6.シフォンケーキとおにぎりと女騎士②
それから私とレインさんは、「男性多めの職場での女の苦労」話に花を咲かせた。
「女の子だから重いものもてないでしょ!」と言われるのが有り難くもあり、いや仕事だからそれぐらい持てますけど?になったりだとか、男性の多い職場は、やっぱりちゃんと理由があって男性の方が多いんだとか、そういう話だ。
「騎士団はずっと私の憧れで……、いざ入団したのは良いが、やはり力では男には敵わない。力がない分、技術を磨けと言われることもあるが、では技術を磨き、力を持つ男にはどう打ち勝つんだ?と思ったりしてな」
「わ、か、り、ま、す。こっちも毎日玉ねぎ30kg、にんじん5kg、とかその他いろいろ下処理から切るところまでやってると、どうしたって体力も筋力もある男が有利になっちゃうんですよね……」
「た、玉ねぎ30kg……そんなに切らなければいけないんだな……」
唖然と見てくるレインさんに私もはっとする。
しまった、これ現実世界での話だった。今はもうちょっと取り扱う量少なくて、結構楽してんだった。
「あっ……そ、そうなんです。……ええと、その……男の方が有利な職ではあるんですけど、だから配慮してくれ、って言うのは違うと思ってて」
話題を変えたくて、違う話を始める。
「女である私なりに頑張っていきたいな、とはずっと思ってるんですよね。……まぁレインさんの仰るように、なかなか難しい話ではあるんですが……」
「そうだなぁ。ユーリの言う通りだ」
騎士団と調理師。畑は全く違えど、持つ悩みは似たようなものだった。レインさんと顔を見合わせて、思わずへへ、と笑いが出てしまう。
しばらくそうして話していたところ、ぐううう、とお腹が鳴ってしまった。
「あっ……すみません……朝ごはん食べてからなにも食べてなくて……嫌な音を聞かせてしまいましたね……」
恥ずかしくて俯くと、実はね、と私に気遣うようにレインさんも話し出した。
「私もお腹が減っていてね。シフォンケーキだけではどうにも満腹にはならなくて……昼食を取りたいなとは思っていたんだが」
「そっ、それなら!ちょっと厨房に行きませんか!」
*
というわけでレインさんと共に厨房に戻ったのだけれど、思っていた通り厨房はもぬけの殻。あれだけ騒いでた騎士団の皆さんもマリアもいなくなっていた。
ちなみにマリアはいつも通り厨房は使いっぱなしだ。シンクの中に汚れた器具が重なっている。いつものように洗剤でつけ置きして、厨房の入り口で待つレインさんに振り向いた。
「レインさん、余ってる卵があるので薄焼き卵で巻いたおにぎりを作ろうと思ってるんです」
「おにぎり。……薄焼き卵で巻く?」
「はい。私みたいな下っ端の作るもので良ければ、レインさんの分も用意しますが……どうしますか?」
「!!! ぜひ頼む。実は団長から話を聞いてから、ずっとユーリの作るご飯が気になっていたんだ」
「なら少し待っててくださいね。すぐできますから」
ということで、まずは薄焼き卵を作ることにした。
フライパンを熱して、その間に、賄いに使って良いよ、と料理長が言っていた卵を2個ほど拝借する。
いつものように片手で割ると、おお、とレインさんが声を上げた。
「すごいな。卵とは片手で割れるものなのか」
「練習すれば誰でもできますよ。私も200個ぐらい割って、そしたら、できるようになりましたから」
「……200個か。それはなかなかの数字だな」
「そうですかねぇ?……ええと、レインさんだったら……例えばですけど、レインさん的に、剣の素振り200回って多かったりしますか?」
「全く。たかが200回だろう?」
「それと同じです。厨房に立つ人間にとっては、『たかが』卵200個なんです。人にもよるでしょうけど……200個割るだけで片手割りできるようになるんだから、大した技術じゃありませんよ」
ボウルに割り入れた塩とちょっとだけ片栗粉を入れる。よーくかき混ぜたところで、まだ煙の登ってない程度に熱くなったフライパンに卵液を落とす。で、ぐるーっとフライパンを回して、あとは適当に焼けば薄焼き卵の出来上がりだ。
で、薄焼き卵を数枚量産して、冷ましてる間におにぎりを握る。
本当は明太子とか昆布とか鮭とかも入れたいところだけど、特にこれといって具材もないので簡単に塩で握る。薄焼き卵にも塩は入ってるけど、おにぎりにも塩味をつけていた方が断然味が乗るのだ。
三角だと卵を巻きづらいから俵形に握って、それに薄焼き卵を巻けばもう完成。
海苔もほしいよ〜と内心ぼやきながら、レインさんに薄焼き卵おにぎりを持っていく。
「……すごい手際だった……」
「へへ、ありがとうございます。その、ただのおにぎりではあるんですが、よろしければどうぞ」
「ではありがたく頂くとしよう。いただきます」
……おお。おおお。麗しの女騎士さんが、私の握ったおにぎりを頬張っている……。なんだか倒錯的な光景に、ちょっと眩暈すら覚えた。
「おぉ」
おにぎりを一口食べたレインさんが謎の声を上げた。
「あっ……もしかして卵のカラとか入ってました?それともお口に合わなかった?」
「いいや?美味しいな、と思って。団長の言うことは本当だったようだ」
「そんなそんな!そんなことありませんよただのおにぎりですよ!」
「そうだろうか?薄焼き卵の厚さも均一で、けれど破れていないし素晴らしいと思うんだがな」
「レインさんってば!」
突然の褒めに戸惑いながらも、とはいえ私も私でお腹は減っているので、レインさんと一緒におにぎりを食べる。立ち食いだがそれも致し方ない。
もくもくとおにぎりを食べていたところ、なにかを思い出したように、そういえば、とレインさんが口を開いた。
「マリアが掃除をしないのは本当なんだな」