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第28話 魔女の家 1

 静湖(しずみ)は翌日からも給仕服を身にまとい、のみならず給仕見習いとして店に立った。とはいえ雨が続き、店を訪れる客は多くなかった。


 雨が弱まり一時はあがるようにもなったある日、店の外に出ていた(じゅん)と静湖に、おーい、と声がかかった。


 手をあげながらやってきたのは(すい)だった。


「しずちゃんの正体がわかるかもしれないやつがいるぜ、色無森(いろなしのもり)に!」

「まさか魔女とか言わないよね、彗さん?」


 軽口で返した准に、彗はさらに高く手をあげて応じた。


「そのまさかさ」



 雨あがりの色無森を、准と静湖は歩いていた。途中まで道案内をつとめた彗は、思わせぶりな言葉を残し、二人を送りだしたのだ。


〝こっから先は案内できない取り決めでね。少し仕掛けがあるもんで〟

「どういう意味だろうね、彗さんの言葉」


 ぬれた落ち葉を踏みながら、准は静湖に声をかける。が、静湖は答えるどころの様子ではない。傘で慎重に石や葉をならし、木の根を踏みこすたびかがみこみ、おっかなびっくり歩を進めている。


 喫茶店では給仕服をまとう静湖も、今は森歩きを見越してズボン姿だ。それでも服の端を周りの枝に引っかけそうだ。


「しずは森がはじめてなんだろうね」

「う、うん」


 それにしてはずいぶん歩いたな、と准はあたりを見回す。明るい森は雨の雫で鮮やかにきらめいている。夏ながら紅葉した葉は染め物のようで、雨あがりはいっそう美しい。


「どうして色が無いなんて言うんだろうね、こんなに綺麗な森を」


 え、と静湖が根を乗りこえる足を止めた。


「准……なに言ってるの、白黒でちょっと怖いよ」

「白黒?」

「白黒の絵の中にいるみたいじゃない?」


 静湖は二枚の葉を拾ってかかげた。


「こっちは白っぽくて、こっちは真っ黒」

「えっ、黄色い葉っぱと赤い葉っぱだよ!」

「えぇ?」


 二人は顔を見合わせ、目を瞬きあう。


 そのとき、ざあぁと風が巻きおこり、あたりの木々が奥への道を示すかのように脇に身を引いた。そうだ、ここは魔法の森なのだ、と准は驚きつつ奥をうかがう。


 森の開けた広場に、こぢんまりと家が建っていた。玄関先でひとりの人物が、森を従えるように堂々と赤い衣をはためかせている。


 ──魔女だ! 准は息を呑む。


 その人物がうなずくと、風が止んだ。張りあげられた声が朗々と響いた。


「色が無いように見えるやつは〈(ヒト)〉の生まれさ。ちょっと試させてもらったよ」


 准と静湖はおそるおそる広場へ進みでた。


「あの、では、准は〈人〉ではなく天狼の生まれだから、森に色がついて見えているんですね?」


 静湖が物怖じせずに尋ねたので、准はびくりとした。准にとって森の魔女は、おとぎ話の悪役のごとく語り聞かされてきた恐るべき存在だ。呪いの術を行使するとか、それは終わりの魔術であるとか……。


「そうさ。そしてこうすれば」


 魔女は二人に歩みよりながら、ぱちんと指を鳴らした。静湖がわっと声をあげ、森を見回す。


「どうだ、綺麗になったか?」


 准は声もあげられなかった。視界からは色が失せ、冬の夕暮れのような寂しさが押しよせた。(かすみ)と雲、影と闇で成された陰影の森。思わず叫びそうになったとき、ぱちんと魔女が再び指を鳴らした。


 准の世界に、色があふれて輝く。胸をなでおろすと、魔女がからからと笑った。


「この家に住んでいると、森に迷いこむやつらの話はよく聞こえる。色が無いとわめくのはよそものの〈人〉だ、と丸わかりさ」


 魔女は玄関へ戻りながら、振り向いて言った。


「彗が世話になっているようだし悪くはしない。あがっていけ。こちらも〈流の祭司〉の坊やには話がある」


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