表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/87

第34話 緑の王

 雨にぬれながら夢中で走り、静湖は天流丘(あまるのおか)の頂上の大樹のもとへたどりついた。


 幹に手をついてはぁはぁと息を整え、雨が降ってこないことに気づく。葉陰が雨をさえぎっているだけではない。地面も幹も乾ききって、うっすらと光り輝いていた。


 驚いて見あげると、枝葉もが淡く光っていた。

 光る葉の中に、人がいた。童顔の青年が木のまたに腰かけて、にこにこと静湖を見おろしていた。ふわふわと広がる髪は、輝く葉に溶けこむような緑色。


「やぁ、会いたかったよ、青流(あおる)

「誰、ですか」


 青年は、うーん、と首を少しかしげて答えた。


「〈緑流(ミドル)〉と言えばわかるかな。緑の名で呼ばれる〈(リュウ)〉が〈(ヒト)〉になってみた、というところ」

「〈流〉の王……?」

「そうそう、そんな風にいわれることもある。湖の〈流〉として知られているよ」


 静湖は目をぱちくりとさせる。

〈流の祭司〉に任じられたこと。〈流〉は音楽に宿る命である、と教わったこと。色の名で呼ばれる〈流〉の王とされる存在がおり、その中の〈白流(シロル)〉とやりあったこと。それらがはっきりと思いだされた。


「僕は青流じゃないです、静湖といいます」

「そっか、静湖か。お母さんにもらった名前かな」

「……知らないんです」


 緑流はおだやかな微笑を浮かべ、指を立てた。


「お母さんじゃないかな。()()()()()()()()()()()

「え?」

「あ、いや失敬。青流がお父さんになるのかな、君自身も青流だけど……」


 緑流はひとり考えこむようにつぶやいた。


「僕の生まれのこと、知っているんですか」


 静湖の母は更紗(さらさ)という。地方領国のひとつ、光海国(ひかるみこく)の出身だ。静湖は光海国のことをよく知らないが、静湖自身も出産されたのはその国であり、出生ののちに波空本国の父、天海(あまみ)のもとに引きとられたと聞かされている。


 が、母はもういない。

 父である天海から詳しい話を聞く機会も、ほとんどなかった。


 黙りこんだ静湖に、緑流は興味深そうな瞳を向けた。


「僕らの間では有名だよ。皆、見守っている。〈人〉の世界に生まれ落ちた〈青流〉がどうなったかとね。でも君の言う意味での生まれの経緯は知らないなぁ……人と人がどう出会って、いつ子どもが宿ったかなんて……」

「いや、その、そういうことじゃなくて」

「とにかく君の生まれた光海国に行ってごらん」


 すとん、と緑流は枝の間から飛びおりて静湖に並んだ。


「雨を降らせるのも、もうやめにするから」

「あなたが降らせていたんですか」

「そう。白流のやつが君を見つけないように。君が、御影の滞在した家でゆっくり休めるように」

「御影を知ってるの!」


 静湖が思わず叫ぶと、緑流は形のよい眉をさげて笑った。


「家の人たちから聞かなかった? 医者を名乗って、あの家に御影を運びこんだのは、僕だよ」



 (じゅん)(せん)が並び歩きながら丘の上に至ると、さぁ、と吹きわたる風にさらわれて雨があがっていった。その向こうに、大樹が光り輝いている。二人は思わず傘を取りおとして駆けだした。樹のもとには静湖と、あの魔術師が滞在した折に、(がい)の店に出入りしていた緑の髪の青年の姿があった。


「しず……!」


 静湖が、走ってきた准と扇に向けてはにかんだ。


「記憶が、戻ったよ」

「記憶が?」


 尋ね返した准に、静湖はきちんと体を向け、一礼した。


「僕の本当の名前は静湖。波空国王都の王宮に暮らしてた」


 准ははっとして静湖の全身を見つめる。名前を取り戻した静湖はもう、借り物の給仕服に着られている、自分を見失った少年ではなかった。その凛々しい居住まいは、この国の王子のもの──。


「わ、わ……」


 驚きでうまく言葉が紡げない。呼びかけようにも、しず、ではないのか。記憶が戻った静湖はやはり王子様で、もう僕らのもとからはいなくなってしまう……、そんな予感にも胸は震えた。


 が、准の隣で、扇は明るく言った。


「静湖さん。記憶が戻ったんですね、おめでとう」


 静湖はじっと扇を見つめた。


「ねぇ扇、その手」


 准もはっと扇を見る。胸の前に組まれたその手は、義手ではなかった。扇が慌てて腕をまくる。そこには人の腕が続いていた。


「そんな……私……」


 ──〈(ヒト)〉になった扇が、動揺に声をあげたとき。


 凄まじい地鳴りとともに、大地が揺れた。丘の斜面が見る間に崩れ、湖畔へ流れていく。土砂の先にあるのは、鎧の店だった。

 扇が、駆けだした。


「あっ、扇!」

「すぐに動くと危険だ」


 追おうとした准は、青年に肩をつかまれた。

 扇の姿はあっという間に、砂塵(さじん)の中にまぎれてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ