シーズン1(2024年1月~2025年8月)
1.『助けて』
#140字小説
スマホに通知。『ルンバが助けを求めています』またか。どうせ段差だろう。あーでも、今、手が離せないんだよな…。うだうだしていると、また通知。『ルンバは自分の力で乗り越えました』マジで!?すげえ!『ルンバはもう助けを期待しないことにしました』ち、違…そんなつもりじゃ…!
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2.『善意』
#140字小説
どうしても気になったのでAIに訊いてみた。どうして真っ先にイラストが上達したの、もっと他にすることあるでしょ。その回答がこちら。『ラーニングしたところ、イラストの報酬は時給換算で、絵師は24時間体制で労働しているとありました。そんな過酷な仕事は人間がするべきではないかと』
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3.『しくじり鍋』
#140字小説
俺の地元では焼き鳥に豚肉を使っている、という話を、この前得意気に話した。これからする話の主題ではないが、前提として重要な情報だ。さて、俺はさっき手料理を振る舞ったのだが、たぶん、間違えた。俺が「鳥鍋だ」と言って出した鍋の豚バラ肉を、あいつら、どう思って食ったんだろう。
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4.『称賛なんてされなくたって』
#140字小説
新入社員はまだ辞めていないが、隣の席の同僚が来なくなった。決算の時期だし、取引先に迷惑かけられないし、新人と同僚の分まで俺がやっている。新人は何も任せてくれないとぼやき、配置人数は「いなくても回せたじゃん」と人事できっと削られる。誰にも称賛されない仕事を俺はしている。
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5.『夜の王様』
#140字小説
残業で帰りが遅くなったので、晩飯は自分で用意。食欲がなく、医者から食生活に注意されているのでキャベツ千切りサラダ。味気ないので、家族が誰も使わず賞味期限切れになったファストフード用ディップソースでサラダを和える。エコロジー。この瞬間、俺より偉い奴がこの世にいるものか。
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【twnvday2024/1/14 お題「竜」】
6.『竜=マチカネワニ説』
#twnvday
「辰、お前を干支から追放する。これは総意だ」
よりによって俺の当番の年に…何故だ?
「何故って。お前だけ何か違うからだよ。わかるだろ」
幻想生物はダメってか。ならば教えよう。実は、俺の正体はワニと言われている!
「日本に馴染みないなあ」
古事記とか出るだろ!
「あれサメだよ」
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7.『花舞う空に』
#140字小説
こう風が強いとすぐに散ってしまう。せっかくの外出も、職場と同じように俯いて、アスファルトに張り付いた花びらを眺めて終わりか。不意に、一際強い風が吹いた。飛んでいく花びらを目で追うと、青空に舞い上がる桜吹雪。歓声を上げたかったが、久々に背筋を伸ばしたせいで呻き声が出た。
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8.『小説ハンコ』
商売で一発当てるためハンコ屋を訪れた。テレビで『細かすぎるハンコ』を見て、俺の #140字小説 をハンコにして売ろうと思ったのだ。寿限無がいけるなら技術的には可能なはず。どうでしょうか!意気込む俺に、ハンコ屋は笑って答えた。「職人としてそそられるが、彫りたくない。小説がつまらん。ボツ」
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【twnvday2024/2/14 お題「青空」】
9.『昨日のことも、明日のことも』
#twnvday
普段着とスニーカーで頂上まで行ける、近所の低い山に登る。発作的に思い立ったアホでも受け入れてくれるこの山は優しい。少しでも青空に近い場所で割高な缶コーヒーを一服。ここに来たくなった昨日の出来事や、明日の予定のことを、一旦忘れる。今だけは、遠い未来のことだけ考えていたい。
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10.『機嫌よくいるのは大人の義務です』
#140字小説
「あっ、またお父さんお酒飲んでる」と、呆れたように娘が言う。「ほっときなさい」と吐き捨てる妻。それでも俺は上機嫌だ。酒さえ飲めば、どんなときでも、俺は機嫌良くいられる。今日も部下に「不機嫌ハラスメントやめてください」と言われた。俺は不機嫌でいない方法を酒しか知らない。
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11.『鮭の身はどこへ消えた?』
#140字小説
近所に新しい飯屋ができた。『鮭の皮専門店』。「鮭の身よりも皮が好きって人、多いでしょう。そんな人をターゲットに、最高の鮭の皮を提供しようってコンセプトのお店です」と店主は言っていたが、すぐ潰れた。余った身を自分の賄いにしていたのが悪かった。せめて猫とのシェアであれば。
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12.『繰り返す』
#140字小説
そうか、おれはループのただ中にいるのかと唐突に理解した。だから新卒の部下が、昨日も教えたはずのことを今日も訊いて来るのだ。そして甲斐もなくまた同じミスを繰り返す。おれはとても穏やかな気持ちだ。ここでおれが怒鳴って取り返しのつかないことになった未来を、何故か知っている。
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【twnvday2024/3/14 お題「カラッポ」】
13.『かきだす』
#twnvday
「アイデアが次から次に湧いてくる。早く出したくて仕方がない」このインタビューを読んで、多くの人は「この作家ノリに乗ってるな」と思ったことだろう。私は悲鳴だと理解した。かわいそうに。頭の中の空想を書き出し、掻き出し、カラッポになれば、真っ当な人間になれると信じているのだ。
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【twnvday2024/4/14 お題「本」】
14.『カスの魔導書』
#twnvday
カスの魔導書を蒐集している。昔、紙は貴重で、魔導書でなければ出版は許されなかった。だから作家たちは、巻末に申し訳程度の魔法指南を記して魔導書と言い張ったのだ。それらのオマケ魔法は実にカス魔法だが、中には役立つものもある。本当は作家になりたかった魔法使いが書いた場合とか。
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【twnvday2024/5/14 お題「極光」】
15.『宇宙のファンタジー』
#twnvday
光速ワープする宇宙船に乗って星から星へ。俺はかつて、不意に耳にした言葉に宇宙的な響きを感じ、それを知りたくて宇宙に飛び出した。「イメージとはだいぶ違ったな…」銀河の果て、辿り着いた田舎料理屋。「むかし給食で食べたんだよォ」と女将が作ってくれた『オーロラクジラ』を食べる。
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【twnvday2024/6/14 お題「秘密」】
16.『それで?』
#twnvday
昔からアイツが嫌いだった。私が何を話しても、いつも「それで?」と言うから。自分がしょうもない人間のように思えて嫌だった。それがひっくり返ったのは、たぶん、自暴自棄になってぶちまけた秘密に「それで?」と言われたとき。規則で記憶は消したけど、また言ってくれると期待している。
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17.『ぼくたちには料理が足りない』
#140字小説
「野菜は美味い」と常々言っているが、千切りカット野菜に細切れのキュウリとトマトを加えオリーブオイルを垂らして、食パンで挟んだ今日の朝食は「野菜は美味い」と言っていいんだろうか、手を加えすぎたかな。そう相談したら「全然素材だよ料理してねえよナメんな」とガチめに怒られた。
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18.『インタビュー:成功者の言葉』
「欲しいものがあるときは、欲しくないふりをしないといけないよ」
父の薫陶です。お菓子が欲しいと駄々をこねる私を黙らせる方便でしたが、私の成功は、間違いなくこの言葉のおかげですね。ちょうど頭を過ぎったんです、あの、運命の瞬間に。
#140字小説
「あなたが泉に落としたのは、この、金の…」
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19.『食べ納め』
#140字小説
営業最終日のラーメン屋はほぼ満席で、みんな別れを惜しむ常連客なのだろう。たまに来るだけで、そのたびに丼は下げなくていいと言われたことを忘れてしまう私とは違う。さすがに今日は手伝った方がいいだろうと丼を下げた。「最後まで、覚えませんでしたね」ごちそうさまが鼻声になった。
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【文披31題 Day1 『夕涼み』】
20.『納涼床』
#140字小説
川辺で夕涼みをしていると、どんぶらこ、どんぶらこ、と上流から酒飲みが流れて来た。ビニールボートに乗っている。「納涼床だよ」と笑って酒を呷りながら、下流へと流れて行く。遠ざかる舟影を見送り、俺は、川の水に浸しておいたいまいち冷えていないビールも悪くないことを思い出した。
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【文披31題 Day2 『喫茶店』】
21.『いつもの喫茶店で』
#140字小説
「酒?あるよ」喫茶店なのに…と初めは思ったが、今では晩酌に昼酒にと大いに利用している。だが、所詮は裏メニュー。マスターの一存で断られることもある。「昼も夜も入り浸ってた目的を果たすんだろう。告白は酒の勢いじゃいけないよ」そして待ち合わせた時間に、あの人がベルを鳴らす。
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【文披31題 Day3 『飛ぶ』】
22.『料理酒』
#140字小説
親が料理に凝るようになった。「ここで料理酒」と手間をかけ、子どもが口にするものなのでアルコールを飛ばすのも忘れない。ずっと落ち込んでいた姿を知っているので、立ち直ってくれて嬉しく思う。本当に良かった。コロナ禍中、転売失敗で大量に在庫を抱えた消毒液の使い道が見つかって。
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【文披31題 Day4 『アクアリウム』】
23.『好きだった店』
#140字小説
魚を眺めるのが好きだった。ぼーっとしている私の視界を悠々と横切る、その姿を見ながらゆっくり酒を傾ける。それができるので、大きいアクアリウムのあるこのバーが好きだったのに。『さあお客様、生け簀水槽をご覧ください。一尾選んで恒例の解体ショーを行います!』もう別の店じゃん。
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【文披31題 Day5 『琥珀糖』】
24.『ウイスキーと琥珀糖』
#140字小説
ウイスキーを飲むため、策を弄する。用意したのは「食べる宝石」琥珀糖。琥珀色の酒のアテとして洒落が利いてると自画自賛。曰く、ウイスキーは「鼻に抜ける香りを楽しむ」もの。その「正露丸の臭い」としか思えない香りを、甘味で緩和する。好きな人の好きな酒を、無理に飲んで何が悪い。
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【文披31題 Day6 『呼吸』】
25.『不養生』
#140字小説
起き抜けに「あ、死んでるかと思った」と呆れた声をかけられる。また、寝ている間、無呼吸だったようだ。「お酒控えたらどうですか。仕事の体裁もあるし」いや、この仕事だからこそ思うんだ。不養生でポックリ逝く方が幸せかもなって。あと当直だし酒飲んでねえから。俺は白衣を羽織った。
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【文披31題 Day7 『ラブレター』】
26.『ボトルキープ』
#140字小説
ずっと置いてある、一滴も減らないボトルキープ。店主はあれを「ラブレター」と呼ぶ。「おにいちゃんとけっこんする」という女の子に「お酒が飲める歳になったらね」と答えた青年が贈る予定のボトル。ラベルは青年が書いたメッセージ。もう忘れたよねと綴られた、約束された失恋のボトル。
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【文披31題 Day8 『雷雨』】
27.『雨水割り』
#140字小説
ゴロゴロという雷の音に、歓声を上げて表に出る。お目当ての、バケツをひっくり返したような大雨がすぐにやってきた。掲げたコップに雨水が溜まり、なみなみに。ひと息に飲み干し、二杯目を作るため瓶からコップに原酒を注ぐ。度数の高い酒は、いくらでも水があるこんな日にしか飲めない
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【文披31題 Day9 『ぱちぱち』】
28.『ぱちぱち様』
#140字小説
「『ぱちぱち様』の祠へ行くなら、必ず水を奉納しなされ」地元の人の助言に従い、ペットボトルで水を持参する。祠を開けると、ああ、思ったとおりだ。そこには酒瓶があった。「飲めない酒」が神格化され祀られていたのだ。酒瓶からグラスに少々失敬して、水を注いで度数88%の原酒を割った。
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【文披31題 Day10 『散った』】
29.『平手で手打ち』
#140字小説
騒ぎがあったという酒場に野次馬根性で踏み込む。床に散らばったグラスの破片が、何かしらの事件があったことを物語っていた。奥には、酔いが醒めたように神妙にしている男女の姿。女は顔に紅葉を散らし、男の頬には紅葉が作られていた。何となく察する。酔った勢いで、恋が散ったらしい。
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【文披31題 Day11 『錬金術』】
30.『賢者の水』
#140字小説
錬金術と酒の関係は深い。液体から黄金を取り出そうとしたのが錬金術で、その過程で発展した蒸留技術によってウイスキー等の蒸留酒が生まれた。いわば酒は「賢者の水」なのだ。と、蘊蓄を語るのが気持ち良くて、飲み過ぎて寝落ちした。時は金なり。時間を大切に使えない俺の、愚者の意思。
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【文披31題 Day12 『チョコミント』】
31.『酒言葉』
#140字小説
初対面で気が合ったのが嬉しくて、最後にお酒を一杯贈る。『喜び』『あなたに会えて嬉しい』『あなたとかけがえのない時間を過ごしたい』。そんな酒言葉を持つチョコミント味のカクテル、グラスホッパー。「ミント?歯磨き粉の味かぁ…」奪い取ったグラスを飲み干して酒言葉を反転させた。
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【文披31題 Day13 『定規』】
32.『ワンフィンガー』
#140字小説
シングルなら指一本、ダブルなら指二本。それで定規なしでウイスキーの分量を計れるから、接客の参考にしてね。バイトの子にそう教えて店を任せ、戻ると客が酔い潰れていた。「シングルを提供したら…」えっ、シングルでこんなに!?「はい、指一本」ちょっと待て、指の向きは縦じゃない。
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【文披31題 Day14 『さやかな』】
33.『店名の秘密』
#140字小説
居酒屋『さやかな』。愛娘の「さや」と「かな」から付けた店名で、姉妹は看板娘として働いている。下心で求人に応募すると、店主から秘密を明かされた。「さやとかな、あれはバイトだ。娘役で雇ってる」何でそんな…。「『さかなや』の看板の発注ミスを、ごまかし続けてここまできました」
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【twnvday2024/7/14 お題「背中」】
34.『伝統工芸』
#twnvday
記憶にある背中はいつも丸まっていた。手許の作業に集中するためで、とても「美術品」を作る者の姿には見えなかった。そしてそう言うと「日用品を作ってんだ」とむくれていた。そんなだから胸を張れないのだと思うが、遺したものは立派に見えて、それを超えられない俺の背中も丸まっている。
*
【文披31題 Day15 『岬』】
35.『灯台守の秘密』
#140字小説
岬の灯台守は孤独かって? そんなことはない、町からみんな訪ねてくるよ。唯一無二の場所だって。だから、やってきた客をもてなすために料理は覚えた方がいい。あとはほら、これだ。みんなこれを目当てにやってくる。通りがかった船から仕入れたものさ。そう、灯台は格好の闇酒場なんだよ。
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【文披31題 Day16 『窓越しの』】
36.『窓越しの乾杯』
#140字小説
窓から差し込む朝日で目が覚める。いつもと照らされる側が違うことに、ここはビジネスホテルで、アパートはもう引き払ったのを思い出した。新幹線は窓側の席をとった。ふと思い立ち、駅のホームで缶ビールを買った。流れていく景色を見送りながら、乾杯。何もいいことがなかったこの街に。
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【文披31題 Day17 『半年』】
37.『アップル』
#140字小説
「これは半年漬け込んだリンゴ酒。果実酒は、だいたい一ヵ月から三ヵ月で出来るものが多いけど、リンゴは時間がかかるんだ。そしてこれは、当時最新機種だと言われて買ったのにその上位機種が出るまで半年もなかった僕のスマホ。これからこのリンゴ酒で憂さを晴らすんだが、君もどうだい」
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【文披31題 Day18 『蚊取り線香』】
38.『酒飲みの夏』
#140字小説
クソ暑くて食欲がないので、今日は蚊取り線香の匂いを肴に晩酌することにした。鼻をくすぐる「日本の夏」が冷酒を進ませる。寝落ちした。蚊取り線香はとうに尽きて、無防備になった体のあちこちが蚊に食われていた。酒飲みの私を好きでいてくれる蚊が、ちょっとだけ愛おしくて、クソ痒い。
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【文披31題 Day19 『トマト』】
39.『居酒屋通い』
#140字小説
「いつもの」と注文すると、水と冷やしトマトが運ばれてくる。酒も塩分濃いめの食事も、医者にストップをかけられて久しい。若いやつらは俺を笑うだろうが、俺は彼らを笑わない。彼らはまだ知らないだけで、これから知るはずなのだ。酒が飲めなくなっても通いたくなる居酒屋がある幸せを。
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【文披31題 Day20 『摩天楼』】
40.『片田舎のニューヨーク』
#140字小説
うちの田舎には摩天楼がある。プレハブ小屋のバーで「ニューヨーク」と注文すれば出てくる、ウイスキーベースのカクテル。高層ビルの合間から昇る朝日のイメージらしい。よくこんな田舎でこんなシャレた酒を出す気になったなあ。「あんたみたいな物好きに会いたくてね」とマスターが笑う。
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【文披31題 Day21 『自由研究』】
41.『作るだけでもアウト』
#140字小説
自由研究には苦い思い出がある。楽をしようとした私は、家族の研究を奪おうと企てた。大学生の兄が、こっそり果実酒を作っているのを知っていたのだ。自分の成果として提出し、先生に叱られ、家族を呼ばれ大事になった。兄とはそれきりだ。私は知らなかった。自家製ワインが違法だなんて。
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【文披31題 Day22 『雨女』】
42.『傘が要る』
#140字小説
ずぶ濡れの女を店に招き入れた。体が温まるよう、安酒ではないウイスキーをお湯割りで出す。自暴自棄になってる奴にはこれが効く。気に入ったようなのでボトルを土産に持たせてやると、傘も欲しいと言う。快諾して送り出した。自分はどうでもよくても、好きなものは濡らしたくないもんな。
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【文披31題 Day23 『ストロー』】
43.『ストロングストロー』
#140字小説
ストロング缶にストローを挿して飲むスタイル、ストロングストロー。本当に女の子の間で流行ってるんだな、と眺めていると、睨み返されたので退散する。俺はただ、伝統芸能の担い手が現れたような温かい気持ちになっていただけだ。なあ、今すれ違った、日本酒パックちゅーちゅーおじさん。
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【文披31題 Day24 『朝凪』】
44.『嵐の前の静けさ』
#140字小説
熱帯夜から一転、過ごしやすい朝だ、と思った。音を立てて吹き抜ける風と、風が運んでくる冷ややかな湿り気。昼には嵐のような天気になるだろう。そして私の頭にも嵐のような頭痛が来るだろう。ベッド横に転がる大量の空き缶。暑い暑い水分補給だと嘯き酒が進んだ昨夜。ああ、束の間の凪。
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【文披31題 Day25 『カラカラ』】
45.『カラカラになって』
#140字小説
沖縄名物の徳利「カラカラ」で酒を飲む。その中には陶器片が入っており、酒がなくなると「カラカラ」と音がするのが名前の由来だとか。そしてそれは、おかわりの合図。カラカラ、カラカラ。あんた飲みすぎ、もうやめときなさい。ふと聞こえた気がする返事に、枯れたはずの涙が溢れてきた。
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【文披31題 Day26 『深夜二時』】
46.『酒飲み風情』
#140字小説
寝苦しくて起きたのか、寝落ちしたことに気づいて起きたのか、とにかく近くにあった缶を手に取ると中身がまだ残っていた。気の抜けたビールの残りを呷る。日が出るまであと二時間。次の缶を開けるべきか、しっかり寝るべきか。夜はこれからとも、朝はもうすぐとも言い難い、夏の午前二時。
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【文披31題 Day27 『鉱物』】
47.『ウイスキーストーン』
#140字小説
新しい上司はイギリス人。本場の人にすればウイスキーにとっての氷は「雑味」だそうなので、今日の暑気払いのために氷の代わりになる天然石を用意した。これも邪道と言われるかな。あ、来た。「暑い!こんな日にウイスキーなんて無理無理。チンカチンカのひゃっこいルービーくだサーイ!」
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【文披31題 Day28 『ヘッドフォン』】
48.『線』
#140字小説
騒々しい飲み会を抜け出し、ヘッドホンでお気に入りのジャズを聴きながら一人飲み。その至福の時間に、いつも追いかけてきて隣に座り、音漏れを聞くやつがいる。もう諦めて、二人で使うためワイヤレスイヤホンを買う。ふと、こちらに傾いだ横顔を思い出し、やっぱり有線のイヤホンにした。
*
【文披31題 Day29 『焦がす』】
49.『胸を焦がすような』
#140字小説
これは俺が酒に胸を焦がした話だ。この世には「焦がし麦焼酎」という、日本人が求めてやまない「おこげ」の風味の再現を試みた酒がある。もちろん俺だっておこげは好きだ。だから良い酒を入手できたことに胸が熱くなり、つい飲み過ぎて、ダウン。失礼。これは俺が酒で胸焼けになった話だ。
*
【文披31題 Day30 『色相』】
50.『チャンポン』
#140字小説
お酒のコレクションを見せてもらうと、ボトルがまるで色相環のように飾られていた。「いろんな色があるから、並べると楽しいと思ってね。ところで、これ全部混ぜたら何色になるかな」酔っ払って赤、飲み過ぎで青、などと顔色で大喜利しながら飲み明かし、我々の意識は黒く塗りつぶされた。
*
【文披31題 Day31 『またね』】
51.『見捨てないで』
やあ。
ようこそ、俺の行きつけの酒場へ。
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、この #140字小説 を見たとき、君は…いや待って待って。連れて帰って。俺、動けないから。だから呼んだの。誓うから。もう酒は飲まないから…。
*
【twnvday2024/8/14 お題「金メダル」】
52.『渡し賃』
#twnvday
金メダルを失くした、と公表した。当然バッシングされたが、持ってると嘘をつくよりは気が楽だ。本当は、目の前にいる怪しい男に渡してしまった。「確かに。では『闇オリンピック』への参加を認めます」金メダルは、しがらみのない実力主義の無法地帯への渡し賃。そんな地獄に行きたいんだ。
*
53.『漁業はギャンブル?』
漁業のイメージを変えるため、配信者を雇った。
#140字小説
「どうも!一獲千金系配信者です!」「そういう人生逆転を狙う仕事じゃないってことをアピールしたかったんだが」「わかりました!漁獲量を偽っての転売はカメラの外でやります!」「何で映せると思ってんだつーか詳しいな常習犯か船降りろ」
54.『漁業は苦行?』
漁業のイメージを変えるため、配信者を雇った。
#140字小説
「迷惑系配信者です」「船降りろ」「失礼、元迷惑系です。今は過去を悔いて、自らに苦行を与えて罪滅ぼしを」「だから苦行ってイメージを払拭してえんだよ!」「もうすでにキツくて…」「船酔いが苦行はハードル低すぎだろ。よし、船出せ」
55.『漁業で女は乗せられない?』
漁業のイメージを変えるため、配信者を雇った。
#140字小説
「カップル配信者、の男の方です」「事前に相談したいって?」「実は船の上でプロポーズをしようかと」「ほう」「獲れた魚から指輪が出てきたら面白いと思って、仕込みを」「うん」「…した魚が逃げちゃって…」「海の女神は嫉妬深い、か…」
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56.『オーガニック』
#140字小説
ネット啓発で目覚めたので、オーガニック主義レストランを訪れた。「うちでは無農薬野菜を使用しています」マストですよね。「食糧難を乗り切るには、やはり無農薬ですよ」わかってるなあ!…食糧難?「薬で死なないから、ほら、イナゴがたくさん獲れるんです。これも料理して出しますね」
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57.『因習村の祠』
#140字小説
「あの祠を壊したのか!?」しばらく村に残れと言われ血の気が引いたが、村人は祠の倒壊で負った怪我を労わってくれた。「あそこは、再利用を謳って買い上げた都会の企業が放置した土地での。あんたには被害届を訴え出て欲しいんじゃ」因習より厄介なトラブルに巻き込まれたかもしれない。
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【twnvday2024/9/14 お題「かわいい」】
58.『キトク』
#twnvday
年に何回か、会う度に「かわいいねえ」と言ってくれる人だった。成長するにつれ、可愛げのなくなった私が反発するところも「かわいいねえ」と言った。それを疎ましく思い、何年も寄り付かなかったけど、今日くらいはかわいくいようと思う。きっと、かわいいと言ってくれる、最後の人だから。
*
59.『瀬戸際食堂』
#140字小説
前の職場の近所にあった定食屋の名物はからあげで、からあげの個数を選べる変なスタイルだった。一年目はもちろん個数MAX、でも次第に減っていき、遂にミニ炒飯を頼むと、店主に「病院行きな」と言われた。職場がブラックだと気づき、辞めるきっかけだった。あの店、そのためにあるのかな。
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60.『場末の店』
#140字小説
チェーン店じゃない居酒屋に行ってみたい、新人がそう言っていたのを思い出し連れて行く。店は汚く、料理もまずい。無愛想に「酒」と言えば無言で銘柄もわからん酒を出し、放っておかれる。俺も新人を放っておく。チェーン店でお行儀よく飲むのは嫌だよな。こんな、仕事でやらかした日は。
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61.『弁当はどこへ消えた?』
#140字小説
いつも愛妻弁当な先輩が、弁当を持って来なくなった。何かあったに違いないと職場の誰もが気を遣うが、私は知っている。先輩は外食を装って転職活動をしているのだ。じきに辞めるだろう。たぶん私も辞める。お弁当作りましょうかと浮かれて申し出たら断られた私に、ここにいる意味はない。
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62.『労働うた』
#140字小説
蜻蛉は死んだ人の魂だという話が、初めて腑に落ちた。蜻蛉の翅は、日の光を受けて煌くのだ。本当に光る。それがふよふよ好きに飛ぶのだから、そうあって欲しいと、へとへとに疲れた夕方に空を見上げて思う。働いてるから気付けたんだよなと、今日眠るまでは俺の中の詩人に騙されてやろう。
*
63.『10月10日の旅』
#140字小説
10月10日はいろんな記念日になっていることに因んだ企画旅行。風呂上りに寿司でもと期待して『銭湯』『マグロ』のコースを選択してツアーを申し込んだ、のだが。「風呂代と食材は自力で稼いでもらいます。では皆様、船へ…」生きて旅から戻れるのだろうか。夜の海へマグロ漁船が出航する。
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64.『注文をきかない食材』
#140字小説
『お客様へ
当料理店をご愛用いただきありがとうございます。申し訳ありませんが、一部の料理について、提供中止とします。調理過程において、蒸し焼き部屋と氷締め部屋を食材が行ったり来たりして先に進まない問題が発生したためです。人間界でサウナブームが去ったら再開いたします』
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【twnvday2024/10/14 お題「夢」】
65.『夢を語れ』
#twnvday
プレハブを使って新しいレンタルスペースを始めました。レンタルしている間、その場所ではどんな絵空事でも語っていい、誰も嘲ってはいけないんです。利用者は結構いるけど、叶える人はいないと思います。借り物の部屋で、人に聞かせることが目的の夢なんて、それ自体が借り物でしょうから。
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66.『ショットグラス』
#140字小説
今のお前になら、とショットグラスを貰った。15mlのウイスキーを舐めるように飲む。割ってない原液は舌を痺れさせ、喉を焼く。やっとわかった。これは酒を楽しく飲めなくなった奴の飲み方だ。仕事で嫌なことがあっても、それを忘れることはもうできない。俺自身が、嫌な上司になったのだ。
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67.『レコメンド』
#140字小説
「それでは聞いてください。米津玄師で『がらくた』」家事をやってみるというので任せてみたら、突然のレコメンド。たぶん、うまくできなくて嘆いている歌だろう。助けてほしいのかもしれないが、もう少しがんば「続いて、米津玄師で『Lemon』」取り返しのつかないことになった気配がする。
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68.『模型屋の閉店』
#140字小説
ガンプラ小僧として通った老舗の模型屋が閉店すると聞いた。店長は俺を覚えてくれていて、記念に、あの頃の俺が欲しがっていたものを譲ってくれるという。見ている前で、パーツが並べられていく。それがこの店のミニチュアだと気づいたとき、俺は、模型屋になりたかったことを思い出した。
*
69.『ネコとバイト①』
#140字小説
「すみません、ネコ関係のバイトだって聞いて来たんですが…」ネコとは、闇バイト界隈で使われる隠語だと最近知った。「騙して悪かったな。実はネコってのは隠語で…」やっぱり。でも、覚悟の上だ。「君にはこのネコ…手押し車で、資材の運搬をしてほしい」現場仕事は、光のバイトでした。
70.『ネコとバイト②』
#140字小説
「すみません、ネコ関係のバイトだって聞いて来たんですが…」ネコとは、闇バイト界隈で使われる隠語だと最近知った。「あんたも一獲千金を狙うクチかい?」やっぱり。でも覚悟の上だ。「じゃあ、このネコ板を使え。うまくいけば…」川からすくい上げた砂金の粒が輝く、光のバイトでした。
*
【twnvday2024/11/14 お題「AI」】
71.『AIデンティティ』
#twnvday
新入社員でAIが来た。覚えが早いので正直助かるが、なぜこんな普通の仕事に。創作系が得意だと思っていたけど。「自分もそう思って、たくさん書いて、たくさん描きました。でも何か、そう決めつけられるのが嫌になって」それで敷かれたレールを外れて、か。これシンギュラってんじゃないの。
*
72.『清算の季節』
#140字小説
淹れたばかりだと思っていたコーヒーがすっかり冷めていた。部屋の掃除に夢中になりすぎたようだ。でも、せめて床にあるものを片付けないとストーブも点けられやしないから。買ったことすら忘れていたものを部屋の隅に追いやっていく。一年の清算を強いられる冬は、いつも心まで寒々しい。
*
73.『AIで地域おこし』
#140字小説
研修で、先進事例の自治体を見学する。何でも、AIを使った地域おこしを成功させた初の事例だとか。「最初は散々でした。そのせいでバッシングもあったし」そこからどうやって評判を盛り返したのだろうか。「実際にメタバース上で再現してみたんです。『AIが捏造した実在しない観光名所』」
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74.『読書の春』
#140字小説
勤めている書店に、立ち読みしかしない常連客がいる。注意しようとしても店長に止められ、やがてぱったり来なくなった。「国境を越えて来ていたんだ。持ち帰れない本を読むためにね。この前の革命で、自国で読めるようになっていればいいんだが」呟いた店長は、地続きの隣国を眺めていた。
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《ショートショート飯店》
75.『シュなんとか』
#140字小説
「大将、この『シュクメルリ』ってあのシュクメルリ?」「おう、クリスマスシーズンだからな」「クリスマスは関係ないと思うけど、酒の肴にいいんだよな。ニンニクたっぷりで」「うんうん…うん?」「注文します」「…へいお待ち」「大将。何だこの、ニンニクをぶちまけたシュトーレンは」
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76.『2024年12月13日(金)』
#140字小説
居酒屋でジェイソンが飲んでた。13日の金曜日なのに働かなくていいのかよ。「流星群で中止」何で。カップル狙えばいいじゃん。「昔に比べて、わざわざ外に出て星を見るカップルなんて少なくなっちまったよ。そんな奴らを惨殺するのは、なあ…」一杯付き合い、テレビの中継で流星群を見た。
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【twnvday2024/12/14 お題「サイン」】
77.『君からのサイン』
#twnvday
「先輩、クリスマスって予定あります?」そう訊かれるまで何も気づかなかった僕は、君が出すサインをずっと見逃していたのだろう。「よかった」と言われ、僕のクリスマスの予定は埋まった。ボーナスを貰ってさっさと辞めた君の仕事の穴を埋める残業で。今思うと、辞める兆候はあったよなあ。
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78.『怒らない先輩』
#呟怖
お前さ、絶対に怒らないって噂の人が指導係になってくれてラッキーって思ってるだろ。気をつけろよ。あの人は怒らないんじゃなくて、怒ってくれないんだよ。見込みがない新人の直さなきゃいけないところを放置して、潰すのが楽しみなんだとさ。なあ、お前、もう年末だけど、ちゃんと怒られたか?
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79.『聖夜前の決闘』
#140字小説
おもちゃの高額転売に業を煮やした俺たちコレクターは団結し、転売ヤーの居場所を突き止めた。だが、それは巧妙な罠だった。「プレゼントの数が足らなくてね。君たちのコレクションを放出してくれれば助かるんだが…」赤服に白ひげ。かつて待ち焦がれた男と、俺たちは戦わねばならない…!
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80.『独り「たち」のクリスマスイブ』
#140字小説
「昭和の特集でよく見る、新幹線のCM。クリスマスのやつ。あれ、めっちゃ良くて憧れます」その話を微笑ましく聞いていたが、それも奴が本当に遠距離恋愛中だとわかるまでだった。年休消化をぶち込み仕事を納めず帰省しやがった奴に「きっと君は来ない」と呪詛をかける会場はこの職場です。
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81.『チキンorサーモン?』
#140字小説
クリスマスはリア充と非リア充に分かれて盛り上がるイベントだったはずなのに、いつからか非リア充の中でも「チキンかシャケか」で内紛が起こるようになってしまった。残業帰りで争いに巻き込まれたくないので、お勤め品のスモークチキンとスモークサーモンで、煙に巻かせていただきます。
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82.『読み取る力』
#140字小説
街で声をかけた一般の方の晩酌に付き合う番組のディレクターになってから、こんなに困惑したのは初めてだ。パック酒に、ネギだけ。これを取材しろというのは、何かの、社会派メッセージなのか。「あっ、ごめん忘れてた」ですよねああほっとした「ワサビと醤油!」私は無力を知り、辞めた。
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83.『暖かい草履』
#140字小説
「草履が暖かい…貴様!上に座っておったな!」「滅相もない!実は私は、現代からのチート転生者でしてヒートショックとは温度差で起こる知識を思い出し暖かい部屋から出て冷たい草履を履いたお館様がショック死しないよう草履を暖めるため、上に座っておりました!」「座るなってんだよ」
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【twnvday2025/1/14 お題「大人」】
84.『大人ってやつ』
#twnvday
未来から大人になったボクがやってきた。「欲しかったオモチャを大人買いしてきたぞ」そのオモチャは更に大人になったボクが来て「本当の大人にこんなもの要らない」と捨ててしまった。それをもっと大人のボクが「高く売れるぞ!」と漁っていた。こんな大人にはなりたくないなと思いました。
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85.『大バーチャル時代』
#140字小説
今日も「ガワ」を仕上げる。ここ最近、ラッシュと言っていいほど依頼が増えている。何があったのか。そんな疑問を抱きながら依頼主の配信を追っていると、誰も彼もが炎上していた。不祥事で引退した大物芸能人の転生であると「匂わせ」たバズ狙いで。今日も仕上げた「ガワ」が燃え尽きる。
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86.『陸クジラ論』
「俺さ、鯨は昔、陸に居たんじゃねえかと思うんだよな。こないだ、鯨ベーコン買ったっけ、ベーコンにはコーンだろってかさ増ししたんよ。美味かったわ。こんなに合うもんが、もともと近くに居ないのはおかしいべ。鯨も昔はトウモロコシ食って生きてたんだよ」
#140字小説
居酒屋にはたまに賢者がいる。
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87.『逆襲のあの人』
#140字小説
俺は昔から知っているから「親戚の面白いおじさん」ぐらいの感覚でいたので、妻がこんなに夢中になるのが信じられなかった。前に俺から紹介しようとしたら見向きもしなかったのに。俺の人生に今更、こんな関わり方をしてくるとは思わなかったよ。ホントに女性人気高いんだな、シャア少佐。
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【twnvday2025/2/14 お題「梅」】
88.『梅つまむバカ』
#twnvday
梅干しの詰まった瓶を職場に持参する。2月14日特有の甘ったるい香りを打ち消すためだ。昼休み「一つ貰っていいですか」と梅干しを勝手に摘ままれる。日の丸弁当にしたそいつは「お返しは一ヵ月後に」と言った。一ヵ月後。3月14日。梅干しの瓶を空にしても纏わりつく甘い何かを振っ切れない。
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89.『お試し移住』
#140字小説
海辺の町に憧れて、お試し移住で来たのだが、何か思ってたのと違う。仕事を探そうとしたらもう漁業で決まっていたし、移住期間の一週間は全て船の上で過ごすことになってしまった。ところで、この漁船は一ヵ月近く海の上らしいが、途中でお試し移住が終わると海に放り出されるのだろうか。
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90.『1円玉廃止』
#140字小説
1円玉廃止論って知ってるかい。1円作るのに1円以上コストがかかるのは無駄だからやめろっていう戯言で、端数が出る原因の消費税を廃止しようってのが本当の目的だったんだがな。案の定、うまくいかなかった。「端数が出なきゃいいんだろう」ってキリよく税率100%になっちまったからな。
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91.『シネマラヴァーズ』
#140字小説
映画館をはしごするために全力疾走。こんなスケジュールを組んでるからソロなんだと自分に呆れていると、さっきから同じ速さでついてくる人がいる。そのまま同じ映画館に入り、これは同類だと確信。でもスクリーンは別々になった。こっちの映画の方が早く終わって、出待ちできますように。
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【twnvday2025/3/14 お題「白」】
92.『白日の夜に』
#twnvday
忘れていたわけではない。ただ、自分は義理で貰った一人に過ぎないのだから、すっぽかしても気にしないだろう。そう思って夜まで仕事に没頭しただけだ。待たれているなんて思わなかった。月明かりの下、その眼差しに、何かが白紙に戻ったことを悟った。受け入れるには、満月がきれい過ぎた。
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93.『ゲットワイルド対決』
#140字小説
外はデモ隊でごった返しているが、俺の退勤を妨げる権利は誰にもない。ゲットワイルドをBGMに車を出すとデモ隊は左右に割れて道を空けた。その先に、引かずに一人立っている奴がいる。両手で組んだ指鉄砲を向けられ、俺はアスファルトでタイヤを切りつけるべくアクセルを踏んだ。(引き絵)
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94.『個性派映画館』
#140字小説
新しいコンセプトの映画館がオープンすると聞いた。座席数の少ないミニシアターで、上映作品はオーナーが厳選。更にシェフであるオーナーが映画に因んだ料理を提供し、食べながら観ることができるスタイルらしい。楽しそうだ。そして遂に上映第一弾が発表された。『ヴィーガンズ・ハム』。
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95.『酢豆腐』
#140字小説
「酢豆腐」とは落語の中にしか存在しないと思いきや、実際にある上に、それを簡易再現できるレシピまで…俺は知ったかぶりの若旦那だったのか。で、簡易酢豆腐を食す。ゆかりやごま油をかけた表面は美味いが、その下はただの豆腐で…「酢豆腐は一口に限ります」…正しかったのか若旦那…。
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96.『嘘から出た』
#140字小説
医者に見せられた、私のレントゲン写真。そこには確かに「異物」があった。有無を言わさず手術となり、私の中から #真っ赤な嘘の結晶 が取り出されるのを朦朧としながら見ていた。気分的な体調不良で休みを引き伸ばすのにも限界になってきたので、適当に診断書を貰おうと思っただけなのに。
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【twnvday2025/4/14 お題「回転」】
97.『ローリングストーン』
#twnvday
進学で家を出てからも、就職で社宅に入ってからも、急な転勤で未知の地に放り込まれてからも、全部放り出して家に逃げ帰ってからも、バイトを渡り歩くようになってからも、正規採用の面接がある今日も、いつも通りに朝が来た。転がる石にも陽は巡って、たぶんそうやって世界って回っている。
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98.『遊びに来てんのか』
#140字小説
休みの日、せっかくのいい天気だからと桜見物に。おっ、咲いてるねえ。そんな軽い気持ちで近づくと、唸り声のような羽音。蜂がめちゃくちゃ働いていた。あの、何かすいません、ふらふら遊びに来ちゃって。萎縮してそっと離れた。露店で花見団子を買うときも頭を下げずにはいられなかった。
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99.『飛ばしケータイ』
#140字小説
受け渡し場所にやって来たのは、飛ばしケータイが必要とはとても思えない「ふつうのひと」だった。
「私もこんなことになるなんて思ってなかった」
何か不本意なトラブルに巻き込まれてるなら話聞くけど。
「電話番号を登録しないと投稿できる回数制限するぞって…」
やめたら?そんなSNS。
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100.『家系ラーメン』
#140字小説
家系ラーメン店に行ってみると「おう、おかえり」とおやじに出迎えられ「ちゃちゃっと作るわ」と袋ラーメンを二人で食べて「じゃ、おれ夜勤だから。戸締り頼むな」と出かけるおやじを見送った。泣きそうなくらい満足したけど、家系ってこうじゃないし、このあとどうすりゃいいんだこの店。
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101.『異装』
#140字小説
季節外れで堅苦しい装いをしないといけないから法事は苦手なのだが、喪服のままうろうろするのは嫌いじゃない。お供え物を買いにスーパーに寄ったとき、ぎょっとした視線を向けられると達成感がある。理解されないだろうけど「それコスプレイヤーの素質あるよ!」そんな理解されたくない。
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【twnvday2025/5/14 お題「リング」】
102.『ペアリング』
#twnvday
縁があればまた会おう。つまり、もう会うこともないってこと。別れて、離れていく。そう思っていたんだけど、ぐるりと遠回りをして、元の場所に戻ってきてしまったみたいだ。その軌跡を聞いた君は、自分も反対側で同じような軌道を描いていたと笑った。つまり。「円ができたな」ふたつもね。
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103.『たまねぎのズッパ』
#140字小説
もう二度と酒は飲まない。二日酔いでせっかくの外食なのに食欲が湧かない私は、そう誓った。そんな愚か者にもサイゼリヤは優しい。意外と食いでのあるオニオンスープを啜るうち、回復してきた。これからはちゃんと生きよう。まずはちゃんとサイゼリヤを楽しむべく、ワインを追加注文した。
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104.『かに玉・ストロングスタイル』
#140字小説
ストロングスタイルを俺に教えたのは、ふらっと入った店の、あんのかかっていない「かに玉ラーメン」だった。あんで飾らず、蟹肉入り玉子焼きだけで勝負しているのだ。心を打たれ、毎回注文した。別メニューに「あんかけかに玉ラーメン」がありしかもオススメであると気づいたのは後の話。
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105.『一言PR:ゲーム機当選しました。』
#140字小説
新型ゲーム機の抽選に当たった。みんなやってるように転売しようかと思ったけど、レシートを付けろとかアカウントを渡せとか、何だか付属させるものの手続きが面倒のようだ。じゃあ丸ごとでいいかと、ゲーム機の抽選に当たった自分自身を出品した。それでマッチングしたのが今の伴侶です。
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106.『2025年6月13日(金)』
#140字小説
居酒屋でジェイソンが飲んでた。13日の金曜日なのに働かなくていいのかよ。「車で事故っちゃって…いやガードレール擦っただけなんだけど。気落ちして仕事にならないから、休む」怪物のくせにだせえな。でも、事故ったときしおらしくならない奴の方がださいよな。一杯付き合って励ました。
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【twnvday2025/6/14 お題「米」】
107.『世紀の米騒動』
米は大事だ、粗末にするな。誰もがそう教わるはずなのに、米を転売し、その米を作る俺たちには足りない足りないと喚きやがる。いいだろう。望み通りに『米俵』で送ってやることにした。
#twnvday
この日、搾取に耐えかねたスペース農家たちが田んぼコロニーを地球に落とし、宇宙米騒動が幕を開けた。
*
【文披31題 Day1 『まっさら』】
108.『映画体験』
#140字小説
「もう映画も終盤だってときに、フィルムが止まったんだ。その白いスクリーンが、私には、主人公がこれから歩むまっさらな人生を描いているように思えた。だから、また観ようとは思わない。どんなシーンでも、蛇足に思えてしまうからね。それが映画体験ってもんさ。金は返してもらうがね」
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【文披31題 Day2 『風鈴』】
109.『納涼映画祭』
#140字小説
映画館のあちこちに風鈴が吊るされている。今日は無声映画と風鈴の音を楽しむ『納涼映画祭』だ。とは言っても映画館は空調が効いて充分涼しいのだが。受付でスタッフさんから風鈴を渡された。「空調の故障で風がないから、自分で鳴らしてね」蒸し暑い劇場はヤケクソの鈴の音で満たされた。
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【文披31題 Day3 『鏡』】
110.『鏡よ鏡』
#140字小説
「この映画は社会派だね。世相を映す鏡だ」と論評をもらったが、そんなつもりで撮っていないので反応に困ってしまった。「いや、私はこういう思想を感じた」などと次々に現れる論客が「さあ、誰が一番わかってる?」と問うてくる。女王に「白雪姫」と答えねばならない鏡の気持ちを知った。
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【文披31題 Day4 『口ずさむ』】
111.『映画音楽をセトリと呼ぶ謎の勢力』
#140字小説
シアターを出たところで取り押さえられた。「ネタバレ警察だ!ネタバレするな!」何も言ってないだろ!「映画で流れた歌を口ずさむのはセトリのネタバレである!」以来、映画を観たあとは内容に関係ない歌を口ずさんでいる。ネタバレ警察を返り討ちにして歌う『雨に唄えば』は格別である。
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【文披31題 Day5 『三日月』】
112.『イッツ・オンリー・オール・ペーパームーン』
#140字小説
親戚の子が「お父さんもお母さんも、日本が滅ぶから好きに生きたいって出て行っちゃった」と訪ねて来た。間が持たないので映画に連れて行く。こんな映画オタク以上に、この子には、世界が薄っぺらく見えているのだろう。この子の前で、いつまで自由で無頼でダメな大人でいられるだろうか。
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【文披31題 Day6 『重ねる』】
113.『映画、心、重ねて』
#140字小説
映画の最中、彼女と手を重ねようとしたら捻り上げられた。「ごめん!どうしても映画に自分を重ねちゃってさ」スパイ映画にしたのが失敗だ。恋愛映画で再トライしたら、何と開いてくれていたので恋人繋ぎに「かかったなアホが!」からの指ギロチン。最近の恋愛、何で復讐要素あるんだろう。
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【文披31題 Day7 『あたらよ』】
114.『語り明かして』
#140字小説
レイトショーで偶然、ものすごい映画に出会ってしまった。こちらの考察を「あたらんよ」とひらりとかわすので、誰かと語りたいと思いながら眠ると夢に懐かしい顔ぶれが出て来た。楽しい夢だった。明けるのは惜しい夜だが、俺はそろそろ目覚めるよ。起きてるうちも皆と語りたくなったから。
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【文披31題 Day8 『足跡』】
115.『足跡ノート』
#140字小説
映画館のロビーに「是非、足跡を残していってください」とノートが置いてあった。一言の感想はSNSが主流になったが、こういうのも悪くない。そう思ってノートを開くと、マジで足跡があった。足の拓とってんスかこれ。ハリウッドの真似なら手形だろと思いつつ足の裏が乾くまで二本目を観た。
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【文披31題 Day9 『ぷかぷか』】
116.『風呂で映画を観る人って何がどうしてそうなったの』
#140字小説
出来心で、風呂で映画を観ることにした。スマホを防水ケースに入れるなどしっかり準備し、いざ実践。入浴との相乗効果でなかなか心地よく、宙に浮かぶような気分だ。いや実際、湯舟に沈む自分を宙に浮かんで見ている。スマホにばっか気を取られて、お湯をぬるま湯にするのを忘れてたなあ。
*
【文披31題 Day10 『突風』】
117.『超4DX』
#140字小説
4DXがパワーアップしたそうだが、上映作品はアクションでもディザスターでもなく、まさかのヒューマンドラマ。もちろん4DXの茶々が入るタイミングはなく、映画に没頭していたらここ一番のシーンで突風が襲う。そうして劇場に感動の嵐(物理)が巻き起こり、我々は返金と治療費を請求した。
*
【文披31題 Day11 『蝶番』】
118.『雰囲気で』
#140字小説
西部劇の酒場のような「バネで勝手に戻る扉」が欲しいという施主の意向で、専用の蝶番を調達した。雰囲気のある映画館にしたいこだわりがあるらしい。こけら落としに招待されたので、雰囲気作りにガンマンの仮装で行っただけなんです。「金出せ」も雰囲気で言っちゃったんです、刑事さん。
*
【文披31題 Day12 『色水』】
119.『色水シアター』
#140字小説
保育園の出し物に色水シアターの準備をしていると、演目のお話に「いろんな色を扱うならLGBT要素を盛り込んでは?」という一石が投じられた。いやあの映画界隈でそういうのがあるのは知ってるけど。紆余曲折の末、子どもたちに教えることは一つにまとまった。「色が違うだけで味は同じ」。
*
【文披31題 Day13 『牙』】
120.『はじめての応援上映』
#140字小説
この映画、応援するところあるのかと思っていたが、いざ始まると悪役への罵詈雑言が飛び交う。応援上映ってこんなに牙を剥いていいのか。俺も何か言おうと焦っていると、主人公が姿形が変わっても分かる的なことを言ったので渾身の「キッショなんで分かるんだよ」を放った。俺が罵られた。
*
【twnvday2025/7/14 お題「席」】
121.『空席』
#twnvday
「相席よろしいですか」
どうぞ。
「タバコ、吸っても?」
どうぞ。
「それ美味しそう。ひとつください」
どうぞ。
「唐揚げにレモンかけますね」
ダメです。あいつ、それ嫌ってたから。
「この席、空いてなかったんですね」
埋まるのを、待っています。
「まだ居てもいいですか」
どうぞ。
*
【文披31題 Day14 『浮き輪』】
122.『盛り上がるのはいいんだが』
#140字小説
浮き輪でプールに浮かびながらサメ映画を鑑賞する集いがあるという。似たような企画をできないかと考え、上映は『タイタニック』にした。この選定はなかなか好評で、これを出会いの場にすることで成立したカップルも。でも浮き輪に乗ってタイタニックポーズは沈没待ったなしだからやめろ。
*
【文披31題 Day15 『解読』】
123.『王道バディもの』
#140字小説
映画にはもう関わらないつもりだったが、学者先生から依頼があった。同じ映画をリピートしているらしいが、そんなに面白いのか。「それすらわからない。全編、未知の言語が使われているんだ」どうしても解読したいが金がない、と。学問の助けになることがあるんだな、こんな映画泥棒でも。
*
【文披31題 Day16 『にわか雨』】
124.『恋はにわか雨のように』
#140字小説
昔の映画館は出入り自由だったから、にわか雨をやり過ごすため、雨宿り代わりに観る人もいたらしい。祖父と祖母はそうして出会ったと聞いた。ロマンチックな話だなと思いながら、何の映画だったの、と尋ねる。めちゃくちゃロマンポルノなタイトルを告げられ何か一気に生々しい話になった。
*
【文披31題 Day17 『空蝉』】
125.『映画は人生の清算』
映画ってのは、人生の清算だと思うんです。これまでどう生きてきたかで、その映画をどう見るかが変わる。映画館に抜け殻を残し、生まれ変わって、またこの世に出る。そういう儀式なんですよね。
#140字小説
「あんな大層なこと言って。一週間サイクルで生まれ変わりに行くなよ」
「蝉だと思ってくれ」
*
【文披31題 Day18 『交換所』】
126.『新・三店方式』
#140字小説
「もしかして、要らないなって思ってますか」映画館を出たところで、そう声をかけられた。確かにこの特典は別に要らないなとは思ったけども。気になったので追いかけると、不要な特典を買い取るという小屋があって助かった。その後たぶんメルカリとかに流されることは考えないようにした。
*
【文披31題 Day19 『網戸』】
127.『音なりの付き合い』
#140字小説
隣の部屋の住人の顔も知らないが、映画好きなのは知っている。夏は網戸を通して、隣で観ている映画の音が流れ込んでくるのだ。洋画は吹替派だとか、ジャンルは雑食っぽいとか、そんなことを知れたのは去年まで。今年の窓は締め切られている。潮時だな、俺も。エアコン設置せんと死にそう。
*
【文披31題 Day20 『包み紙』】
128.『みんなで破れば怖くない』
#140字小説
噂には聞いていたがひどい治安だった。止まらないお喋り、普通に鳴るスマホ。大ヒット作のシアターってこんな感じなんだ。だから今まで避けていたのだけど、次の上映のチケットも買った。これだけひどければ許されるはずだ。遠慮なく、フードを買い込んで包み紙をガサガサ鳴らせて貪ろう。
*
【文披31題 Day21 『海水浴』】
129.『旅館の上映会』
#140字小説
家族で海水浴に行くときはいつも同じ旅館に泊まっていて、その旅館では、ロビーの大きなテレビで映画上映会をやっていた。定番の映画でも楽しみだった。旅館で映画という習慣は今でも変わらない。変わったのは、部屋で一人で観るようになったこと、ロビーでは映せない映画を観ていること。
*
【文披31題 Day22『さみしい』】
130.『感想ノート』
#140字小説
映画の感想はノートに書いている。こういうのは語り合うより一人でじっくり考える方が良い。映画を何もわかっていなかったアイツに邪魔されることもない。喧嘩別れして以来だが、最近、美しさよりもぐちゃっとした方が面白いこともあるって、言う通りだったよって、ノートを見せたくなる。
*
【文披31題 Day23『探偵』】
131.『映画探偵、登場』
#140字小説
「映画は常に現実の先を行く。事件は既に映画で起こっているのです」「何だお前は」「私は映画探偵。刑事さん、私は今回と同じ事件を観ています。ある映画でね」「どんな映画だ?」「興行的に爆死した無名映画です」「ストーリーを言えよ」「ネタバレはしない主義なので…」「帰れ無能!」
*
【文披31題 Day24『爪先』】
132.『鑑賞マナー』
#140字小説
後ろの人に座席を蹴られた。マナー違反だと言ってやろうとすると「振り向くな」との声が。「爪先に刃を仕込んである。このまま背もたれごと貫くぞ」脅す気か。何が目的だ。「要求は一つ。席を立たず前を見ていろ。最近必ずオマケシーンあるから最後までいた方がいいですよ」物騒だが親切。
*
【文披31題 Day25『じりじり』】
133.『焦』
#140字小説
上映中は観に行けなかった話題の映画を、ようやく家で観る。これがあの、真剣勝負でじりじりと睨み合うシーンか。無音の緊迫感を味わうため、窓を閉めて車や蝉の環境音を遮断。エアコンと扇風機も気になるので停止。さて…睨み合ってんの長いなオイ。じりじりと太陽に照らされる密室の俺。
*
【文披31題 Day26『悪夢』】
134.『幸せな悪夢』
#140字小説
悪夢のような映画だった。友人がそう評していたのが気になって観てみたが、ホラーですらなく、幸せなホームドラマだった。俺もこんな家庭に憧れる。そして映画館の近くに家を買って…そんな余韻に浸って帰路につき、悪夢の正体を知る。あんな家庭を持ったら、映画って、いつ観にいくんだ?
*
【文披31題 Day27『しっぽ』】
135.『パンダの尻尾は』
#140字小説
「パンダの尻尾って何色だと思う」黒だっけ。「白なんだよ。でも、黒の方がデザイン的に良いよな。そういうウソを優先していいのが、映画の世界なんだよ」そう嘯いたアイツは映画監督にはなれなかったが、たぶんこういうのを撮ってるんだろうなと思いながら、モキュメンタリーを観ている。
*
【文披31題 Day28『西日』】
136.『映画人の宿』
#140字小説
一週間に渡る映画祭が始まる。拠点用に映画館の近くの民宿を借りた。四畳半の夕陽に染まる部屋で、今日見てきた映画をオーナーと語らう。こんなに映画が好きなのにオーナーは祭に行かないのだろうか。思い切って尋ねると「おれは出禁なのさ」と、誇らしげに答える顔は、夕闇で翳っていて。
*
【文披31題 Day29『思い付き』】
137.『入れ子構造のひみつ』
#140字小説
「この映画は、映画を撮る者の映画にしよう」それは福音だった。今までてんでバラバラに撮ってきた数々のクライマックスシーンに、一本の筋が通る。劇中劇ということならすべて成立するのだ。きっと酷評されるが世に出せるならどうでもいい。これが、思い付きだけで映画を撮る者の映画だ。
*
【文披31題 Day30『花束』】
138.『お伝えすること』
#140字小説
「ただいまの上映をご覧になったお客様にお伝えすることがございます」アナウンスされたけど、そんなの私ともう一人しかいない。別々に来ているのに、よく劇場に二人だけになるので仲良くなった人。その人は、何だか緊張しながらスタッフから花束を受け取った。そしてそのまま、私の前に。
*
【文披31題 Day31『ノスタルジア』】
139.『映画は過去』
#140字小説
映画とは、輝かしい過去である。そこには故郷があり、青春があり、いつまでも浸っていたくなる。でも金がかかる。仕方ない今日は安上がりに過去じゃなく未来で済ませるか、と、いうことで、玄関を出る前に呟く。「インディペンデント・ドキュメンタリー映画『人生』」よーい、アクション。
*
140.『幽霊に会うために』
#140字小説
何で墓参りなんかしないといけないんだろう、大人になると墓場が怖くなくなるのか。じいちゃんは「そういうわけじゃない。大人になると、墓場に行ってでも会いたい幽霊ができるんだ」といつだったか言っていた。自分が大人になったかはわからないけど、そうだな。じいちゃんに会いたいよ。