第28話 魔女の家 1
静湖は翌日からも給仕服を身にまとい、のみならず給仕見習いとして店に立った。とはいえ雨が続き、店を訪れる客は多くなかった。
雨が弱まり一時はあがるようにもなったある日、店の外に出ていた准と静湖に、おーい、と声がかかった。
手をあげながらやってきたのは彗だった。
「しずちゃんの正体がわかるかもしれないやつがいるぜ、色無森に!」
「まさか魔女とか言わないよね、彗さん?」
軽口で返した准に、彗はさらに高く手をあげて応じた。
「そのまさかさ」
*
雨あがりの色無森を、准と静湖は歩いていた。途中まで道案内をつとめた彗は、思わせぶりな言葉を残し、二人を送りだしたのだ。
〝こっから先は案内できない取り決めでね。少し仕掛けがあるもんで〟
「どういう意味だろうね、彗さんの言葉」
ぬれた落ち葉を踏みながら、准は静湖に声をかける。が、静湖は答えるどころの様子ではない。傘で慎重に石や葉をならし、木の根を踏みこすたびかがみこみ、おっかなびっくり歩を進めている。
喫茶店では給仕服をまとう静湖も、今は森歩きを見越してズボン姿だ。それでも服の端を周りの枝に引っかけそうだ。
「しずは森がはじめてなんだろうね」
「う、うん」
それにしてはずいぶん歩いたな、と准はあたりを見回す。明るい森は雨の雫で鮮やかにきらめいている。夏ながら紅葉した葉は染め物のようで、雨あがりはいっそう美しい。
「どうして色が無いなんて言うんだろうね、こんなに綺麗な森を」
え、と静湖が根を乗りこえる足を止めた。
「准……なに言ってるの、白黒でちょっと怖いよ」
「白黒?」
「白黒の絵の中にいるみたいじゃない?」
静湖は二枚の葉を拾ってかかげた。
「こっちは白っぽくて、こっちは真っ黒」
「えっ、黄色い葉っぱと赤い葉っぱだよ!」
「えぇ?」
二人は顔を見合わせ、目を瞬きあう。
そのとき、ざあぁと風が巻きおこり、あたりの木々が奥への道を示すかのように脇に身を引いた。そうだ、ここは魔法の森なのだ、と准は驚きつつ奥をうかがう。
森の開けた広場に、こぢんまりと家が建っていた。玄関先でひとりの人物が、森を従えるように堂々と赤い衣をはためかせている。
──魔女だ! 准は息を呑む。
その人物がうなずくと、風が止んだ。張りあげられた声が朗々と響いた。
「色が無いように見えるやつは〈人〉の生まれさ。ちょっと試させてもらったよ」
准と静湖はおそるおそる広場へ進みでた。
「あの、では、准は〈人〉ではなく天狼の生まれだから、森に色がついて見えているんですね?」
静湖が物怖じせずに尋ねたので、准はびくりとした。准にとって森の魔女は、おとぎ話の悪役のごとく語り聞かされてきた恐るべき存在だ。呪いの術を行使するとか、それは終わりの魔術であるとか……。
「そうさ。そしてこうすれば」
魔女は二人に歩みよりながら、ぱちんと指を鳴らした。静湖がわっと声をあげ、森を見回す。
「どうだ、綺麗になったか?」
准は声もあげられなかった。視界からは色が失せ、冬の夕暮れのような寂しさが押しよせた。霞と雲、影と闇で成された陰影の森。思わず叫びそうになったとき、ぱちんと魔女が再び指を鳴らした。
准の世界に、色があふれて輝く。胸をなでおろすと、魔女がからからと笑った。
「この家に住んでいると、森に迷いこむやつらの話はよく聞こえる。色が無いとわめくのはよそものの〈人〉だ、と丸わかりさ」
魔女は玄関へ戻りながら、振り向いて言った。
「彗が世話になっているようだし悪くはしない。あがっていけ。こちらも〈流の祭司〉の坊やには話がある」
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