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「って、待ちなさいよぉぉぉおお!! っっ!! いったぁぁぁぁああぁぁぁいぃっっ!!」


「お嬢様っっ!!」


 夢? から覚めた私は、その勢いのまま体を起こしたのだが、全身の激痛に悶絶した。

 どうなってるのよ、この体?! 頭おかしいんじゃないの?! と怒りが込み上げてくるほどに全身が痛い。

 もう痛いなんてもんじゃない。いや、痛いのよ、本当にね。

 あの子、こんな体で生き延びてたの?! って驚くくらいに、きっとこの体はボロボロだろうと痛感するほどに全身が悲鳴を上げていた。


「急に起き上がってはいけません!! お嬢様は絶対安静な体なのです!! 一週間も目覚めなかったのですよ?! 急に起き上がっては危険です!!」


 ルアナの元乳母であり、現在唯一の侍女である、私が最初に見たおばさん『マーガレッタ』が心配そうな顔をしながら私をゆっくりと寝かせてくれた。

 ルアナの記憶は私の中にすっかりと収まっているものの、私の脳の処理が遅いのか取り出すのに時間がかかる。

 馬車の事故から一週間経っているようなのだが、ずっと眠っていた状態のルアナはそのことを知るはずもないから記憶に残ってはいなかった。


 ルアナの最後の記憶は、馬車の扉が開いて外に放り出され、体が地面に叩きつけられた時のものだった。

 もうね、記憶だけで全身が痛い。

 私の元いた世界とは違う、ろくに舗装もされず、砂利や草が生えている地面。そこに打ち付けられて転がる体。

 馬車からほおり出された体は人形のように地面を転がり、痛みに声も上げられないまま、最後は木に強か背中を打ち付けて停止し、その後意識を失っていた。


 記憶を覗いただけでも痛くて怖いのに、それを実際に体験してしまった可哀想なルアナ。

 体の痛みに涙が出そうだけど、それ以上にルアナの恐怖を考えると胸が痛んだ。

 まだ十七歳だというのに(ルアナは現在十七歳だったわ! 入学して一年経っていたのね)あまりにも不憫すぎるわよ。


「お嬢様、喉が渇いていらっしゃいますよね? 今、薄めた果実水をお持ちいたしますので、どうか動かず、そのままでお待ちください」


 マーガレッタがいそいそと部屋を出ていった。


「はぁ……ルアナ、あなた、どんな人生を送ってきたのよ……全くもう……」


 私の中にすっかり居座っているルアナの記憶をゆっくりと眺めてみる。

 妹の読んでいた小説の中のご令嬢は、いわゆる『ドアマットヒロイン』と呼ばれる、踏んだり蹴ったりな、踏みにじられる女の子が最後に笑うものが多かった。

 ルアナはドアマットヒロインではなさそうだが、家族関係が希薄で、寂しい女の子である。

 貴族ってよく知らないけどそんなものなのかしら? 妹の小説の中の子達もみなそんな感じだったけれど。


 公爵としての仕事と、外に囲った愛人との生活に忙しい父。

 そんな旦那には無関心で、家の中に執事と称して愛人()を囲い、公爵家の財力を湯水のように使っては贅沢三昧の母。

 両親に愛想をつかしつつも、公爵家の後継として早く父をその座から下ろしたいと画策している兄。

 女の子として生まれてきたルアナは、小さい頃からずっと「公爵家のために役立つ男と結婚することがお前の役割だ」と言われて生きてきた。

 私から言わせたら「馬鹿じゃないの?! 今どきそんな話、流行らないわよ!!」と思うのだが、ルアナの生きているこの世界では、貴族の女は家の役に立つ男の元に嫁いでなんぼな生き物なのらしい。

 ナンセンスすぎる!!


 十歳で決まった王子との婚約。

 婚約が決まった時の父親の顔をルアナは強烈に覚えていた。


「よくやった、でかしたぞ、ルアナ」


 ほぼ初めてに近い父親からの褒め言葉と満面の笑み。

 ルアナはそれが相当嬉しかったのだと思う。だから強烈に記憶に残っているのだろう。

 それしかないことが悲しいとは思わないことが私からしたら問題で、とても悲しいことだと思うのだけど、そんなことを思いもしないほどにルアナは貴族子女としてこの異様な状況を『当たり前』として受け止めていたのだ。

 ますますもって不憫である。

 この世界の貴族がみんなこんな感じなら、そりゃこうなるのだろうけど、私はこんなの普通だとは思わないし、不快でしかない。


「ルアナは私にこの体をくれたのよね? なら、私の好き勝手に生きていいってことよね? ルアナ? 私にこの体をくれたこと、後で後悔しても知らないわよ? 私、本当に好き勝手に生きてやるわよ? 本当にいいの?」


 返事が返ってくるはずもないのに、私はそう呟いた。

 脳の奥の方でルアナがクスクスと笑ったような気がした。


「さーて、まず私がすることは……」


 体はまだ満足に動かせそうもないけれど、それでもやるべきことはある。


「この殺風景で、女子力の欠片もない部屋を大改造することよね!」


 ルアナの部屋は「どこの男子だよ!」と言いたくなるほどに色味もなにもないものである。

 十七歳の女の子なら一つくらいは持っていそうな可愛い小物の一つもないのだ。

 家具は全てナチュラルウッド、すなわち木目を活かして色なんて塗られていない、可愛げのないものばかりが並んでいる。

 それがルアナの好みならば許してあげるが、そうではない。

 素材だけは良いものを適当に宛てがわれた結果、こんな部屋になっているだけ。

 ルアナ自身は自分の好みすら把握しておらず、なんとなく他の女の子が身に付けたり持っていたりする可愛いものを見て「いいなぁ」と思うこともあったがそれだけ。


「女子としてそれはどうなのよ、ルアナ……」


 ため息しかでない。

 別にお金を使うことを禁止されていたわけでもないのに、与えられたお小遣いを自分のために使いもせず、与えられた役割(淑女教育とか王子妃教育とかね)だけをこなして生きてきた哀れな少女。

 私がこれからそんな人生を送るなんて真っ平御免よ! せっかくこうして身も心も女になれたんだから、好きなように生きるわよ!

 こら! 心も、で笑ったそこのあなた! 私、心は女よ?! 笑うんじゃないわよ! 全くもう! 失礼しちゃうわ!

 さてと、忙しくなりそうね。

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