月明かりの約束
物語は、日々の生活に紛れ込んでしまう「約束」と「記憶」の大切さを描いています。忙しい日常や予期せぬ出来事に振り回される中で、失われたものや遠ざかってしまった大切な人々との約束をどう守り続けるのか。この短編小説は、そんなテーマを静かな夜の風景と月明かりを通じて表現しました。月が私たちに与えてくれる静けさと、心に残る思い出が交差する時間を感じていただければ幸いです。
「月明かりの約束」
月が静かに空に浮かんでいた。薄い雲がその周りを取り巻き、時折その光を隠しては、また顔を出していた。町の外れにある小さな公園で、彼女はベンチに座って空を見上げていた。名は美咲。彼女がいつも夜に訪れる場所だ。
数年前、この公園で彼と出会った。名前は拓也。彼もまた、夜の静けさの中で何かを探しているように感じていた。二人はいつしか、月が昇る夜に会う約束を交わすようになった。拓也はよく言っていた。「月が出ている夜には、必ずここで会おう。月明かりが、俺たちの約束を守ってくれるから。」その言葉が、美咲の心に深く刻まれた。
しかし、拓也は突然姿を消した。数ヶ月前、何の前触れもなく、公園にも現れなくなった。美咲は毎晩、同じ場所で彼を待った。月が出るたびに、拓也のことを思い出しては、その不在を痛感した。
「拓也、どこに行ったんだろう……」
呟きながら、美咲はそっと目を閉じた。月明かりが優しく頬に触れ、あの日の拓也の笑顔が浮かんでくる。あの日、月明かりの下で交わした約束を、今でも守り続けている自分に気づく。
その時、ふと背後で足音が聞こえた。振り返ると、そこには拓也が立っていた。少し驚きながらも、美咲は思わず立ち上がった。
「拓也……本当に……」
拓也は静かに微笑んだ。彼の顔にはどこか疲れた様子があったが、それでもその目は以前と変わらず、深い優しさを湛えていた。
「遅くなってごめん。でも、約束は守るつもりだったんだ。月明かりの下で、また君に会いたくて。」
その言葉に、美咲は胸がいっぱいになった。拓也がいなくなった理由を聞こうとは思わなかった。ただ、この瞬間があることだけが、何よりも大切だと感じた。
「もう、約束しなくてもいいよ。君がいるから、私の中で月明かりはいつでも輝いている。」
拓也はそっと手を差し伸べ、美咲はその手を取った。二人は並んで月を見上げ、静かな時間を共に過ごした。月明かりが、二人の約束を優しく照らしていた。
---
終わり
この物語を通して、「約束」を守ることの意味や、その背後にある人々の思いを描きたかったです。私たちはしばしば目の前の生活に忙殺され、重要な何かを忘れてしまうことがあります。でも、時にはふと立ち止まって振り返ることで、かけがえのないものを再確認できることもあるのではないかと思います。
美咲と拓也の再会は、現実には簡単に起こるものではないかもしれません。しかし、月明かりの下で交わしたあの約束は、心の中でどれだけ時間が経っても色あせることなく輝き続けるのだろう、そんな想いを込めて書きました。
読んでくださった方々に、少しでも心に残る何かを届けられたなら嬉しく思います。