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第14話 王と魔術師

 願いの木の音楽会から十日ほど、静湖(しずみ)は予定や授業もなく休暇を満喫していた。

 爽やかな風に顔をあげれば、日に日に濃くなる緑に驚かされる。


 その朝、目覚めた静湖は寝台でけほけほと咳きこんだ。起きだして鏡をのぞく。乱れた青い髪、半袖(はんそで)の寝巻きの姿が映る。なにかがおかしいと感じた。


「どこもおかしくないのに」


 口に出した声はかすれ、静湖は咳をしながらうずくまった。



 朝礼の支度をしながらドレスローブに(そで)を通していると、ノックもなしに自室の戸が開けられた。御影(みかげ)は慌てて(すそ)をおろし、硬い機械の足を隠す。


「いきなり入ってこないでください、日和(ひより)さん!」

「静湖様が」


 青ざめた様子の日和を見て、え、と御影も固まってしまう。


「静湖様が、しゃべりたくない、とお布団から出てこないんです。なにしろ急なことで」


 日和から状況を聞き、御影はすぐに硝子の塔の静湖の部屋へ向かった。

 鍵のかけられた扉を強めに叩いてみる。


「静湖様、私です」


 返事はない。

 だが扉の向こうで布団をかぶって震えている静湖の様子は、想像できた。


 ……声変わりを迎えた少年の心は、()()()()()()()()()

 ため息をつきながら、御影は心配そうにのぞきこむ日和を振り返った。


「大丈夫でしょう。時間をかけて見守るしかない」


 はい、と日和は目を伏せ、ゆっくりと語った。


「若木に嵐がやってきて、枝が折れてしまうかもしれない。でも折れてしまっても、そこから新たな葉をつけ花を咲かせる。そういうことですよね」


 御影はしばらくその例えをかみしめ、ええ、とうなずいて部屋をあとにした。

 朝礼が終われば、おろそかにできない用事がひかえていた。



 朝礼後、国王天海と御影の姿は、王宮の地下施設にあった。


 蜘蛛の巣のように張りめぐらされた空中通路に立った二人は、あたりに並ぶ巨大な七つのドームと中央の大穴を見渡していた。ドームの周りには水路が走り、大穴に滝のように水を流れこませている。


 これらは音響装置であり、動力炉であった。

〈流の炉〉と呼ばれている。


 地上の王都で、音楽を口ずさむだけで炎が興り水が吹きだすのは、この炉から〈(リュウ)〉の力が巡っているためであり、水道から暖房から工場(こうば)に至るまでの器械たちもまた、この炉の〈流〉の力に支えられている。


 王都の要の動力炉──何度見ても、と御影は緊張する。


「動力源の〈流〉として、適合するか」


 御影は軽く旋律を口ずさんで重力を操り、空中通路から下へ跳んだ。〈流〉を宿した二本の足をドームの上に着地させ、また跳んで空中を踊りながら足に呼びかける。


「歌え、〈麗星(レイセイ)〉!」


 御影の跳ねた軌道が、宙空の天幕を裂いていくかのごとく景色を塗りかえ、そこに夜空が現れて流星群が降った。幻の星があまたに水路に落ちて、輝きながら歌声をあげた。銀の天の河を思わせるきらびやかな交響が水流の上に響く。


「いけるか」


 通路から見おろす天海が、ぐっとこぶしを握る。

 が、星の歌声は水路の流れと相いれることなく、ぱん、と弾けるような音を残して、すべての幻とともに消え去った。


「だめだったか……もうひとつは?」

「〈櫂覇(カイハ)〉は今、裏でなじませています」


 天海が通路の階段をおりてくる。御影はそばへ寄った。


「なんとしてもなじませます。〈櫂覇〉は海原を歌う〈流〉で、水路との相性は申し分ないはず。……静湖様の中の〈流〉をあてがうべきだと主張する者たちを黙らせるためなら、私はなんだってします」

「旅先で足を失ってまで〈流〉を持ち帰るほどのことなど、真似できないな」


 御影が押しだまると、天海は、悪い、と謝った。


「あの子に先代の朔夜(さくや)様と同じ運命を歩ませるわけにはいかない。だが考えないわけにはいかない、あの子から〈流〉を取りだせないかと──」

「静湖様を危険にさらすことには断固反対です。今回、時間をかけてでも〈櫂覇〉がなじんでくれれば、この炉の延命にはなるでしょう」


〈流の炉〉を巡る〈流〉の力は、年々弱く小さくなっており、王宮の(まつりごと)が直面する課題であった。御影の旅のひとつの目的は、この炉に適合してもとの〈流〉の力を支える新たな〈流〉を探してくる、というものだった。



「旅の間、更紗(さらさ)の行方を探ったりはしたのか?」


 地下から帰還した天海と御影は、昼食の席についていた。

 小さな食堂は人払いがしてあり、食卓の上には菓子と茶が並んでいた。


 天海は茶を手酌(てじゃく)しながら、唐突に前の妃の名を出した。静湖の母である更紗は失踪し、聖妃の称号を与えられている。聖妃の名が出るとき、天海と御影の間には緊張が走る。


 語りかねる御影をよそに、天海はひとりで話を広げた。


「手がかりがあるとしたら、光海国(ひかるみこく)か。一筋縄ではいかぬ相手だな。今ごろ消えていてもおかしくなかった国だ。それを助けてやったのに、更紗が浮かばれない」

「更紗様は、亡くなったと決まったわけでは」

「……そうだったな」


 天海は急に憂いの表情を浮かべ、静かな声で御影に問いかけた。


「なぁ、御影。私は国王として、どんなときにも正しい判断をせまられる。それゆえ、かけがえのない自分の子である静湖から〈流〉を取りだせないかと考えてしまう。命を賭して守りたいと思った更紗のことを死んだも同然だと思ってしまう。私には、人の心が足りないのか」


 御影は驚いて目を見開いた。

 なにを言うべきか迷ううちに、天海は息をついて続けた。


「だが正しい判断とは打算ではなく、人の心で行なうものだ。静湖を光海国から引きとったのは打算ではない。せめて成長は気にかけてやりたい」

「……ええ」

「あの子はどうも性別の感覚が不安定だな」


 天海が本心から語っているのは明らかだったが、その言い方はまるで目の前の茶の配合のことかのようだ。良き王だといわれる天海は、たしかに人の親としては足りないところがあるのかもしれない、と御影は思いながら答える。


「そろそろお体の変化もあり、男の子におなりになっていくことを、ご本人がどう受けとめられるか……」

「おまえが魔法を教えて女として生きる道だってあるんだろう? 私は男に生まれ、迷ったことがないから、よくわからないが」

「それは」


 考えていなかったとは、御影は言えない。なにしろ自身の立場が立場だ。性別を変える魔法は禁忌ではない。しかしそれを伝えるとすれば、御影の立場は……。


 御影は口を引き結び、前の題への答えを告げた。


「静湖様をお引きとりになったのは、静湖様の中に〈青流(アオル)〉が宿っているからではなく、更紗様の子だからでしょう。ならば静湖様の中の〈流〉のことを道具として考えるべきではないし、静湖様を守り育てることが更紗様に命を賭すことになるのではありませんか」

「……そうか」


 天海は神妙にうなずく。

 二人の食事会はそのままお開きとなった。


 食堂の外の廊下で、窓の向こうの空を眺め、御影はひとり蒼穹に目を凝らした。


「〈青流〉、私にはまぶしすぎる青よ、更紗様は今どちらに……」


 蒼穹は答えることはない。

 瞳に映った青に心を誓うように表情をひきしめ、御影は身をひるがえした。


〈第二番につづく〉

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