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第21話 魔術師の秘密 1

 静湖(しずみ)と御影が戻ってきたのは、王宮の静湖の部屋だった。大きな硝子窓の外は曇り空。時刻は夕時前だろうか。二人は衣装箪笥(だんす)の前の鏡から現れでたようで、絨毯(じゅうたん)の上に着地していた。


 静湖はまっさきに御影の様子を確かめた。

 紋様の表れていた腕を、義足だという足を、しかし──。


「御影、だ、大丈夫?」


 声がかすれ動揺しかけたが、それ以上に、見あげた御影の顔面が蒼白で苦しげで、静湖は慌てる。


「静湖様。少々、消耗しました。休ませていただきま──」


 そのまま御影はばたりと絨毯に倒れこんだ。



 静湖は給仕たちの部屋に日和らを呼びにいった。離宮にいたはずの王子が「御影が倒れた」と駆けこんできたことについて、事情は問われなかった。皆、なにか魔法の事件が起こったとくみとってくれたようだ。御影はすぐさま彼の部屋へ運ばれ、静湖は自室に追い返されてしまった。


 ひとりきりになり、静湖はとぼとぼと大きすぎる寝台に向かう。


「あー、あー……」


 声はかすれてうまく出ない。もう布団をかぶってしまおう、眠れるはずもないけれど。

 着替えようと改めて寝台から立ち、上着の内側を開いて、静湖は固まった。


 一輪の白い花が刺さっている。

 なんだろう、誰かが花をどうのと言っていた……。


 と、鏡を見た静湖は絶句した。そこに映っていたのは、静湖と同じ背格好の白髪(しろかみ)の人物。白流がにやりと笑みを浮かべていた。


「無事に花を持って帰ってくれて感謝するよ、青流」

「き、君……」


 封印されたのでは、と言い返す間もなかった。


「お礼に声変わりも、もとに戻してあげる」


 唇が柔らかなものでふさがれた。なにが起こったか理解が及ばぬうちに、白流に口づけられ、舌で舌をからめとられそうになっていた。白流が鏡から抜けだして実体を持っている、そんなことに驚く余裕はない。


「やめて……っ」

「やめない」


 ちゅっちゅ、とつばきの飛び交う音が響き、白流は静湖の体を抱えこみながら舌で口内を侵す。その舌が喉にまで及び、奥の柔らかな場所をぎゅっと押した。


 思わずげほげほと咳きこみながら、静湖は相手を突きはなしてうずくまる。


「な、なにするんだ……!」


 涙声で抗議すれば、すっと高い声が出た。


「ね、よかったでしょう」

「よくなんてないっ」


 誰かと口づけした経験などなかった。その上こんな意味のわからない舐め合いだなんて、恥ずかしさと言いしれぬ(おのの)きで心が波打ち、気持ちが収められなくなる。


「なんてことするんだ、白流……っ」

「大人は皆、してることさ。君の父さんと御影だって」


 ひょうひょうと答える白流を、静湖は穴が空くほど見つめた。


「適当なこと言うな!」


 静湖は立ちあがり、白流につかみかかった。服を引っ張りあげると、白流はふっと笑い、静湖を抱き返して絨毯へと押し倒した。


「このあとのことも知りたいだろ」

「な、にを……っ」


 細身の少女のような人物に乗りかかられているとは思われない力で、両腕と胴を押さえつけられる。じたばたとあがいても、身動きがとれない。


「君の父さんと御影の秘密、教えてあげる」

「いい加減な嘘、つくな!」

「君に嘘なんて言わない。なんなら今度、見せてあげる──」


 そのとき、がちゃりと部屋の扉が開けられた。


「兄様?」


 凛とした声が響く。


「兄様、誰かいらっしゃるの?」


 静湖は、衣装箪笥の前の絨毯の上で、ひとりで(くう)と格闘していたことにはっと気づいた。



 訪問者は、静湖の妹の王女望夢(のぞむ)とその侍従の日蔭(ひかげ)だった。二人は静湖の急な帰還を聞き、様子を見にきたのだろう。


 絨毯の上に転がり、ぜいぜい息をしている静湖。その姿を見た望夢はつかつかと部屋に踏みこみ、静湖に手を伸ばしてしゃんと立たせた。


「望夢、これは、その……」


 ぴしゃん、と両頬が打たれた。

 望夢が勢いよく両の手を静湖の頬に当てて包み、顔を寄せたのだった。


「御影が大事なときに。しっかりして、兄様」

「今、ええと、ここに……」

「いいから息を吸って、吐いて」


 言われる通り、静湖は何度か深呼吸をした。


「兄様は〈流の祭司〉になるんでしょう? どんな事件や事故があったかは知りませんが、幻影まがいを相手に自分を見失ったりしないでください」


 はっきりと言いきる望夢の迫力に、静湖は目を瞬くことしかできない。


「どうしてわかるの?」

「おおかた〈(リュウ)〉とやりあっていたんでしょう?」


 ──なにもかもお見通しだ、このしっかり者の王位継承者〈月の王女〉には。静湖は息をつく。


「綺麗な夕陽でございます」


 日蔭がたおやかに硝子窓の外を指差す。初めて夕暮れの景色が目に入り、静湖は入り陽を眺めた。望夢たちはなんでもない話をしながら、多くには触れずに憔悴(しょうすい)した静湖を気遣ってくれた。



 陽が沈み空に夕映えが残る頃、日和が部屋にあがってきた。

 日和は望夢と、自身の姉の日蔭に軽い挨拶をして、御影の容態が落ちついたと一同に伝えた。


「御影に会える?」


 まっさきに尋ねた静湖に対し、日和は厳かな面持ちで問い返した。


「静かに眠っておられますが、看病なさいますか」


 静湖は深くうなずいた。


 望夢と日蔭は、優しい笑みで静湖を送りだしてくれた。

 静湖は日和の案内で、御影の部屋へと塔をくだっていった。


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