第2話 知っている情報を整理します!
「ただいまです」
さて、覚えていることを整理してみましょう。
藤井レナの帰巣本能で我が家にたどり着くと、私はさっそく机に向かい、覚えていることをノートに書き出してみました。このゲームの設定、登場人物、ストーリー……。
うろ覚えのところもありますが、この物語は、主人公が四人のヒロインと交流して親密な間柄になっていく、ちょっと過激な描写を含んだ学園ラブコメディーです。
まずは主人公、桜庭ハルヒロくんについて。
彼は涙花学園二年生に在籍する、ごく普通の男の子です。
年相応の男の子らしく、女の子のことには興味津々。純朴で奥手な、優しい青年と公式の設定では書かれていますが……物語が進むにつれ、積極的にセクハラまがいのことをするようになるので、奥手というのは正しくないです。
プレイヤーが自己を投影するキャラクターであるせいか、はたまた私が興味を持っていなかったせいか、彼についての情報はあまり覚えていません。
確実に言えることは、ロールプレイングゲームで、LUK値(幸運値)に全振りしているようなキャラだということです。彼が転べば、その先には女の子の胸やお尻があり、彼がよろめけば、その手は女の子のブラジャーやパンツをつかんでおり……うぅ。
私としては、お近づきになりたくない相手です……。
続いてメインヒロイン、松岡アイちゃん。
彼女こそが、『涙の向こう』のパッケージにデデンと大きく描かれていた、私が一目惚れした女の子です。涙花学園の二年生。彼女は、とにかくかわいいのです。
ピンク色のボブヘアに、同じくピンク色のくりんくりんとした大きな瞳。ぱっと見ただけで守ってあげたくなるような、これぞ女の子という感じのキャラクター。
趣味は絵を描くことと食べること。特技は弓道。好きなものは猫と卵焼きで、嫌いなものはセロリとうるさい場所。ゲームには出てきませんが、設定では年下の妹がいます。
ポジティブでいつも明るい、笑顔の素敵なアイちゃん。
ですが、彼女の攻略ルートは、涙なしには進められません。
特技が弓道とあるように、アイちゃんは中学、高校と弓道部に所属し、県の代表として全国大会に出場するほどの実力者でした。しかし涙花学園では、弓道部に入っていません。
後にそれは、高校生の時の事故が原因だと判明します。不幸な偶然が折り重なり、アイちゃんは高校の学園祭で、誤って人に向けて矢を放ってしまったのです。
幸い、放たれたその矢は、そこにいた人の腕をかすめただけでしたが……アイちゃんは相当なショックを受けて、弓道をやめてしまいました。
そして今でも、その時のことを思い出しては苦しんでいるのです。
アイちゃんのルートでは、主人公は彼女の過去に寄り添い、向き合って一緒に乗り越えていこうとします。これはエロゲという名の泣きゲーなのです。
感動して、泣かずにはいられないのです……アイちゃん大好き。
二人目のヒロイン、竹田サオリちゃん。
彼女も涙花学園の二年生です。
金髪ポニーテールの、いつも気だるげな顔をした、はっきりとした物言いの女の子。ヒロインの中で一番背が高くて、常に堂々としていて、藤井レナよりお姉さんっぽくて、とてもカッコいいです。ちょっと流されやすくて、押しに弱い私としては、一番尊敬しているキャラでもあります。
趣味は人をからかうことと映画を観ること。特技は空手。変なものが大好きで、ピーマンと高い場所が苦手。中学生まで、地元の不良グループに所属していました。
サオリちゃんは、やる気のない顔がデフォルトですが、実は周囲の人のことを気にかけてちゃんと見ていてくれている、頼れるお姉さんなのです。
そんな彼女のルートは……最終的にはハッピーになるとはいえ、悲惨です。ハッピーエンドまでの道のりが、とても長くてつらいのです。
友達に頼まれて、彼女はとある店で働いていたのですが、ある日、予定通りその店に出勤すると、そこにはなぜかガラの悪い男たちがいました。彼女はそのガラの悪い男たちから、友達の一家が夜逃げしたと聞かされます。彼女の友達の家族は、返しきれないほどの借金を抱えていたのです。
そしてサオリちゃんは、友達一家の夜逃げ先を知っているのではないかという容疑をかけられ、借金取りの男たちに捕まり、居場所を吐けと脅されたり、暴力を振るわれたりして……あわや強姦という描写もあり……。
無事に主人公に助けられたものの、とても心臓に悪いルートでした。
サオリちゃんの友達を思う気持ちには心を打たれたのですが、彼女のルートはもう二度と見たくありません。あんまりにもサオリちゃんがかわいそうで……。
三人目のヒロイン、梅原モモちゃん。
彼女は涙花学園の一年生、ピッカピカの新入生です。物語の序盤で、主人公とヒロインたちが所属する多重世界考察部、略してTSK部へ入部します。
彼女は小さくてかわいい女の子です。キラキラしたハシバミ色の瞳に、キャラメルブロンドのツインテール。普段は素直でかわいい後輩を演じていますが、仲良くなると素の生意気な面が見えてきます。そして主人公に逆襲を受けるという……。
趣味は散歩と食べられる野草探し。特技は縄跳び。好きなものは優しい人とお菓子で、嫌いなものはコーヒーと暗い場所。涙花学園に合格してすぐ、両親が離婚しています。
かわいい後輩キャラですが、彼女は人一倍しっかり者。
というのは、両親が離婚してからというもの、モモちゃんは一人暮らしをしていて、生活費を自分で稼いでいるからです。彼女がTSK部に入ったのは、活動が少ないからという理由でした。学校のない時間はバイトして、生活費を稼いでいるのです。
モモちゃんのルートは、悲しい物語でした。
その元凶は、モモちゃんが涙花学園に合格してすぐ、これからは自分の力で生活しなさいと言い残して、離婚し家を出てった彼女の両親。モモちゃんは自力で生きていこうと精一杯頑張りますが、無理をしてやがて体調を崩し、倒れてしまいます。
そんな時に主人公が彼女を支え、彼女の胸の中にたまっていた両親への不満を吐き出させてくれます。すっきりしたモモちゃんはその後、主人公といい関係になって……。
うぅ……モモちゃん、よかったねぇ……。
そして最後のヒロインが、私こと藤井レナです。
彼女は涙花学園の三年生。暗めの茶髪の、おっとりした優しい先輩です。
風が吹けば流され、押されれば倒れる。頼まれたことはほぼすべて、なんでも受け入れてくれる便利屋さん……都合のいい人……そんな感じの人間です。
彼女の一番の特徴は、なんと言ってもその豊満な体つき。藤井レナになって自分でも驚愕しましたが、ちょっと下を見ると、ぷるんぷるんの、たぷんたぷんなのです。動くたび、驚異のHカップ爆乳が私の胸元で暴れているのです。しかも、やわらかい。
趣味はのんびりすることと昼寝。特技は人の話を聞くこと。好きなものは花の香りとおいしいお肉で、嫌いなものはホラーとスプラッター。
彼女のルートは……最初から最後まで、エッチなシーンばかりです。
主人公のラッキースケベの、一番の被害者が彼女です。
物語としては、ある日、父親が蒸発してしまい、藤井レナはお金を稼ぐため、グラビアアイドルになることを決意します。ところがサインしたその契約書は、アダルトビデオの出演にも同意するというもので、彼女はAVデビューさせられそうになります。
そこへ主人公がヒーローのごとく駆けつけて、藤井レナを助けてくれます。そのことを機に二人の距離感はぐっと縮まり、めでたし、めでたし。
とまぁ、ざっくり言うとそうなるのですが……。
「うーん」
どうしましょう。
覚えていることを書き出してみたはいいものの、これからどうすればいいのか、さっぱり分かりません。
私はなぜ、藤井レナに転生したのでしょう?
何をするためにここにいるのでしょう?
転生する前の記憶がおぼろげなのは、どうしてなのでしょう?
母親や兄の顔を思い出せないどころか、自分の名前も覚えていないなんて……。
分からないことが多すぎます。
結局、この後の展開は、主人公が誰を攻略するかで変わってきます。
私がここに転生した理由が何であれ、『涙の向こう』のストーリーが始まらないことには、どうしようもありません。
……まぁ主人公が、藤井レナを攻略するルートに入る可能性は低いと思いますが。
彼女にとっては悲しいことですが、藤井レナは隠し攻略キャラを含めた五人のヒロインの中で、最も人気のないキャラクターなのです。
なぜなら彼女は、頼まれたことを断れない女の子。ちょっと嫌なことでも、頼み込まれたら仕方なくオッケーしてしまう、優しくて流されやすいチョロインなのです。
そのせいで攻略の難易度は低く、彼女のルートはやりがいがないと不人気でした。
顔もスタイルも性格も、現実で彼女にするなら申し分ないのですが……。
それは他のキャラクターも同じこと。それに、私にとっては、藤井レナの人気が低く、攻略される可能性が少ないというのは安心材料です。
どのキャラクターだったとしても、現実でゲームみたいなことになったら……主人公とイチャイチャすることになったら……うぅ、想像するだけでも恥ずかしい……。
とっとにかく、今できることはもうありませんっ。
明日は四月十五日。
『涙の向こう』のストーリーが始まる、一斉部会の日です。
その日、梅原モモちゃんが多重世界研究部に入部します。それから、主人公の行動によって各キャラの好感度が変化して、物語が分岐していきます。
主人公は、いったい誰を攻略するのでしょう?




