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第11話 お忍びの王女

 本番当日、日暮れも近い王都の広場。


 お忍びの姿の静湖(しずみ)が御影とともに到着した頃にはすでに、願いの木をぐるりと囲む何段もの席が設置され、市民たちが集っていた。


 静湖は広場の横の庁舎にて指揮者の衣装に着替える手はずだが、座席の中に見知った顔を見つけ、御影とともに近づいていった。


望夢(のぞむ)!」

「兄様!」


 振り向いた少女もまた、帽子をまぶかにかぶったお忍びの姿だった。

 珍しい桜色の髪は帽子の中にまとめられ、三日月型の髪飾りがのぞいている。


 静湖の妹とされている彼女は、今代の〈月の王女〉。〈流の祭司〉と並び称されるその称号は、女性の王位継承者に与えられるものだ。望夢は王家の親戚筋からの養子だというが、十一歳にして、次の国王に、と指名されているのである。


 一方の静湖は、望夢の兄でありながら、王家の中でどのように生きることを望まれているのか、長らくはっきりとしていなかった。長年空位であった〈流の祭司〉となることは、今日このあと市民に発表される。


「兄様の〈流の祭司〉としての門出、今夜は楽しみにしていますよ」


 まっすぐなまなざしで望夢は告げてくる。


「あ、ありがとう。言われると緊張するよ」


 静湖はしどろもどろに目を泳がせる。

 王位継承者の望夢はしっかり者だ。彼女からそんな風に言われると、肩に力が入ってしまう。


 望夢の護衛には、貴婦人の雰囲気を持った付き人がひかえていた。

 静湖の世話係である日和の姉の日蔭(ひかげ)であった。


「指揮者の指名は、いつどなたが発表なさるのですか」

「静湖様が登壇される折に、司会の庁舎の者が──」


 日蔭と御影が話しだしたのを見て、望夢が静湖の襟元(えりもと)をつかんで顔をよせた。


「それで、御影とはどうなの?」

「ええ? どうって?」

「とぼけないで。接近できてるの?」


 静湖は観念した。


「授業は授業でしかないし、もちろん御影は毎回すごくかっこいいし素敵だけど、近づくなんて……花冠(はなかんむり)も渡せなかった」

「毎日一緒にいられるから、高望みがはじまったのね」

「そ、そうだよね。あ、いや、そうじゃないってば!」


 (ほほ)をつまもうと伸ばされる手は避けながらも、痛いところを突く望夢の問いは、静湖には避けきれない。


「女の子の服はもう着ないの?」

「き、着ない」

「御影に見せてあげないと、女の子の姿の兄様を」

「僕は、女の子じゃないから……」

「でも、御影に振り向いてほしくて、兄様は女の子の格好をしていたんでしょう?」

「そ、それは!」


 望夢の指摘に、静湖は混乱する。そうだったっけ、そうだったかもしれない。女の子になりたいわけじゃなく、御影に振り向いてほしかったんだっけ。でも御影に恋しているときの自分はまるで女の子だ。そんなときに(そで)を通したくなる服の数々は──もう、この世にはない。


 そんなことを思ううち、うしろから声がかけられた。


「なんのお話ですか、静湖様、望夢様」

「うわぁっ」


 ひょうひょうと聞いていた風の御影の立ち姿に静湖はのけぞった。

 望夢はにこにこと日蔭のもとに戻る。


「兄様、今日はがんばって! 御影のためにもっ」

「どうして私のためなのですか?」

「わ、わあぁっ」


 その場から逃げるように、静湖は御影の服の(すそ)をつかんで歩きだす。御影はすべてを見透かすかのように微笑んでいる。その笑みは、彼が手の届かない年長者なのだと感じさせるものだった。


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