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第18話 宙の庭 2

 階段を登った先は、一階とは対照的なだだ広い空間だった。

 そこにはたくさんの楽器と譜面台が並び、楽団員のいない交響曲の練習場のようだ。


 奥の窓にはカーテンが引かれているが、天井からは光が差して明るい。屋根裏部屋が半分だけ張りだしている。結良(ゆうら)はそこへ続くはしごを登っていく。


 静湖(しずみ)は楽座へ近づいていった。指揮台のあるべき場所には、星の紋様が描かれている。すべての楽器は魔法陣を描くように鋼の糸でつながれており、糸の先は屋根裏に置かれた器械に集約されていた。


 白流はつまらなそうな顔で楽座の脇にしゃがみこみ、屋根裏へと伸びる鋼の糸を手遊びで(はじ)きはじめた。もはや静湖にちょっかいを出す気はないようだ。


「白流、第七番をかけてくれ」

「はい、はい」


 屋根裏から指示が飛ぶと、白流はおっくうそうに窓際の本棚へ歩いていき、一冊の総譜本を手に取った。第七番と題字が書かれたその小さな本を、指揮者が立つべき星の紋様の上に開いて置く。


「では」


 結良は屋根裏で、鋼の糸の先の器械のレバーを回しはじめる。いつか王都の広場で見た、灯りの石売りのワゴンに似た演奏装置だった。


 静かなさざ波のような音の中から、交響曲第七番の演奏がはじまる。鋼の糸でつながれた大小の楽器たちがひとりでに弦や管を震わせて、雄大な曲が広がりだした。かっ、と曲調が変わり金管楽器が高らかに歌いだすと、総譜本がぱらぱらとページを繰りながら踊るように浮きあがった。


 ──鋼の糸の魔法陣が輝いた。楽器たちが光を反射して、きらめく音楽が風となって部屋中に吹きあれる。


 朽ち果てた遺跡を旅していた作曲家の前に、いにしえの国の幻影が現れ、英雄の凱旋が、豊穣の祭りが、雪の中で遊びまわる子どもたちが歌われる有名な曲だ。静湖はなじみある音楽の中に身をひたし、何度も思い描いた光景を、新鮮な気持ちで味わった。



 やがていくつもの旋律の主題を展開して、最初の楽章が終わったとき、浮いた総譜本の下の星の紋様に光の粒がつどい、なにかの形を成した。


 すっかり静けさが戻った室内。

 そこにひとりの人物が現れた。


 静湖は目を見開いてその名を呼ぶ。


「御影……!」


 御影は落下してきたかの体勢で、衣服を確かめ腕や足を動かしたのち、あたりを見回した。


「静湖様、どうしてこんな場所に。それに……!」


 この場所をよく知っている様子の御影は、白流の姿を認めて顔をこわばらせた。


「よかった、無事に召喚できた! 御影、おまえがいないと話にならんようだったのでな。姿を組みかえたが、腕や足を落としてきた、なんてことはないな?」


 結良が階上から顔をのぞかせる。

 御影は白流を目の端にとらえつつ、ため息をついて立ちあがった。


「しゃれにならないことを言って。〈(ソラ)〉に引きこもったとばかり思っていましたよ、師匠」


 静湖は目を丸くする。結良が、御影の師匠?


 二人の会話は親しげに続いた。


「ここが〈宙〉だ、たわけ者」

「この家が?」

「〈宙〉に再現した。建て直したようなものさ。外を見てみたまえ」


 はしごを降りてくる結良に言われるまま、御影は勝手知ったる家だといわんばかりの様子で、奥の窓のカーテンを開け放った。


 さぁ、と白い光が部屋に差しこむ。

 外は、銀世界だった。


 建物がひしめく大都市の遺跡に大雪が降ったという風で、雪をかぶった建造物が見渡す限りどこまでも建ち並んでいた。


 静湖はあっけにとられ景色を見つめた。外は、虹色の草原であったはずでは……。

 唖然(あぜん)としているのは御影と結良も同じだった。


「この場所は……」

「おい、貴様なにかしたな?」


 結良はつかつかと白流のもとに歩みより、襟首(えりくび)をつまみあげた。


「痛てててて」

「戻せ」

「できないよ」

「なんだと」


 そんな口論をする二人を、御影は窓際からじっと射るように見つめて言った。


「白流ですね。そんなに師匠と親しげに……。この雪の街を再現するなんて、私とまた戦いたいのですか」

「戦った? おまえと白流が?」


 結良が面食らったような顔で、御影と白流を見比べる。静湖も話についていくことができず、はらはらと見守る。結良と御影の会話は続いた。


「いつの話だ? 白流、おまえ脱走したのか?」

「旅の間の話です。〈宙〉のはざまで鉢合わせして……、いえ、私を待ち伏せしていたというべきですか」

「御影、こいつは〈(リュウ)〉だ。音楽の力だよ。待ち伏せなんかしておまえと敵対するなんて、信じられない──あっ」


 二人のやりとりを聞いてわなわなと震えていた白流が、結良の手を払いのけ、楽器を一飛び二飛びして御影のもとへ駆け、首元につかみかかった。


「もうおさえきれない! 伝わってくるよ、おまえは静湖のこと好きなんだ。僕の青流のことが。青流を使()()()としている人間のくせに──赦せない!」


 白流は御影の襟元(えりもと)の飾りボタンをぶちんと引きちぎり投げすてた。

 その刹那、御影の全身の服の上に、のたうつような白い紋様が浮きあがった。


 白流の姿は、そのまま霧散していった。


「あいつ!」


 結良が御影のもとへ駆けよる。


「御影、大丈夫か」


 御影はゆっくりとローブの(そで)をまくった。蛇が這うような紋様が肌に表れていた。


「この紋様、内なる力を奪っていくようです。今は問題ありませんが、長期になれば、吸われ尽くしてまずいことになりそうです」

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