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3.シュークリームと炒飯


「今日も新作があるの!」


 と、声高らかに叫んだマリア。

 更に、そんなマリアに熱烈な拍手を送る騎士たち。

 拍手されたのがよほど嬉しかったのか、マリアは鼻歌を歌いながらそれを出した。


「じゃ〜ん!今日はシュークリームでっす!」

「うおおおお!」

(……うるせぇ……)


 バットの上に並んだシュークリーム。

 中身はカスタードクリーム。

 シュークリームなんて初めて見るらしい騎士たちは、目をキラキラと輝かせている。


「これは作るの大変だから、一人一個ね!大切に食べるのよ!」

「もちろん!!というかマリアの新作がたべれるだけで嬉しいよ!」

「いただきまーす!」


 我先にとシュークリームを掴み、騎士たちが食べ出した。

 マリアの言う通り、今日のシュークリームはなかなか作るのが難しかったらしく、私を含めた厨房の人間の分はないらしかった。


(まぁどうでも良いんだけどさ)


 騎士たちの喧騒を聞きながら、もくもくと野菜の下処理を進めていく。

 あー、このペティナイフそろそろ研がないとなぁ、あ、賄いよ用にネギの青い部分ちょっと貰っても良いかなぁ、と考えながら作業しているうち、シュークリームを食べ終えたマリアと騎士たちはどこかへ行ってしまった。


(ってことはそろそろあの人がくるかな)


 野菜の下処理を中断し、よっこらせと立ち上がる。

 すると、立ち上がった拍子に、ぐううう、とお腹が盛大に鳴った。


「あー…………」


 マリアがシュークリームを作るだなんだで火の元を占拠され、賄いを作る暇がなかったのだ。

 不満の声が上がりそうなところだが、なんせこの世界はマリアによるマリアのための世界。厨房の人たちもなにも言わずにマリアに場所を貸していた。

 マリアのやることならどんな無法もまかり通る。それがこの世界。


 というわけで、片付けや下処理より先に、己の腹を満たすことにした。


(えーと)


 確かマリアが黄身と白身に分けるのに失敗したぐちゃぐちゃの卵があったはず。割卵してたのはギリ2時間前ぐらいだから、よく火を通せば食べられるはずだ。

 それと、さっき下処理した野菜からくすねたネギの青い部分。

 本当は人参や玉ねぎの皮なんかと一緒に鍋にぶちこんで、スープを取らなきゃいけないのだが、まぁ、目方50gだけ頂くのだ。文句は言われまい。

 で、マリアによるマリアのこの世界は、便利なことに米もあった。それもジャポニカ米。いやこの世界ではジャポニカ米なんて呼ばれず、米、としか言われてないが、とにかく米があったのだ。

 賄い用に、と取り分けられていた米を一人分いただく。

 そこまで用意したところで、ガス台にフライパンをセットし、強火で点火した。


(腹へったなぁ)


 フライパンを熱している間に、ネギを適当に刻む。卵は割卵済みだから、塩胡椒だけ軽く振っておく。

 やがてもうもうとフライパンから白い煙が上がったタイミングでごま油を投入(なんとこの世界にはごま油もあるのだ)。濃厚なごま油の香りが当たりを満たしたところで、ぐるりと油を行き渡らせるようフライパンを回し、卵をぶちこんだ。


 すぐにはかき混ぜない。

 20秒ぐらいほっとく。

 白身の焼ける良い匂いがしてきたタイミングで、じゃっと卵を混ぜる。で、適当にネギを入れて、ご飯も入れて、あとはまぁ塩だ胡椒だ入れて適当に炒めたら、適当炒飯の完成だ。


「いただきまーす」


 適当な皿に盛り付ければ、適当炒飯としての名に更に箔がつく。

 できたてを一口。うーん、やっぱりアジアをルーツにする料理には醤油とかの発酵調味料が欲しいなぁ、というのがまず出てきた感想。

 まぁこの感じだと、そのうちマリアが味噌とか醤油とかも発明してくれるはずだ。そうしたら醤油貰ってもっと美味しい炒飯にしよ、と考えながら咀嚼する。


「失礼す、る?」


 炒飯を半分ほど食べ終えたところで、例によってヴォルフ騎士団長が厨房にやってきた。

 あー、えっと、早めに伝えなきゃな、と咀嚼しながら、一応口元は手で隠して、必死に挨拶する。


「ふぉるふひひはんひょう。ほんひひわ。まひあはひまへんひょ」

「飲み込んでから話してくれ」

「…………すみません。ええとヴォルフ騎士団長、騎士の皆さんは先ほどまでここにいましたが、今はもういないです」

「またか!」


 くそー!とヴォルフ騎士団長はいつものように頭を抱えている。


「今日はシュークリームってやつを作ったそうです。ヴォルフ騎士団長の分もありましたけど」

「いや私は……、……それより珍しいな。ユーリがなにか食べているなんて。それが、マリアの作ったシュークリームというやつか?」


 厨房の入り口から、ヴォルフ騎士団長が炒飯を指差した。


「違いますよ?私が作った私用のご飯です」

「ユーリが作ったのか!」

「えっ、まぁ、はい」

「下っ端だと聞いていたから、まだなにも作れないと思っていたんだが、そうではないんだな!」

「あぁ、まぁ、はい、これぐらいならさすがに作れますよ」


 さすがに現実世界どうこうの話はするべきではないと思ったので、適当に話をはぐらかす。


「それにしても良い匂いだ。これはごまの匂いか?」

「ご名答です。熱々に熱したごま油に、卵とネギとご飯を入れて、適当に炒めただけの炒飯です」

「ちゃーはん」

「はい。炒飯です」


 マリアの料理にはあまり興味なさげなヴォルフ騎士団長が話題に食いついてくる。珍しい。そして私と話しながらも、ヴォルフ騎士団長は、じっと、炒飯だけを見つめていた。


「あの、もしかして食べたいんですか?」

「いやっ、そ、そんなことは」

「別に構いませんよ?ただ、私がもう口つけちゃったやつだし、材料も米と卵とネギだけだからそう美味しいものでもありませんけど」


 新しいスプーンを持って、厨房の入り口に立つヴォルフ騎士団長のもとに近付く。

 ごくり、とヴォルフ騎士団長の首が動いたのが見えた。あぁ、お腹が減っているのかもしれない。


「食べます?」

「良いのか」

「どうぞ」


 はい、と食べかけの皿ごと渡すと、いただきます、と丁寧に一礼して、ヴォルフ騎士団長が炒飯を食べ始めた。

 一口食べて、嚥下。さらに二口。もう三口。たいして美味しくもない炒飯を黙々食べるあたり、本当に腹が減ってたんだろうなぁ、と眺めていると、


「……うまいっ!」

「そんなまさか」

「ユーリ!このちゃーはんとかいうやつ!すごく美味いな!」

「そうですかねぇ?私としては微妙な出来栄えだと思ったんですけど」

「そんなことはない!とても美味い!」

「……あー……、ええと、全部食べても大丈夫ですよ」

「本当か!でもこれはユーリのご飯なんだろう?」

「まぁそうなんですけど……。でもそんなもん、米さえ炊けてれば作るのに五分もかからないんで。食べ足りなかったら後で作るんで大丈夫ですよ」


 あまりに美味しそうにヴォルフ騎士団長が食べるものだから、つい譲ってしまった。

 まぁヴォルフ騎士団長に言った通り、こんなん別にすぐ作れるし、特に問題はないのだが……。


「美味かった!ごちそうさま!ありがとうユーリ!」


 ぺろっと平らげてしまったヴォルフ騎士団長は、深々と礼をしながら皿を返してきた。


「お粗末様です。お口に合ったようでよかった」

「本当に!とても美味しかった!」

「そりゃよかったですね」

「じゃあ私は騎士たちを追いかけてくる」

「お気をつけて。今日はどこ行くとか聞こえなかったんで、行き先は私もわかりませんが」

「大丈夫だ、大体の目星はついている。それと、ユーリ、」

「なんでしょう」


 腹が満たされた人間のする、柔らかい笑みを浮かべながら、ヴォルフ騎士団長はこう言った。


「ヴォルフ『騎士団長』は言いにくいだろう?これからはヴォルフ『さん』で大丈夫だ」

「えっ」

「まだまだ君とは長い付き合いになりそうだからな。いちいち騎士団長と呼ぶのも面倒だろ。それじゃあな、ユーリ。ちゃーはん、本当に美味しかった!」

「あっ、えっと、はい。ありがとうございます」


 食べ終わってすぐだというのに、颯爽と走っていくヴォルフさんを見送りながら、この炒飯そんなに美味しかったかなぁ、と私は首を傾げた。

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