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01

新連載始めました。


今まで書いていたものは気分がノリ次第更新を進めようと思います。


相変わらずのゆるふわ設定です。

深く考えず、つっこまず読んでいただければ幸いです。


よろしくお願いします。

 視界の端に小さな子供が見えた。そしてその奥には大型トラック。

 慌ててそちらへ視線を向けると、歩道で話に夢中の母親の群れと、その群れから外れ、車道にしゃがみこむ五歳位の男の子の姿。

 車体の高いトラックからは男の子は見えていないのか、速度を落とすこともなく走ってくるそれとの距離は恐らく十メートルもないだろう。

 私の体は無意識に走り出していた。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 二十八年生きてきた中で最高速度の走りを見せたのではないだろうか?

 話に夢中になっていた母親達は、野太い雄叫びを上げながら全速力で走ってくる私をギョッとした顔で見ているが、まだ男の子には気付いていない。

 今更気付いたところで間に合いそうもないだろう。

 私の雄叫びに男の子も気が付きこちらを見た。

 明らかに怯えた表情に心が少し抉られたが、そんなことで足を止める時間はない。

 トラックはもう男の子との距離を数メートルといったところまで迫っていた。

 私と男の子の距離はあと一メートルといったところ。

 速度を緩めることなく男の子に近付けた私は、男の子の体を歩道へと押しやった。


「きゃぁぁぁあああ!!」


 誰かの悲鳴が耳に届いた。

 全速力で走ってきた体は急に止まることなど出来ず、引き寄せられるようにトラックの方へと進んでいった。


──キキーーーッ!!


 ここにきてようやく私に気付いたトラックが急ブレーキを踏んだようだが、私同様トラックもすぐ止まるはずもなく、不快な音を悲鳴のように上げながら私へと向かってきた。


──ドンッ!!


 鈍い音を立てて私にぶつかったトラック。

 その衝撃だけで意識が飛びそうになったが、不思議とその瞬間には痛みを感じなかった。


『痛みは後から遅れてやってくるもんよ』


 誰かが言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。

 きっと私はここで死ぬのだろう。思えば人に迷惑ばかり掛けてきた人生だったわね。

 一瞬とも永遠とも思える時間の中でそんなことを考えていた。

 そして、私の意識は闇の中に溶けていった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「お嬢様?! お嬢様?!」


 見知らぬ声が呼んでいる。

 目を開くと見たこともない天井が見えた。

 天鵞絨(ビロード)の生地でも貼られたような深緑色の落ち着いた色合いの天井には、細やかな模様が描かれていた。

 美術の成績が壊滅的だった私にその美しさを説明しろと言われても無理な話だ。そんなものは専門家に頼んでくれ。


「お嬢様?! わたくしが分かりますか?!」


 視界の中にヌっと割り込んできた中年のおばさん(ごめんあそばせ)は、涙で顔をぐしょぐしょに濡らしていた。


──ズキッ!


 こめかみに痛みが走り、脳に誰かの記憶が流れ込んできた。

 精神を侵食されるとはこういうことなの?! とにかく気持ちが悪い。自分の中にドロドロと別な生物が割り込んでいくような気持ちの悪い感覚に吐き気すらしてきた。


「お嬢様?! お嬢様?! お嬢……」


 おばさんの叫びに似た声が耳に届いていたが、急激な車酔いのような気持ち悪さが襲ってきて私の意識は再び途切れた。



 誰かが泣いている。

 押し殺すようなすすり泣きは、聞いているだけでとても切なく、こちらまでもらい泣きしてしまいそうな悲壮感が漂っている。

 辺りを見渡すと、そこは白いモヤが漂うだけの空間で、私の他には少し先の方でうずくまる女の子の姿しか見えない。


「あら? 私、事故に遭ったはずじゃ?」


 ここにきてようやく私はあの事故を思い出していた。


「やだ、やっぱり私、死んじゃったってこと? じゃあここ(・・)ってあの世? それともあれかしら? あの世とこの世の狭間ってやつかしら?」


 自分が死んだかもしれないという状況なのに、私は案外冷静だった。不思議と恐怖は感じなかったから。

 泣き声の主はしゃがみこんでいる女の子のようだ。私とあの子しかいないのだから当然だろう。


「なにを嘆いて泣いているのかしら?」


 元来お節介なところのある私は、吸い寄せられるように女の子に近付いて声を掛けていた。

 そっと顔を上げた女の子は、私を見て目を見開いた。

 それもそうだろう。まだ十二、三歳の少女が私みたいなのを見たら驚くだろう。

 そもそも着ている服の感じからして、私とは住んでいる世界も時代も違うようだし。


 女の子は赤みの強いオレンジ色の柔らかそうな髪(どうなってるのかしらね、その髪色)を腰まで伸ばし、私の妹が読んでいた漫画の中でしか見たことがない、異世界のお嬢様が着ているようなモスグリーンのドレスを着ていた。

 ドレスのスカートには中央から裾に掛けて金糸で細かい刺繍が施されている。

 見るからにお高そうだと分かる服だけど、私が住んでいたあの時代のあの世界にそんな服を着ている人間はいなかった。

 いたとしてもコスプレのイベントに少しいるだけで、それだってよく見ると安物だと分かるペラペラテロテロな生地で出来ていた。目の前の女の子が着ている高級感なんて微塵もなかった。


 対する私の格好はというと、パーマをかけた、色染めもしていない、肩より少しだけ長い黒髪を一つにまとめ、鬼リピしていたお気に入りの紺色のシンプルな膝丈ワンピースに、花の透かし模様の入ったストッキングをはき、足元は新しく買った黒に銀色の金具が実に愛らしいミュールである。

 メイクはしていても、まだ夜用メイクではなく、とても薄付きなナチュラルメイクなため、ひょっとしたら口の周りに青いものが浮かんでいるかもしれないけれど、そこはご愛嬌である。


「……貴方、男の人、よね? どうしてそんなおかしな格好をしているの?」


 これは私の、いえ、世の中の仲間達のためにも、少しばかりお勉強が必要のようね。

 私は女の子に向かってニッコリと微笑んだ。


 

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