4話 高尾山のUFO
東京都八王子市、高尾山。難易度も高くなく、加えて都心からのアクセスが良いためか、年間の登山者数は300万人近くにも及び、これは世界一の登山者数とも言われている。
斉藤先生から預かった資料には、UFOが発見されたのは登山者数が最も多い表参道ルートの中腹あたり、時刻は22時過ぎぐらいとの記載があった。発見したのは日の出を見ようと夜の山を登っていた大学生4人グループで、その全員がUFOを目撃したという。ちょうど先月の話らしい。
「いやいや、UFOを見たなんて、そんなわけ……」
そう1人で呟きながら、夜の高尾山をひたすら登っている俺だった。UFOの調査なんてやりたくはないが、大学院を修了するためにはやるしかない。とりあえずUFOが目撃された場所だけは見ておこうと思い、発見されたのと同じ時間に高尾山にやってきたのだ。
決して険しい道のりではないが、山は山なのでかなりしんどい。21時過ぎという時間帯もあってか、登山者は多くない。たまに下山中の人とすれ違うくらいである。
「おーい、そこのお兄ちゃん」
「あ、はい」
少し歩いていると、すれ違った中年男性に声をかけられた。ケーブルカー高尾山駅から少し歩いたところである。
「今から登るの?」
「はい」
「そうなんだ。これから雨降るらしいから、それだけ気をつけて」
「え、そうなんですか?」
それだけ言い残すと、その男性はそのまま下山していった。雨は厄介だが、ここまで登ったんだったら現場は見ておきたい。後日もう一回登りに来るのもアホらしく思えた。
「とりあえず行くか」
幸いにも傘はある。山頂まで行く必要はないから、あと30分ぐらいで着くはずだ。雨が降るまでに現場を見てさっさと帰ろう、そう思っていた。
だが20分ほど登り続けていると、ピカッと空が突然光った。10秒ほど遅れて、空が唸り声を上げた。
「うわ、雷か……」
ここはまだ降っていないが、雷は雨が近づいている予兆だった。恐る恐る空を見上げると、黒く分厚い雲が空を覆い始めている。
「はあ、くそっ」
山の雷は危険だという知識はあった。近くに小屋がありそうな気配もないし、大人しく下山するのが正解なのかもしれない。すれ違った男性から雨が降ると聞いたあの時に下山を決めていればよかったのに、と後悔しながら、踵を返したその時だった。
「きゃああああああ!」
山頂方面から女性の悲鳴が聞こえた。思わず振り返って声の聞こえた方角を見たが、暗くて人の姿は見えない。
そしてその瞬間にも、ピカッと空が光った。まずい、助けを求めている人がいるなら早く助けないと、このままだと天候が荒れる。
「大丈夫ですかー!?」
距離はそれほど遠くないはずだ。俺は声を張り上げながら、急いで登山道を駆け上がった。すると頂上の方から、何かに怯えた様子の若い女性が勢いよく登山道を下ってきた。
「すいません、大丈夫ですか?」
俺が声をかけると、その女性は慌てた様子で俺のもとに駆け寄ってきた。たまに後ろを振り向きながら走ってくるその様子は、まるで何かに追われているようだった。
「逃げてください!早く逃げてください!」
「逃げる?上で何かあったんですか?」
状況を飲み込めない俺は、焦る女性にそう聞いた。
「UFOが!あそこにUFOが!!」
「UFO?え、UFO!?」
間違いない、彼女は確かにそう言った。彼女の口から出たその言葉に、俺は警戒心を強めた。
「UFOが上にいた、あなたは今そう言いましたか?」
「そうなんです!だから早く逃げないと!」
斉藤先生から預かった資料に目をやった。先月UFOの目撃証言があった場所から、今の場所はそう離れていない。もしかしたら彼女が今見たものは、先月証言があったのと同じものかもしれない。
「あの、聞いてます?早く逃げましょうよ!」
女性は俺をそう急かす。だが、UFOがすぐそこにいると聞きビビって逃げ帰るほど、俺はUFOの存在を信じてはいない。どうせ何かの見間違いか、誰かのイタズラだろう。
そして俺は興味があった、UFOと呼ばれるものの正体に。俺は気付けば登山道を登り始めていた。
「ちょっと待ってください!そっちにUFOがいるんですよ!?何してるんですか?」
「怖いなら先に逃げてください。僕はあなたが見たUFOの正体に興味があるので、見てきます」
「え、いやでも……」
彼女は俺のことを気にしてくれている様子だったが、心配には及ばない。UFOの正体なんてどうせ大したものじゃない。宇宙人が〜とか言っていた斉藤先生をギャフンと言わせるためにも、その正体を明らかにしておきたい。
「……なら、私も行きます」
「え?」
背後から声が聞こえた。振り返ると、先ほどの女性が俺の後ろにピッタリとついてきていた。不安なのかわからないが、シャツの裾を軽く掴まれている感覚がある。
「え、あの、下山しなくていいんですか?」
「はい。逃げるわけにはいかないんです、やっぱり」
夜の山は暗いから、その表情までハッキリとはわからない。だがその声色から、彼女の覚悟のようなものを感じた。
「わかりました。事情は分かりませんが、わかりました。とりあえず急ぎましょう」
「はい。あそこに見える案内板の近くです!」
周りの様子に細心の注意を払いながら、登山道を登っていく。やがて俺たちは彼女が言う案内板の近くに辿り着いたが、周囲を見渡してもそれらしき物体は見えなかった。
「あの、UFOはどこにいたんですか?」
「街の方角の空に見えました。夜景が綺麗だなぁと思って街を見ていたら、その上空にUFOが。ちょうどあの辺りだったかと」
彼女はその方角を指差して教えてくれた。2人でその方角に目を凝らすが、空には分厚い雲がかかっていて、怪しい浮遊物があるようには見えない。
「大きさは?」
「結構大きかったと思います。大体……」
彼女が何か言おうとしたその瞬間だった。巨大な稲光が目の前の空を通り、東京の街に突き刺さった。あまりに眩しく目を瞑った瞬間、腹の底に響くような轟音が山にこだました。
「うわ、びっくりした……。雷だ」
そう言いながら空を見上げた、その瞬間だった。
「あ、あれ!!あそこ!」
東京の街の上空に、青白く光る謎の物体が浮かんでいた。フラフラと空を動き回るその様子は、海を漂うクラゲのようにも思えた。かなり強く発光しているようで、直視するのはかなり難しいが、その物体をハッキリとこの目で見ることができた。
「あれです!私がさっき見たやつと同じです!」
空の遠近感が掴めないから、大きさはよくわからない。だがその不規則な動き方からすると、航空機やヘリコプターのようには思えない。ドローンだとしてもこんな雨の日には飛ばせないし、そもそもあんな上空じゃ電波も届かないだろう。
「一体何なんだあれは……」
目の間で起きている現象の説明がつかなかった。あの青白く光る物体はまさに超常現象だった。
「もしかして、地球外生命体の宇宙船だったりしませんか?そうじゃなくても、例えば未来人のタイムマシーンとか?」
「いや、そんなわけ……」
そんなわけない、と言いかけてやめた。その両説を否定できる根拠は現時点で何もないのだ。気軽にUFOを超常現象と捉えることはしたくないが、その正体を掴めていない以上、否定しきることはできないはずだ。
「くそ、マジで何なんだ……」
俺はポケットからスマホを取り出し、UFOを動画で撮影した。こういう動画が世に出回ると、宇宙人が現れたとか何だとか騒がれることは間違いない。もちろんそう考えた方が話題性もあるしロマンもあるだろう。だが、俺は確かな根拠と理屈に基づいて、このUFOの正体を突き止めたいと思う。
「あの、すいません」
「どうしました?」
「だんだんこっちに来てませんか?UFO」
「え?」
夢中になって撮影していたスマホを下ろすと、確かにそのUFOは明らかに大きくなっていた。いや違う、大きく見えると言うことはつまり、俺たちに近づいているということだった。
「どう、します?とりあえず逃げます?」
「そうします?」
「……」
そんな無意味な確認をしている間にも、UFOは俺たちの方へとふわふわと近付いてくる。そしてそれがほんの数十メートルにまで近づいてきた瞬間、興味と関心で押さえつけられていた恐怖心が限界を超え、爆発した。
「逃げろ!!」
「きゃあああ!!」
なりふり構わず俺たちは下山した。
小説を読んでいただいてありがとうございます!!
感想や高評価、ブックマーク登録していただくとモチベーションになります!ぜひお願いします!
次話もぜひお楽しみください!