第13話 天の星の晩 2
その晩遅くに、静湖の部屋を訪ねてきた客があった。
「静湖様」
「御影っ!」
静湖は布団をはねのけて立ちあがり、昼間のドレスローブのままの御影を迎える。
こんな時間まで、後始末に追われていたのかもしれない。
「今日は、ご無事でなによりでした。あんなことになるとは私も予想がつかず……」
あたりさわりないなぐさめの言葉には、うつむくしかなかった。御影や父の期待を裏切ってしまった。叱ってくれた方が楽かもしれない。静湖は音楽会のことをまざまざと思いだす。震えが走った。
常夜燈と星明かりばかりの薄暗い部屋で向きあって、静湖の様子に気づかずに御影は続ける。
「願いの木があんなに青い炎で……その直前には、静湖様の内なるものが吹きだしたかのような……」
かたかたと奥歯が音を立てる。静湖の脳裏には炎の情景がよぎっていた。
思わず倒れそうになり、御影がはっとする。
「静湖様」
「ぼ、僕」
「ごめんなさい静湖様、しっかり」
どうにもならない震えが全身を駆けめぐり、ひゅうひゅうと呼吸がおかしくなる。
そのまま過呼吸を起こしていく静湖を──御影がぎゅっと抱きしめた。
「み、かげ……?」
硝子窓の上には満天の星がこぼれるように輝く。じりじりと常夜燈の音だけが耳をかすめる夜のはざま。御影の胸に顔をうずめると、幽玄な音楽が聴こえる。それはきっと御影の音楽だ──静湖の呼吸は落ちついていく。
「みか……」
かくり、と静湖の首は垂れる。そのまま御影によって抱えられ、幼い子どもであるかのように寝台に寝かされる。離れようとした御影の服の袖を、静湖は思わずつかんだ。
「御影、もうちょっとここにいて」
「わかりました」
「……ありがとう」
御影は寝台の脇に腰かけ、うそぶくように話を転じた。
「ところで静湖様。灯りの石を広場で売っていたという魔女のような人物。今日はお会いになりましたか」
「いや、会っていないよ」
「そうですか。いえ、実は彼女の正体に思いあたるところがありまして──」
御影が語ったのは、静湖があの日持ち帰ったかごの印章は、灯りの石を作った本人の魔女が使うものだという話だった。
*
静湖が眠ったのを見届けてから、御影は静かに硝子の塔をおりていった。中層階の屋上庭園に至り、夜空を見あげてほうと息をつく。
抱きしめてしまった……静湖様を。
あんな風に静湖に触れたことは、彼が幼い頃以来。物心ついて教え子となった彼を抱きしめるなど、自分に許したことはなかった。
「私はこんな生まれの者なのに」
じっと手のひらを見つめたあとに踏みだした足は冷たく、かしゃんと乾いた音を立てた。
生まれ持った二本の足は、旅の間に失ってしまった。
「〈麗星〉、〈櫂覇〉……」
二本の義足に名をつけるなど、児戯のようだ。それでも名を呼んで語りかけるうち、二つの足には〈流〉が宿った。その名のごとく、流星の降る夜空のような、大洋の大船のような、作者もない交響の歌の流れが。
その二つの〈流〉も、なんのために在るかといえば、答えは決まりきっている。
「その青が私にはまぶしすぎる……静湖様、更紗様」
夜空に息を吐いて、御影はこれからの星の行方に思いをはせた。
*
〈天の星の晩〉の星明かりのもと、王都を離れる道を往く荷馬車が一台。
荷台には、大量の灯りの石と二人の人物を乗せていた。
ひとりは、静湖の出会ったあの古楽器弾きであった。
「面白い子が〈流の祭司〉になりましたねぇ、灯」
「面白いどころじゃないだろう、あんな〈流〉を宿した子。王宮の連中はきっととんでもない秘密を隠してる」
答えたのは、真っ赤な衣の石売りだった。
古楽器弾きは楽器を構え、くつくつと笑った。
「まぁいいじゃありませんか。あの子とはまた会う気がしますよ」
がたごと、と馬車は石を揺らしながら二人を運んでいく。
灯、と呼ばれた石売りの魔女は、石に灯りの魔法を詰める術を編みだしたその人である。
王都を出て、魔女はまた物見遊山の旅にさらわれる──。
〈第一番おわり〉
〈幕間につづく〉
交響曲第一番をお読みいただき、ありがとうございます。
第二番では、また違う季節と恋歌が響きます。
よければ、これからも見守ってください。




