「神官長。静湖様がびっくりされてしまいます、話はどうかゆっくりと」
*
広間の中央には、半球を成す屋根を支えるようにして、巨大な硝子の柱がそそりたっていた。柱は水槽になっており、色鮮やかな魚たちや水草が、天井近くの窓からの日差しを浴びてきらきらと泳いでいた。緊張していた静湖も、水槽を見あげると思わず、わぁ、と声をもらした。
水槽に目を奪われる静湖と准のうしろで、珊瑚が他の神官を人払いした。場には神官長である柘榴だけが残る。
「静湖様。水柱はお気に召しましたか」
隣にやってきた柘榴に静湖がうなずくと、彼は静湖の衣服に目をやった。
「そのようないでたちでおられるのも、心の奥でこの地の装いをなつかしむゆえですかな。いや、女性の装束で敵の目をかわしやってこられたとは、さぞや大変な目におあいになったのでしょう」
「あ、いえ、そういうわけではなくて」
静湖は言葉を探し、小さくこぼした。
「ここにやってきたのは、湖の〈流〉に言われたからです」
ふいに柘榴の手が打ち鳴らされた。拍手されたのだ、と一拍おいて静湖は気づく。
「すばらしい! やはり静湖様は私どもの思っていたとおりのお生まれのようだ」
柘榴はそう言うと目を細め、急に声を落とした。
「先に言っておきます。この地ではあなたがたのいた波空の地の王──静湖様の父君を、王とは思っていない。この光海の地の王は、今はお隠れになった流王陛下ただひとりです」
「流王……」
静湖がつぶやくと、柘榴は再び膝をおってかしこまった礼をした。
「そして静湖様。あなたこそが流王陛下が人にお生まれになった姿、生まれ変わりだと、私どもは信じております!」
静湖は唖然として、助けを求め准と珊瑚を見やった。が、准は同じくぽかんと目を瞬くばかり、珊瑚は神妙な顔でうなずき返してきた。
柘榴が立ちあがると、静湖は混乱したまま問いかけた。
「どうしてそんなことに。流王陛下とは〈流〉なのですか? もしかして、僕の母上がなにか知っていたの?」
静湖には、母の記憶がない。
更紗という名の波空国聖妃は、二歳の静湖を残して行方知れずになった、とだけ聞かされてきた。更紗の出身はここ光海国であり、静湖も生まれはこの地だという。
それは波空の王子としては異例のことなのではないか? と静湖ははじめて思い至る。




