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第36話 謁見の間

 御影(みかげ)は女の生まれだ。金銀にゆらぐ珍しい髪を持って生まれたために、物心ついた頃には見せ物の奴隷の身であった。


 天海(あまみ)と出会ったのは、八歳のとき。御影より二つ年上にすぎない少年の王子は、あれよというまに御影の仲間の奴隷たちを解放し、王としての片鱗を見せた。そのときの天海は、無敵の英雄だった。この人の力になろう、と御影はこころざし、宮廷魔術師であった結良(ゆうら)のもとで修行をはじめる。


 波打つ金銀の髪は、黒く染めてまっすぐに伸ばした。そして十代半ばで、秘術にも近い性別を変える魔法を極めたとき、御影は男の魔術師として生きることを決意する。女というものは、呪いのようにしか思えなかったからだ。


 幼い頃、見せ物とされていた己は、いずれは女としてなぐさみものにされるために品定めの目を向けられ続けた。実際にひどい目にあったこともないではない。それらは記憶の底に押しこめきつく封をしている。男の魔術師になれば、そんな記憶すべてを手放せる気がした。


 そうして男の魔術師になってみると、あらゆることが楽になった。生きることにつきまとっていた辛さは嘘のように消えた。「宮廷魔術師の御影」は黒髪のすかした青年で、年上相手にもへつらわず、言い寄ってくる男女には見向きもしない。周りからはときに冷淡だと言われながらも、その生き方が楽だった。


 そんなとき、天海とともに、更紗(さらさ)という女性に出会った。


 御影は更紗の身に起きた事件と、強く生きる姿に衝撃を受け、ほとんど熱愛に近い感情を抱くようになり──考えた。


 更紗をとおして見る女というものは、強さの証だった。御影がなんの未練もなく捨ててしまった女というものを、更紗は強さの証として体現していた。


 天海が更紗に惹かれ求婚したことは、自然な成り行きに思われた。しかし更紗は天海を、そして御影をおいて失踪してしまう。


 あのときはどうかしていた。

 失意の天海の前に、御影は男の変身を解き、髪も生まれたままのものに戻し、かつての奴隷である女の姿をさらして出ていった。彼に、無敵の英雄であった頃を思いだしてもらいたかった。でも同時に、考えていた。自分では更紗に及ばないのかと。自分は更紗ではないが、更紗のような女になりたいのだと。


 天海はそのとき、御影に応えて言った。


〝私の前では女でいてくれないか〟


 そうやって「奥の宮」という存在は生まれた。



 奥の宮の姿であるとき、御影は心の(ふた)をそうっと開く。封じていた記憶を取りだし、性にまつわることに触れる。もはや魔法で溶かされ散り散りになった「本当の自分」を探ろうとして。夜の奥の院に天海を呼びたてては、どろどろに溶けた己を押しつけてしまいもする。もはや無敵の英雄でなくなったかつての少年を、ともに沈没しようといざなう闇の精霊──奥の宮。


 奥の宮の自分を、静湖(しずみ)に見せたくはなかった。


 引きとられてきた更紗の御子、静湖。御影にとっては、一点も汚してはならぬ高貴な宝だ。それに加え静湖本人は、透明な湖のような純粋な心の持ち主だった。


 静湖の澄んだ心が鏡となるのか、静湖に接する「宮廷魔術師の御影」は、優しさと慈しみを自然に持つことができる。御影は、静湖という星の光にすぐそばで照らされながら、その光にこがれ救いを求める自分を抱えていた──奥の宮という自分を。


 しかし王都が襲われたあの日、王宮が機能しなくなる間際に、御影は最後の力で静湖に魔法をかけ、彼を遠くへ、王宮も身分も関係ない場所へと逃がした。


 御影にとって静湖とはきっと、一時(いっとき)だけ触れることを許された天命の星。


 もう会うことはないかもしれない。ただ、生きていてくれれば……。



 国王謁見の間に、続々と人が集う。星の細工の垂らされた玉座の脇の壇上から、御影は宮廷魔術師として、列をなす大臣とともに並んでいく人々を見おろしていた。いつもの朝礼前の光景だ。じきに国王天海がやってくれば、さざめきも静まるだろう。


 と、御影は自身の異変に気づく。魔術師のローブにかかる黒髪の先は金銀に波うって、その下の体は女性のもの──青年魔術師への変身が解けて、生まれたままの姿がひとりでに現れている!


 そのとき、誰かの声が耳に飛びこんできた。


〝奥の宮が馬脚(ばきゃく)を現したらしいですな〟

〝宮廷魔術師にまぎれこんでおったとか〟

〝あの髪の珍しさゆえに買われた、奴隷だったそうな〟


 ひそひそと、周りの人々が噂している。御影に目を向けることもなく、どこか楽しそうに。御影が青ざめたとき、皆が静まり、玉座の奥の扉から天海が現れた。


 天海はうしろに小柄な人物を連れていた。


「静湖様……?」


 つぶやいて、御影ははっとする。静湖がここにいるはずはない。なぜなら静湖は御影の魔法を受け、今頃は──。


 これは、夢だ。

 そう気づいたとき、天海のうしろの静湖に似た人物の髪が、さぁ、と白く染まり、顔立ちが変わっていった。白流(しろる)だった。


 天海は玉座の前に立ち、皆に朗らかに告げた。


「知っての通り、こちらは我が息子、静湖だ。静湖は今代の〈流の祭司〉としての務めを果たすと言ってくれた。すばらしい日だ」


 拍手が起こる。天海はひかえていた白流の肩を抱いて宣言した。


「これから地下の〈流の炉〉に、この子を適合させる」


 割れるような拍手の中、御影は夢と知りながらめまいを感じる。天海がさらりと禁忌を口にした。ただの夢とは限らない、と御影は強く一歩を踏みだす。


「天海様、お気は確かですか!」


 天海は御影に気づくそぶりも見せず、拍手の中から動こうとしない。代わりに白流が、にたりとした笑みを御影に向けた。


「おや、お目覚めかい、奥の宮。じゃあ見物しているといい。おまえたちは青流(あおる)を──静湖を〈流の炉〉に使おうとしていた。その未来の実験だよ」

「そのような未来はない!」


 かみつくように叫んだ御影に、人々から野次が飛んだ。


〝王宮を偽っただけではあきたりんのか!〟

〝この奴隷が、身のほどを知れ!〟


 周囲は悪夢のようにゆがみ、怨嗟(えんさ)の声をあげる人々は影となってゆらめいた。白流が口元を三日月のように開いて高らかに笑う。


「好きにはさせない!」


 白流の音楽をつかんだ御影は、低く旋律を歌い、相手を支配しようとする。だが試みは逆手にとられ、気づけば心身の自由を奪われていた。高笑いするような白流の歌声に自身の音楽をとらえられ、御影は冷たい床に投げだされた。


「足を失っただけじゃわからなかったかな、僕には勝てないって」


 白流は歌うように言う。その隣で、天海は貼りつけたような表情で、にこにこと御影を見おろすばかりだ。これは夢だ、〈(リュウ)〉のあやつり人形と化す天海を思い描いているのは御影自身なのか……そう思いながら歯ぎしりしたとき、白流が御影のもとにかがみこんで手を伸ばした。


「おやすみ、御影」


 白流の手が、ぐにゃりと御影の体内に入ってくる。その手が胸の内の音楽をつかもうとする。御影は必死にその音楽を鳴らし、自身を(ふる)いたたせた。


 ──夢よ、覚めろ!


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