第20話 宙の庭 4
ひゅん、と風を裂く音がした。
見れば、白流が尾を振りまわし、御影を建物のふちに追い詰めていた。刃物のごとき尾が、身をひるがえした御影のドレスローブの裾を切り裂く。御影の体が足場の雪とともに、ふらりと建物から落下した。
「御影っ!」
静湖が声をあげた瞬間、落下中の御影は宙を蹴って、隣の建物に着地した──足元に動力を仕込んでいるかの動きだった。そのまま御影は杖を高く天に突きあげ、叫んだ。
「〈櫂覇〉は不在だ、頼むぞ〈麗星〉!」
天がひび割れて夜がのぞく。現れた夜空は、見渡す一帯に半球状に広がり、飛びあがる白流をも中に閉じこめた。紺の空にはこぼれるほどの星が輝きだす。
「廻れ!」
御影の命で、星々が金銀の線でつながれて、天に星座を示していく。現れた星座たちは、時が巡るように夜空のドームの内で廻りはじめる。
「これは星に数えられた英雄の唄、
すべての始まりから終わりへと流れゆく物語。
──語り立ちあがれ、星々よ!」
御影が詠いながら杖を斜めに振るう。と、星座の上に、巨人や獣、輝く品々が色彩豊かに浮かびあがった。それらは星座神話の英雄や宝物であった。
現れた星の英雄たちは宝物の剣や盾、羅針盤や錫杖を手に、白流に襲いかかった。流星群がなだれうって降るかのように、遠くの八角形の建物の上に、白流が叩きつけられる。しゃあっと叫びをあげながら、白流は英雄たちの攻撃にのたうちまわる。が、その口が次に開いたとき、白い息吹が放たれ、周りすべての蛮勇と幻獣を凍らせていった。
さっと波が引くように、哀愁の第二楽章が終わった。
第三楽章がはじまり、白馬が雪の上を踏んで駆けるような拍子があたりに響く。
氷結した神話の英雄たちは、白流の尾の一撃で砕け散っていった──その間も天の夜空は廻っていた。新たに天頂に至った星座から、幻の霊が次々に降下する。
御影は杖を振るってそれらを指揮していた。
静湖は御影の姿に見とれ、目の前で繰り広げられる神話劇の戦いを、ただ綺麗だと感じてしまっていた。
「美しいだろう。君は今、音楽を観ている」
振り向けば、結良がいつのまにか長い魔法の杖を手にして、あたりに響く第三楽章に合わせて振りまわしていた。杖の先が、中空に小ぶりの魔法陣を次々と描いていく。描きあがった魔法陣を、結良はあちらこちらの建物の上へと飛ばしていた。
その頃、白流と英雄たちの戦いは天空に移っていた。白流の体が力をたくわえ終えたように、まばゆい白銀に輝きはじめる。その息吹の閃光が──遠く離れた御影を襲った。
小気味よく雪を蹴散らすように響いていた第三楽章が、凍りついて止まった。
天空の白き飛龍の姿が、ふいにかき消える。
御影のいる七角形の建物の足元は、凍れる息吹を浴びて氷結していた。水晶の原石のようにささくれだった氷が林立し、御影の杖と両足の膝下は凍りつき、動きを封じられていた。
そして白流は子どもの姿で、御影のもとに現れた。
そのうしろには何者なのか、たくさんの供を連れて──。
「僕の軍からもお返しだよ」
白流は横笛を取りだして構えた。うしろに付き従った十数人を超える供たちがその横に並ぶ。少年少女にも見える背格好の彼らに、静湖は見覚えがあった。
「人形さんたち……!」
青いうさぎに白いうさぎ、泣き顔の案山子、踊り子のイルカや人魚、大トカゲや獅子。それは願いの木にかけられていた人形が、人のごとき姿をとって現れた者たちだった。
〝願いの木、燃やしちゃったでしょう? あそこにこめられていた願いはどこへ行ったと思う? 行き場を失って、このはざまの世界にあるんだよ〟
白流の言葉を思いだし、静湖は震える。あの人形たちは、静湖の暴走で燃えあがった青い炎にまかれ、願いを背負ったままこの〈宙〉という世界の白流のもとへ……?
白流が笛を奏ではじめると、人形たちの手に剣や斧、棍などの武器が現れた。蜂起した村人のような風情の彼らは、笛の独奏の高鳴りに従って、わっと御影に襲いかかった。
御影は瞬時に光の盾を作りあげ、膝上だけで攻撃を避けたりはね返したりして、いなしていく。が、敵の棍が腕を打ち、こぶしが脇腹に入ると、天空の星座の神々が消滅した。御影にそれらをあやつる余裕がなくなったのだ。
白流が勝利を確信したように二、三歩踏みだした。
「御影、そこだ!」
結良が叫んだ。
「〈麗星〉!」
御影も声をあげ、膝下の氷を一瞬で砕いて跳んだ。
思わず、というように白流が笛を口元から離す。
「動けるだって? ──その足!」
ははははははは、と狂ったように白流が笑った。
「その足! あのときの足! それ、義足だな? 助からなかったってわけ!」
御影が足蹴りで棍とこぶしの武者をなぎ倒した。人形は霧散する。他の人形たちは引いて距離をとり、御影を囲んだ。七角形の凍った場で、人形たちに取りまかれた御影と白流。風が止み、一切の音楽はなくなっていた。
「み、かげ……」
静湖は混乱していた。御影の足が、義足? 両足ともが? それはもしかして、旅の間に白流にやられたの? だとしたら、だとしたら、許せない……! 知らない感情が噴きあがり、視界がくらくらとして涙がにじんだ。
「終わりだ」
その声は結良のものだった。
結良が杖から赤紫の光を放ち、同じ色の魔法陣が、御影たちのいる七角形の建物の床から浮かびあがる。白流が目を見開き、動きを止めた。人形たちもぴたりと動かなくなり、ぽんぽんと綿菓子が弾けるように消えていく。
赤紫に輝く魔法陣の上、固まった白流。対峙していた御影が、息をつき腕をおろす。
──戦いが終わったようだった。結良が静湖に語りかける。
「白流をなだめて、御影の呪いめいた紋様を解かせるには至りそうにない。一旦この魔法陣に閉じこめ、頭を冷やしてもらう。落ちついたらなんとかさせるから、君たちは外の世界へ帰りなさい」
静湖は自分が戦ったわけでもないながら憔悴していた。
「……そんなことができるんですか」
にっと笑った結良は杖を構える。
「普段の白流は私の弟子だ。そういう形でこの〈宙〉にやつを封じておくのが今の私の役目。困った弟子だがね」
結良が杖を振ると、静湖と御影の前それぞれに、床から立ちあがるように縦長の鏡が現れた。
「外へお帰り」
結良の声とともに鏡が輝く。
あまりのまばゆさに、静湖は両腕で顔を覆い、ぎゅっと目をつぶった。
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