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第10話 石との合奏

 翌日からの授業は、初夏の音楽会のための練習に様変わりした。

 魔法の授業でありながら、音楽の特訓がはじまったのだ。


 南の塔の音楽室には、鉄琴や木琴、笛や竪琴、大小さまざまの楽器が置かれ、森の木々のように並んでいる。その中に楽士の衣装で現れた御影は、手風琴(てふうきん)を構えて遊ばせながら静湖(しずみ)に言った。


「願いの木には、街の人々が願いをこめた人形がかけられます。音楽会では人形たちが歌い、それを指揮する魔術師がひとり。ですが実際に歌うのは、人形が手にした歌う石──灯りの石たちです。願いの木の音楽会とは、灯りの石の大合唱の場なのです」


 魔術書のような手風琴を置いて、御影は鍵盤楽器にかけられていた布を払い去った。楽器の下には、大量の灯りの石が鎮座していた。粒ぞろいの小石たちで、一部は静湖が買ってきたものだろう。


「灯りの石が、歌声を響かせながら光るように導くのが、指揮者の役目です。音楽そのものの指揮の腕も問われますし、炎や熱を出すことがないよう魔術師として石を統御する力が必要です」


 静湖は神妙にうなずく。

 御影は次にローブの内から、細長い杖を取りだした。


「指揮棒です、どうぞ」

「わぁ! これはもしかして、魔法の杖?」

「残念、ただの指揮棒にすぎません。ただ、あらゆる魔法使いの杖は、音楽を魔法として操るただの棒にすぎない、ともいえますよ」


 自由に石を歌わせてみてください、と言われ、静湖は音楽室の中央に石を並べた。交響曲の楽座を組むかのように扇形に配置し、残りの石を合唱団員のようにうしろに勢ぞろいさせる。


 すぅ、と息を吸って、石たちに向け指揮棒を振るってみる。


 ……何度試しても、なにも起こらない。

 並んだ石たちの間にも、しんとした静寂が満ち、歌いたいという訴えは感じられそうになかった。


「前は、どうして歌ってくれたんだっけ……」


 困り果てた様子の静湖を見かねて、御影が提案した。


「静湖様、指揮棒でなく楽器を使ってみましょう。たくさん出してありますから、お好きなものを」


 教室の奥にひかえる楽器の山に近寄って、静湖はすぐに声をあげた。


「これにする!」


 箱から取りだしたのは、昔よく吹いた銀のラッパだった。久しぶりに指を通すとなつかしさがこみあげる。吹けるかな、と思いながら軽く音を出すと、気づけばかつて夢中で練習した曲を吹きはじめていた。


 王都のパレードの曲だった。十歳の頃、御影が長旅に出る前のことだ。吹いていると、楽しげな音が加わった。御影が手風琴を鳴らしながら体を揺らしている。


 合奏に、さらに加わるものがあった。


 わぁんっ、と歌声が響きだす。


 静湖と御影は、演奏は止めずに石たちを見た。

 合唱が渦巻いて、あちこちの石が濃く薄く点滅した。石たちは歌声に乗せて訴えはじめた。


〝人形を〟

〝人形たちが〟

〝彼らがいないとね〟


 人形がほしいの? と静湖は心で問いかける。


〝人形たちとその願い〟

〝音楽会の主役だからね〟


 静湖と御影は顔を見合わせ、合奏を終えた。

 石たちはそれきり黙りこんでしまった。


「石を御するには、信頼関係が必要です」


 御影はそう締めくくり、次の授業には人形が集められることになった。



 青いうさぎ、白いうさぎ、エプロン姿の母猫に祭りの衣装の子猫たち、踊り子イルカに泣き顔の案山子(かかし)、銅の車輪を回る大トカゲ。音楽室に揃えられたぬいぐるみや木彫り、陶器の人形たちには、願いを記した短冊がくくりつけられていた。


 静湖はひとつひとつに目を通す。


「『聖楽隊に入れますように』『父の病が治るよう』『昇進してお祝いのごちそうを皆で食べたい』……」

「それらはこの王宮に勤める者たちの願いを集めたものですよ」


 御影によれば、今日集められた人形は、王宮の使用人や兵の持ち物だという。音楽会の本番では短冊に願いを書くことはないが、練習中の静湖が想像をふくらませやすいようにと、人形にこめる願いを書いてもらったそうだ。


 王宮の皆は、静湖に会えば明るく挨拶を投げかけ、折に触れて力になってくれる。だが内心を静湖に明かすことはない。


 こうして彼らの願いを知ることで、静湖は大きな勇気を与えられた。皆それぞれに人生と生活があり、そんなひとりひとりと静湖はつながりがあるのだと。王都の広場で、市民たちの人形が集められるときにも、それはきっと同じだ。指揮者の静湖は、皆の願いのつながりの真ん中に立つ役割なのだ。


 とはいえ、音楽会の主役は静湖ではない。

 それから──石たちと心を通わせ合奏をする特訓が始まった。



 魔法の品との合奏など、静湖はもちろん経験したことはない。以前の授業で感じられた、石の歌いたいという想念をつかむことが一縷(いちる)の望みだったが、並べた石に向きあうほど、その感覚は曖昧(あいまい)になっていった。


 静湖は指揮棒を置き、ラッパや笛を持ち替えつつ、石を誘うための演奏をする。


 ぽつりぽつり、静湖の独奏とともに光り、歌ってくれる石は出てきた。だが石の歌を盛りあげようと脇役に引きさがれば、石も遠慮したように歌をやめてしまう。かといって主役として導けば、石は冷たく沈黙して静湖の旋律だけが残された。


 静湖はひとつひとつの石との対話も根気強く続けた。手に取って語りかけながら、石の響きが変わる瞬間を待つ。かすかにでも光ったり歌ったりしてくれるまで、人形のこと、願いのこと、静湖自身のことを語り、演奏を聴かせた。


 何日もが経つうちに、歌ってくれる石は増えていった。

 彼らは人と変わらぬ個性や感情ある奏者だ、と静湖は感じるようになっていた。


 しかし、ひとつの曲を奏でるにはなかなか至らなかった。


 石たちに輪唱が起こる気配をとらえ、合奏を開始しても、曲はいつも途中で途絶えてしまう。ある時は奏者たちが興味を失ったかのように演奏が消えていき、またある時は急に音程や拍子が合わなくなって曲が瓦解していった。


「できないかもしれない」


 涙をにじませ、ついにそう口にした静湖に、御影が近寄ってきた。


 御影は連日、音楽室の隅の椅子に腰かけて本を開きながら、ほとんど口を挟むことなく、静湖と石たちを見守っていた。


「静湖様、とっておきの秘密をお伝えしましょう」

「秘密……?」


 静湖と目線を合わせようと首を傾けた御影の目に、きらりと星が瞬いた。


「音楽を創るときは、その場に〈(リュウ)〉を宿すのです」


 わけがわからずぽかんと口を開けた静湖の耳もとに、御影は口を寄せてささやいた。


「〈流〉とは、音楽に宿る命のこと、ですよ」

「〈流〉が、音楽に宿った命……?」


 静湖はつぶやくうち、あっ、と声をあげた。

 頭の中、なにかが稲妻のように(ひらめ)いた。


 石たちとの合奏で、続かなかった曲には、命が宿っていなかったんだ。静湖と石たちとの楽座が奏であげる響きには、まだ命が宿っていない。あるいは、宿りかけた曲の命、曲の流れを、生かすことができずに止めてしまったんだ……!


「もう一度、やってみる!」


 それからの十日ほどは、石たちが静湖を認めて心を開き、静湖が奏者たちを親しい友としていく日々だった。やがて皆の心がひとつにまとまっていき、皆で演奏を楽しむことができたとき、いくつもの曲が命を得たように歌われるようになっていった。


 十数日後。指揮棒をふるう静湖のもとには、ひとつの交響楽団ができあがっていた。人形とともにずらりと座した石たちによる、本番の音楽会を待つばかりの楽座が。


「すばらしい」


 演奏を聴き終えた御影は、拍手とともに立ちあがった。


「ひとつの〈流〉を創られましたね、静湖様」

「え……!」


 御影はそれ以上を語らずに微笑んだ。

 音楽室に吹きこんできた風は、夏の香りがした。


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