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4.マカロンと鳥雑炊


 朝。

 ねむーい体をどうにか叩き起こして、厨房に入る。

 下っ端の私は一番仕事を始めるのが早くって、まず朝来たら水がちゃんとでるかなー(なんとこの世界、上水道も下水道もある)とか、ガスつくかなー(ガスも現実世界みたいに使える)チェックしなければならい。


 一通り終わったら、もうすでに納品されている食材をぽいぽいっとしまい、厨房で一番でかい鍋にお湯を沸かしておく。こうすると、お湯が必要なときにさっと使えて便利なのだ。

 んで、その日のメニューによって火入れに時間のかかる野菜を切っておいたり、常温に戻しといた方が良い食材を冷蔵庫から出したり(現実世界ほどの性能はなかったが、冷蔵庫と冷凍庫もあった)、色々するわけだ。


 今日は比較的準備するものが少なくて、私はあれをするとこにした。


 砥石研ぎだ。

 

 包丁の切れ味を保つための砥石。使っているうちに、どうにも、研いでる人間のクセの形に曲がってしまうのだ。

 砥石自体が真っ直ぐで滑らかでなければ包丁も綺麗に研げやしない。そういうわけで、砥石研ぎをすることにした。


 砥石は器具庫に置かれているため、一旦厨房を出る。

 砥石砥石……と探していると、どこからか、女の話し声が聞こえてきた。


(誰だろ)


 時間的には朝の5時とかで、自分以外の人間はそう見かけない時間だ。

 好奇心で声をたどってみると、なんとマリアが、今は使われていない古い食品庫で、宙に向けてなにか喋っているではないか。


(えっ)


 じ、と目をこらすと、なにもないはずの宙には、画面のようなものが浮かび上がっている。更に目をほそーくして見てみれば、そこには、なにかの材料とグラム数、それに手順らしきものが書かれているではないか。


「今日はマカロンを作ろうと思うの!」


 宙に向かってマリアが叫ぶ。


「そう、……そうそう、そうなの!騎士のみなさんったら甘いもの大好きで!マカロン作って、マリアの料理上手さをも〜っと知ってもらわなきゃと思って!」


 更にマリアは続ける。


「やっぱり異世界転移して、現実世界の料理で無双するのって最高ね!早くヴォルフ騎士団長にも食べてももらいたいのにっ」


 わあ、見ちゃいけないものを見ちゃった。


 面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだったので、なにも聞かなかったフリをして、その場を後にした。





「今日はマカロン焼いたの!」


 と朝の宣言通り、意気揚々とマリアはマカロンを騎士たちの前に広げてみせた。


「おお!これがまかろん!」

「薄くてとっても食べやすそうだ!」

「しかもマリアの髪みたいな桃色!かわいいなぁ!」


 マリアの出した桃色のマカロン。

 しかしそれは、本物のマカロンを知る人間から見てみれば、失敗作というほかなかった。


(ぺちゃんこだぁ……)


 私はあくまで調理師だから、仕事でお菓子を作ることはなかった。

 けれども、同じ料理人の端くれとして、マカロン作りの難しさは知ってるつもりだ。お菓子ってのはめちゃくちゃ繊細で、ご飯を作るのとは訳が違う。

 料理は科学、とはよく言われるが、製菓の方が科学だよなぁと常々思っている。


 マリアのぺちゃんこマカロンは、あっという間に騎士達がたいらげてしまった。

 まぁマカロンだものね、ぺちゃんこだろうとなんだろうと、成人した男なら一口で食べ終わる人がいてもおかしくない。 


「あぁマリア!君の作るものは本当にすばらしい!」

「妻にも話してるんだよ!マリアっていう、料理の神がいるんだと!」


 げっ、あの騎士の中に妻帯者もいるのか。

 奥さんがどう思ってるか知らないけど、ちょっとキモいと思った。


「そんなことないよっ!マリアなんて全然まだまだなんだから!」


 で、いつものように、騎士達となんか楽しくお話ししながらマリアはどっか行った。


(片付けだりぃな)


 で、私もいつものように、マリアが使いっぱなしで放置した調理器具を水と洗剤につけて、床に床磨き用の洗剤を撒く。

 今日のマカロンは本当に作るのが難しかったらしく、なんかいつもより器具が散乱してる。

 これはだいぶ片付けに時間がかかりそうだ。ううーんと唸って、先に腹ごしらえすることに決めた。


 厨房に残っている、まかないに使って良い食材は、既に炊かれている白米。賄い用の古い生米。マリアがマカロンを作る際に残していった卵黄。

 のみだった。


「うう〜〜ん……」


 このラインナップだとまた炒飯になってしまう。

 また炒飯かぁ、醤油ないしなぁ……と悩んで、


(雑炊にするか)


 というわけで、少々時間はかかるが雑炊にすることにした。

 せっかくなので廃棄予定の、使いきれなかった鶏ガラ出汁もつかうことにする。

 どでかい寸胴鍋を少し傾けて、500ccほど片手鍋に拝借する。そこに生米を入れて、あとは弱火でほっとくだけ。

 労働後の飯がお粥なのは少々パンチに欠けるが、こればっかりは仕方ない。


 というわけで、生米がお粥になるまでの間、掃除に精を出すことにした。





 とにかく黙々と掃除をすること30分。

 厨房には鶏出汁の良い香りが充満していた。


(できたかな)


 掃除の手を止めて鍋を見にいく。

 おお、良い感じ。そしたらここに余った卵黄を落として、塩で適当に味付けしたら完成だ。

 出来立てのお粥を更に盛って、そのまま食べ始める。立ち食い上等。こちらと腹が減って仕方ないのだ。


「いただきまーす」


 ちゃんと取った鶏出汁のおかけで、お粥はとっても美味しくできた。

 口に含むと、ぐわっと鶏の出汁が香って、米と鶏の油が良い感じにマッチしてる。うーん、美味しい。


「今日はちゃーはんではないのか」


 と、タイミングよく顔を出したのは、例の如くヴォルフ騎士団長……もといヴォルフさんだ。


「こんにちはヴォルフさん。今日は炒飯ではなく雑炊です」

「雑炊」

「はい。こういうやつで」


 厨房の入り口に立つヴォルフさんに、まだお粥の残る鍋を持っていく。湯気のたつ鍋を覗き込んで、おぉ、とヴォルフさんは感嘆の声を漏らした。


「これはあれか、風邪のときとかに食べるやつ」

「そうですね。多分それです」


 この国にも風邪のときにはお粥を食べるんだなぁ、と思いながら頷く。すると、ごくり、とヴォルフさんが生唾を飲み込む音がした。


「ヴォルフさん、お腹減ってます?」

「あぁ、いや、……減ってはないが……」


 しかし私の問いに、ううん、とヴォルフさんは気まずげに顔を逸らした。


「……口直しはしたいというか……」

「口直し?」

「……その……、……マリアの作ったマカロンというのを食べたんだが……、……私は甘いものが、その……苦手で……」

「……なるほど」


 というわけで、鍋に残っていたお粥を小皿に盛り付ける。スプーンもつけて、ヴォルフさんに渡した。


「あぁ、すまない。気を使わせてしまったな」

「構いませんよ。……ていうか、あれ?今日はマリアの作ったもの、食べたんですね?」


 さっきマカロンを振る舞っていた場に、ヴォルフさんはいなかったはずだ。でもヴォルフさんはマカロンを食べたと言う。ということはつまり……?


「どうしてもヴォルフさんに食べて欲しくて!と、マリアが持ってきてな……」

「……あぁ……」

「……甘いものが苦手だから、と伝えはしたんだが……」


 あのマリアのことだ、多分押せ押せで、周りの騎士団の目もあって断れなかったのだろう。


「あれ?だとすると今、騎士団の皆さんは一体なにを……?」


 いつもであれば、なんかマリアと騎士団がごちゃごちゃやってるのをヴォルフさんが追ってくる……みたいな展開だ。

 だが今日はどうだろう。ヴォルフさんは特に焦った様子もなく、いただきます、と丁寧に礼をしてお粥を食べ始めたところではないか。


「休憩中だ」

「休憩中?」

「そもそも、マリアのような部外者がいて、演習だ訓練だかが出来るわけがないからな。仕方なく演習をしていた日もあったが……下手に巻き込んで素人を怪我させるわけにはいかない」

「そういうことでしたか。……でもだとしたら、ヴォルフさんが厨房に来る理由もないのでは……?」


 鶏雑炊を食べながら、うっ、とヴォルフさんが固まる。


「……まぁ、そうだな、うん……そうなんだが……その……、……すまない、この前のちゃーはんのように、ユーリがなにか作ってないかと期待して……」

「私が?……あぁ、あれですが、苦手な甘いものを食べちゃったから、口直ししたくなった?」

「……そう!それだ!そういうことにしといてくれ!」


 それなら仕方ない。

 私だって現実世界での仕事中、色々味見しなきゃいけないときに、どうやって舌の味変する?さっき食べたやつに味覚引っ張られっぱなしだけど?とよくなっていたのだ。

 苦手な味となれば尚更だろう。ヴォルフさんは、早く甘みを舌から消したかったに違いない。


「うーん、このお粥も絶品だなぁ」

「でしょう?出汁が美味しいんです。うちのトップがこだわる人でして」

「トップ……?……料理長のことか?」

「その通りです。うちの料理長(トップ)、ティジャンさんです」


 うちのトップのティジャンさん。

 35歳ぐらいの、茶髪の男の人。

 一見するとちょっとチャラそうに見えるが、その実、料理に対しての姿勢は誰よりも誠実で熱意があった。

 『神は細部に宿る』をモットーに、下処理のいろはをトップ自ら下っ端に叩き込む。私も結構知らないことがあって、あの人に色々と教えてもらったものだ。


「私も味見しかしたことないんですけど、ティジャンさんはばちっと味を決めるんですよねぇ。あんな腕前の人、そうそういませんよ」

「へぇ……」


 なんだろう、どこかヴォルフさんの顔色が暗くなった。お粥、美味しくなかったんだろうか。


 しかしヴォルフさんは結局ぺろりとお粥をたいらげ仕事に戻ってしまったのだった。

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