第6話 イチャイチャなんてしていません!
「……へぇ」
話を聞き終えたモモちゃんが、ニヤッと笑いました。
サオリちゃんみたい……あの、多分それ、素の表情ですよね?
隠さなくていいのですか?
私は素直な後輩のモモちゃんでも、生意気な後輩のモモちゃんでもウェルカムですが……あっ、実は主人公より先に、部活の他メンバーに素をさらしていたとか?
そういう裏設定があったのでしょうか……。
「すごく先輩らしい理由ですね」
「私らしい?」
「はい。私、TSK部に入ってよかったです」
ん? 彼女にとっては、今日がTSK部の活動初日のはずですが……。
まぁ、入ってよかったと思ってもらえるのは、嬉しいことです。
「これからの活動、一緒に頑張りましょう」
「はい!」
明るくて元気ないい返事……。
「こんにちはー」
「こんにちは」
あ、ハルヒロくんとアイちゃんが、部室にやって来ました。
この二人はいつも一緒で、とても仲がいいですね……あれ?
どうしたのでしょう? ハルヒロくんのほっぺたが、赤く腫れています。ゲームでは、そのような描写はなかったと思うのですが……うーん?
それに、アイちゃんに対する彼の態度が、少しよそよそしいような……?
なぜでしょう?
アイちゃんは今日も、こんなにもキラキラ笑顔が眩しくてかわいいというのに。
「ごきげんよう。ハルヒロくん、そのほっぺたはどうしたのですか?」
「ええと……何でもありません」
気まずそうに答えたハルヒロくんが、ちらりとアイちゃんを見て、それから逃げるように自分の席につきました。
意味深な視線……もしかして、アイちゃんに叩かれたのですか?
優しくてかわいくて親切で、虫も殺せないような顔をしたかわいいアイちゃんに?
信じられません。
ハルヒロくん、いったい何をしたのでしょう?
「レナ先輩。先輩のことは私が守りますから」
あれこれ想像を膨らませていると、アイちゃんが私のそばに来て、ぎゅっと私の手を握りました。
はわわ、四日ぶりの推しの感触……!
ドキドキです。目の前に、アイちゃんのぱちっとした大きな瞳、くすみも毛穴も見当たらないすべすべの肌、きれいなラインの顎……眼福です。
昇天しても、悔いはありません。
こんなにも間近で、推しを眺めていられるなんて!
「はーい。そこ、イチャイチャしない」
パンっと、急にサオリちゃんが手を叩きました。
呆れたような顔で、私たちのことを見ています。
イチャイチャしない? イチャイチャなんて、イチャイチャなんて……!
私、アイちゃんとそんなこと、していませんけど⁉
「先輩、顔真っ赤ですよ」
抗議しようとすると、サオリちゃんがにやにやしてそう言いました。
ななな……!
たっ確かに、自分の顔が熱くなっていることは、自分で分かっています。
けれどそれは、サオリちゃんが、手を握って見つめ合っていただけなのに、私とアイちゃんが『イチャイチャ』していると言ったからですよ⁉
そんなつもりはなかったのに、そう言われると変に意識してしまって、この距離感で見つめ合うのはいけないことなのではないかと、妙に恥ずかしくなってしまったのです。
私の顔が赤いのは、サオリちゃんのせいなのですよ⁉
「はい、じゃ、部活はじめまーす」
咳払いして、ハルヒロくんがそう宣言しました。
……そうでした。忘れかけていましたが部活、部活動です。そのために私たちは、この手狭な部屋に集まっているのです。いつもおしゃべりで終わる部活ですけど……。
「何をするんですか?」
初参加のモモちゃんが、少し不安げに聞きました。
「今日はまず、新入生歓迎会の予定を立てたいと思いまーす」
ハルヒロくんが間延びした言い方で答えました。
「えっ。それって私、聞いていてもいいことですか?」
「もちろん。これは俺たちにとって、初めての新歓だからね。どんな歓迎をされたいか、希望があったら教えてください」
「日程は?」
サオリちゃんがだるそうに聞きました。
「未定です。ゴールデンウィークあたりがいいと思っているんだけど、みんなの予定はどう?」
「私はいつでも大丈夫」
アイちゃんが答えました。
「私も、日曜日以外なら空いています」
日曜日は、母と一緒に祖母のところへ行く日ですから。
藤井レナの祖母は胃がんの手術のため、現在、病院に入院しているのです。
「竹田さんと梅原さんは?」
「一日と三日と四日以外なら」
サオリちゃんがスマホを見ながら答えました。
「二十九日の午前中と、五日の午後であれば空いています」
モモちゃんが申し訳なさそうに言いました。
「すみません。稼ぎ時だと思って、バイトの予定を詰め込んでしまっていて……」
「いいよ。伝えるのが遅かったし、梅原さんの歓迎会なんだから」
ハルヒロくんが、いつものハルヒロくんのように優しく声をかけています。
「それじゃ、二十九日は俺の用事があるから、五日の午後ということで」
「何するの? ご飯?」
アイちゃんが聞きました。
「ご飯なら、歓迎会にぴったりなところ知っているよ。駅近で飲み放題つき」
「飲み放題って、二十歳なのは先輩と松岡だけだろ」
サオリちゃんが顔をしかめました。
その通りです。四月二日が誕生日のアイちゃんは、もう私と同い年の二十歳ですが、ハルヒロくんとサオリちゃんは十九歳。入学したてのモモちゃんは、もちろん十八歳。
お酒が飲めない人にとって、飲み放題のプランは割高です。
そしてここが、各キャラの好感度が変化する分岐点の一つ。
主人公がアイちゃんの提案を受け入れた場合、アイちゃんの好感度が上がり、歓迎会の時にアイちゃんか藤井レナとのイベントが発生します。
一方、サオリちゃんの意見を尊重して、お酒なしの歓迎会を計画した場合、サオリちゃんの好感度が上がり、歓迎会の時にサオリちゃんかモモちゃんとのイベントが発生します。
彼はどちらを選ぶのでしょう?
「歓迎会にぴったりだって言うなら、飲み放題つきでもそこでいいと思うよ。梅原さんの分は俺たちが出すんだし」
ふむふむ。
どうやら彼は、アイちゃんか藤井レナを狙っているようです。
意見を却下され、サオリちゃんは不満げな顔をしましたが、しばらくすると諦めたように肩をすくめました。
「ま、いっか。酔っぱらった先輩がどうなるのか気になるし」
サオリちゃん……あなた、どうしたのです?
ゲームではそんな発言、していませんでしたよ?
まさか、本当に私を攻略しようとしていて……はっ、そっそれとも、私が本物の藤井レナではないと気づいて、正体を暴くために、わざとおかしなことを⁉
「レナ先輩、お酒強いんですか?」
モモちゃんが興味津々に聞いてきました。
そうですよね、未成年はそういう話題、気になりますよね。
「強くはないです」
「じゃあ、すぐベロンベロンに酔っぱらうってことですか?」
ベロンベロン……酔っぱらった自分を客観的に見たことがないので分かりません。
それに私、誕生日が十二月でして、お酒を飲んだのはまだ一回だけなのです。勧められて、お正月に家族と飲んだだけなのです。
成人していますが、お酒に関しては実は初心者も同然。
後輩の前で恥をさらさないように、今度ユイちゃんと飲みに行きましょう……。
「秘密です」
必殺、聖母のほほ笑み。
あいまいに濁して、私はその場を切り抜けました。