7.シフォンケーキとおにぎりと女騎士③
突然のレインさんの言葉に、思わずおにぎりを食べる手が止まってしまった。
「団長から聞いていたんだ。マリアは気前よく料理を振る舞うが、それ以外の片付けはからっきしのようだ、と」
「……あー……否定は、その……できませんけどねぇ」
「いつもユーリが片付けをして、床まで磨いている。マリアがやらないのであれば、マリアの料理を食べた私たちがするべきでは、と仰っていたな」
「お、おぉ……ありがたい話ではありますが……。……でも大丈夫ですよ。ここは私たちの場所ですから。マリアの尻拭いも、厨房の人間がするのが筋ってもんですよ」
あまり納得してはいないようだったが、そうか、とレインさんは頷いてくれた。
「ところでレインさんは今日初めて厨房にいらしてましたよね?」
「ん? あぁ、そうだな。いやな、マリアが突然押しかけてきて、今日は絶対皆さんで来てくださいね! なんて言うものだから」
そういえば、と私は疑問に思う。
今日は別として、今まで、騎士団の皆さんは、どういう手段でマリアが新作を作るのを知ったのだろう。
「……あの。だとすると、マリア本人が、騎士団の皆さんに元に料理の宣伝をしに来たのは今日が初めてで?」
「私の知る限りではな」
……えぇ。じゃあ今まで、どこでどうマリアの料理のことを知って、集まってたんたろう。いや、マリアが『次は◯◯作るね!』と宣伝してるのは聞いたことはあるけど。
騎士団の皆さんとわちゃわちゃしてるときに、次は何月何日に作るから厨房にきてね!とか言ってるのかだろうか。それともこれはあれだろうか、よくある物語のご都合主義で、ここに生きる人たちは、自然とマリアの元に集まるとかそういうのだろうか。
「私としては、食べるだけであれば厨房ではなく食堂で済ますべきだと思ってはいるんだが……。マリアがあまりにも厨房に来てくれと押すものだし、私もユーリに会いたかったからここまで足を運んだんだ」
……なんかあれだなぁ。『異世界転生しましたが、現実世界で培った料理スキルで無双します!』も、主人公のヒロインが、厨房でこっそり賄いを作るところからスタートしてたなぁ。
厨房から良い匂いがして……と騎士団長とかが現れて。そこから交友が始まる……みたいな。
この話だけじゃなくて、厨房でこっそり……ってのはこの手の物語のテンプレかつお約束なのかもしれない。どう物語が転ぼうが、ヒロイン力でどうにかなるのがweb小説のお約束なのだ。
(でもあり得ない話だよなぁ。いくら仕事終わりの厨房とはいえ、料理長が自分の城である厨房をあそこまで自由に使わせるなんてちゃんちゃらおかしいし。それに、それを許すのは、料理人としてあまりにもプライドがないっていうか。……ていうか、あれ?マリアってこっそり作ってはないよね?むしろ堂々と作ってるっていうか……)
あ、そっか。と合点する。
うちの料理長一ーティジャンさんは、多分、勝手に厨房を使われるのを良しとしない人だ。賄いぐらいの簡単なものならまだしも、マリアのような気合いの入った、厨房器具をフル活用するようなことを勝手にするのは良く思わない人のはずだ。
だからマリアは、昼食提供後の厨房で作っているのだ。深夜にこっそり入り込む、なんて出来なかったから、昼間に堂々と作っているのだ。
ここはマリアにとって都合の良い世界だと思ってたけど、実は意外とそうでもないのだろうか。
話しながら、一個目のおにぎりを食べ終えたレインさんは、二個目のおにぎりを頬張り出した。
「マリアの作る菓子は確かに美味しいが……では、騎士団の職務を放棄してまで食べるべきか、と言われるとよくわからないんだ」
そりゃそうだ。
というか、古今東西、自分の仕事を投げ捨ててまで食べる価値のあるご飯なんてそうそうない。
「団長もそれで悩んでいてな。マリアの菓子は美味しくはあるが、できれば、その、もう少し時間を考えてほしい、と……。おっと、少し話しすぎてしまったな」
「いえいえ。私もずっと疑問ではあったんですよ。騎士団の皆さん、仕事放っといてマリアのお菓子食べてるの大丈夫なのかなぁって」
「大丈夫ではないな」
困ったようにレインさんは笑った。
「……あ、そうだ。レインさん、少しお時間いただけませんか?」
「……あぁ? 少しだけなら構わないが」
許可を貰ったところで、薄焼き卵おにぎりを5個ほど量産する。
現代でいうラップ的なそれでおにぎりを包み、袋に入れて、はい、とレインさんに手渡した。
「おにぎり2個だけじゃ足りないだろうし、もし良ければ食べてください。あ、多分ですけど、ヴォルフ……騎士団長さんも欲しがるだろうから、よろしければ分けてあげてくれませんか?」
ご飯は冷えてるから良しとして、薄焼き卵は熱々で衛生的にちょっと心配だけど……この二人ならきっとすぐ食べてくれるだろう。
「! ありがとう! 正直なところ、もう少し食べたいとは思っていたんだ。けれどそろそろ仕事に戻らねばならなかったし……、ありがとう、ユーリ。ありがたく頂戴する」
「そんなそんな! お仕事、頑張ってくださいね!」
「ユーリもな。ではまたな」
おにぎり入りの袋を片手に、颯爽とレインさんは去っていった。
女騎士は持っているものがおにぎりでもさまになるんだなぁ、と、逞しい背中を見送ったのだった。