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第22話 魔術師の秘密 2

 御影の居室は屋上庭園の下、王宮の基部にある他の侍従と変わらぬ一室だ。四角く簡素で手狭だが、居心地よさそうに整えられた部屋にすえられた寝台で、御影は安らかに寝息を立てていた。


 静湖(しずみ)と日和は枕元の小さな灯りのそばに椅子を運び、膝を寄せあって御影を見守った。が、日和はしばらくして、夜の用事があるからと去っていった。


 静湖は御影と二人きり部屋に残された。


 布団の(すそ)から、義足がのぞいていた。重厚なつま先を、静湖はじっと見つめる。どこまでが義足なんだろう。想像を絶する怪我だったろう。もう痛まないのだろうか。


 静湖はそっと造り物の足に触れた。冷たさに哀しみがわいた。


 ああ僕は御影のこと、なにも知らない……。


 旅に出なければこんなことにはならなかったのだ。その旅は静湖にまつわるものでもあったようだ。静湖のなにかの理由がなければ、御影は足を失うこともなかったのか。


「御影……どうして……」


 すうすうと寝息を立てる御影の端正な顔を、足元から見つめる。


 触れたい、もっと。肌に、顔に、御影その人に。どうしようもない気持ちのまま、心に突き動かされるまま、静湖は御影の顔のそばへ寄り、口元に自分の顔を近づけた。


 口づけ──さっきの……。


 静湖ははっと先刻の白流の襲撃を思いだし、激しく首を振る。あんなものは口づけではない。お互いが心を寄せ、触れたくて触れるものこそが本当の……。


「あ、僕は、今」


 眠れる御影に、こっそりと口づけしようとしていたのは誰だ。そんな恥ずべきこと、白流と変わらない。御影なら絶対にそんなことはしない。


 それからするすると記憶が(ひも)()けていき、静湖は愕然(がくぜん)とした。


 ──御影が触れてくれたことは、数えるほどもない。ごく幼い頃や、最近の事件のさなかを除けば、触れてもらったためしなどない。旅の前も後も、いつもの授業のとき、おやすみの挨拶のときだって、御影は僕に指一本触れようとしない。


「そんな……」


 御影は、僕のことがそんなに好きじゃないのかな。いつでもにこにこと優しいだけで、触れたいなんて思ってくれないんだろうな……当たり前だ、そんなことは。


 僕が勝手に、御影のことを好きなだけ。

 静湖はじっと御影を見おろし──口元を触れ合わせた。


 ただ、衝動だった。


 唇を離すと、御影が薄目を開けた。御影はぼんやりと、静湖の瞳をしばらく見あげていた。静湖は顔を真っ赤にしながらも、お互いの吐息のかかる距離から動くことができなかった。起こしてしまった。気づかれただろう。どっと罪悪感が押し寄せ、額に汗がにじむ。それでも御影から顔を離せない。


「夢に……」


 御影が口を開く。


「夢に、静湖様が……」


 意識が曖昧(あいまい)なのだろうか、御影は瞳に静湖を映しながらゆっくりと言葉をこぼす。


「夢じゃないよ、御影」


 静湖はなんとか口にした。御影が、静湖を抱いて優しく押しのけながら上体を起こした。白い衣は胸元が開き、男の胸がのぞいていた。静湖は目をそらすことができない。


「いえ、夢の中で、幼い静湖様が遊んでおられたんです……私の手を引いて、ほら、あの明るい方へ行こうと……」


 二人はしばらく寝台の上で顔を突きあわせていた。気恥ずかしさやいつもの距離感は、まだ訪れなかった。


「もう苦しくない?」

「ええ」


 御影が腕をまくった。


「紋様は消えています。結良(ゆうら)師匠がなんとかしてくれたのか、〈(ソラ)〉の中でしか効果のないものだったのか」


 静湖はほっとして、場の甘く重みある空気のまま、御影のそばで呼吸をするままに、問いかけていた──白流の言ったこと、胸の内につかえていたことを。


「父上と御影は……こういうこと、するの?」


 御影は驚いたように目を見開き、瞬き、しばらくしてから切なげに細めた。

 そして静湖の手に触れた。


「……いつかはお伝えすることになると思っていました」


 御影は静湖の手をそっと寝台からのけた。


「私は天海陛下の伴侶です」


 意味がわからずに、静湖はぽかんと口を開け、ただ問うてしまった。


「男同士なのに?」


 言ってしまってから、愚かなことを口にしたと気づいた。

 会話は容赦なく続いた。


「今はまだ言えないことがあります。私と天海様は国中を偽っています。静湖様にはいつか、きちんとお伝えしたい」


 静湖の顔からは血の気が引いていった。視界はくらくらとし、あたりの涼しさに気づいて震えが走った。そんな静湖の様子を、御影はじっと見つめたのち。


「私はもう大丈夫ですから。お戻りください、静湖様」

「うん、わかった……」


 不確かな足取りで部屋を出ていこうとした静湖は、あの、と御影に呼びとめられた。振り向くと、白い衣の胸元を直しながら、御影が立ちあがっていた。


「静湖様、これだけは」

「え?」

「私、奴隷の生まれなんです」


 静湖はその場で固まった。奴隷──王都にはいるはずのない、静湖にとっては授業でしかなじみのなかった存在。その授業は、子どもの頃に御影が……。


「こんな生まれの私を、ありがとうございます」


 ──なにに対して言われた礼だったのか。部屋を出てひとりになり、自室に戻るまで考えても、わからなかった。御影の心には、推しはかることのできない領域がある。


 御影は、遠い。手を伸ばしても、いくら背伸びをしても届かない。ただそれを感じた。


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