9.できればヒロイン様には近づきたくない
ティジャンさんに使命を受けてからというもの、私はひたすらに悩んでいた。
そもそも私は、マリアと極力関わりたくないのだ。
私もマリアも現実世界からの転移者。もしマリアにそのことがバレてしまったら一ー、
『貴方も異世界転移なの!? 仲良くしましょうね!』
もしくは、
『はぁ? あんたも異世界転移? でもざんねーん、この世界はマリアのものなんだから邪魔者は消さないとね♪』
のどっちかだろう。
(だっっっっる)
どちらにせよめんどくさい。
正直、本当に関わりたくない。
私は厨房で仕事ができればそれで良いのに。
(でもなぁ)
ティジャンさんと約束してしまったのだ。
あの人の料理の腕は一級品。揚げ物だけじゃなく、ほかの技術も見て覚えてものにしたかった。
(やれるだけやってみるかぁ)
*
で、いつマリアに話を切り出すか、のタイミングを図るため、翌日からマリアの観察から始めたのだが……、
(こいつ、びっっっっくりするぐらい働いてないな!?!)
王宮の厨房では結構色々な人が働いてる。
私らみたいな仕込みとかする下っ端から、現実でいえばスーシェフみたいな人たち。皿洗いの人もいるし、パティシエとパティシエールも別にいる。
だから厨房は常に慌ただしくて、自分の仕事をこなすので手いっぱいでマリアのことはよく見れていなかったのだが一ー、
(うわぁぁあそこで棒立ちになるな!寸胴抱えた人が通るだろ!危ないから!てかなんでそこ立ってんの!?)
マリア、厨房でめちゃくちゃ邪魔だった。
まぁね、冷静に考えればわかる。たかが趣味で料理やってて、「え〜上手いからお店開きなよ!」とか言われて天狗になってる人と、毎日毎日仕事として厨房に立つ人間には明確な線引きがある。
そしてその線引きと違いがわかるのは後者の人間だけだ。前者の、プロとして料理やってない人間にはわからない線引きがある。……まぁ私も上手くは言えないんだけどさ。
そしてマリアは前者の人間だ。料理の粗、器具の使い方を見るに素人だというのはわかっていたが一ー素人が厨房にいるの、マジで邪魔だなと思った。
(でもあんなに邪魔そうなのになんで今まで気付かなかったんだろう)
普通ならとっくに怒鳴られてるところだ。その怒鳴り声で、あっ、マリアなんかやらかしたな、とわかりそうなのに。今の今までわからなかった。
というわけで自分の仕事もこなしながら更にマリアを観察する。
「お〜いマリアちゃん!そこは危ないよ!」
「わっごめんなさい!全然気づかなくって!」
「いいよいいよ、怪我とかしてない?大丈夫?」
「大丈夫ですっ!ありがとうございます、」
……あれだね、ヒロイン力で怒られずに済んでるだけだね。
ヒロイン力あまりにもすごすぎる。
あんなとろくて邪魔してたら、怒鳴られてイライラした誰かがものに当たり始めてもおかしくないのに。
(え〜〜やっぱり関わりたくないよ〜〜)
マリアみたいな人、自分はとても苦手だ。
仕事以外で関わるのなら良いかもしれないけど……一緒には仕事したくないタイプだ。
(やだあ〜〜〜)
20リットルぐらいあるビーフシチューを焦げないようにぐるぐるかき混ぜながら、私は、心の中で悲鳴をあげたのだった。