生徒会から傭兵のスカウトが来たんだけど
俺―――夜船 響也は入学したばかりの平凡な高校生だ。
俺には家の関係で少し特殊な事情があるが、それも含めて平凡だと思う。
誰にも特殊と言えるところはある。目が悪いとか、人より背が低いとか、最近では珍しくなっているという、読書が趣味とかだ。
最後のはともかく、最初の2つはマイナスなことだろうと思う人もいるだろう。俺もそう思う。
なぜって、今の時代のニーズに合ってないからだ。俺の特殊な事情―――家が代々続く武家で俺の体にも武術が叩き込まれているということも、今の時代のニーズに合っていない。
今の時代のニーズは知能だ。武術が使えてちょっと強いからってそんなにいいことは無い。
つまり、俺が何を言いたいかって言うと、平凡なやつを傭兵のスカウトなんてすんな!
「いってきまーす!」
朝、元気に声を出す。無駄にでかい家に声は響くが、返事は帰ってこない。
当たり前だ。家族は俺以外、全員仕事·····趣味で出かけている。
俺以外の家族が全員同じ趣味という、俺を省いて仲良し家族の構図だ。
俺からしたら趣味にしか見えないあれは、世間一般で見れば仕事なのかもしれない。
まぁそこは、人の感性に委ねられる。
くだらない思考を打ち切り、学校の方へと意識を向ける。
今時珍しい横開きの扉をガラガラと開け、少しの庭を歩き門を開ける。
門を開けると、門の近くの人は1度こちらに振り向き、いそいそと視線を元に戻す。何度も見た光景だ。
小さい頃はなんでか分からなかったが小学校高学年の時、1度だけ親友ともいえる友達を家に誘ったことがある。
そして、ここに住んでいると言えば裏社会の人が住んでそうと言われた。
そこでやっと理由が分かった。そして、じいちゃんに文句を言いたくなった。センスが悪いと。
ま、じいちゃんは優しいんだけど本当に裏社会で活躍してたのかと思うほど顔が怖いから、文句なんて言えなかったけど。
代わりに、親父に文句をつけたら、かっこいいじゃないかと言われた。
どこがだよ、センス悪すぎるわ。
当たり前だがこんな家のせいで、友達を家に誘うことはできなかった。
さっき言った親友は遠くに引越して、学園も電車通学するような遠いところだから俺が迂闊なことをしない限り、バレることはない。
「おはよう」
登校して自分の席へと座ると後ろから声が聞こえた。
「おはよー」
その声への返答が聞こえ、後ろを向いて声を出そうとするのを寸前で止める。
あぶなッ。
後ろの人とは2、3回しか話したことはない。
だけど、話しかけてくれたのかなと思ってしまった。
その勘違いを周りにお披露目してしまっていたら、俺の高校ライフは残念なことになっていたに違いない。
ナイスファインプレー。
俺と素早く返答をしたクラスメートを心の中で称える。
ちなみに後ろの席は男子で、返答したのは女子だ。
入学したばっかりで、席も遠い。なのに女子と挨拶をできる仲を築いている。
このことで分かる通り、後ろのクラスメートはイケてる方だ。
俺? 俺はスタートダッシュミスったタイプだ。
いや、だって仕方ないだろ。俺熱出してて、一昨日が初登校になったんだよ。ウキウキで学園に来たら、もうグルーブが形成されてて、誰だこいつて目で見られたんだぞ。
やばい、また1日が経ってしまった。
このままだったら、ボッチコース一直線だ。
終礼が終わり、まだ部活にも入っていない俺はすぐに帰る準備をして教室から出ようとする。
『1年2組の夜船 響也くん至急生徒会室まで来てください。繰り返します―――』
え? 俺一昨日この学園に初登校して来たんだぞ。
何か問題を起こした記憶もないし·····何か呼ばれるようなことしたか?
周りの視線が突き刺さる。 一応名前は覚えられているようだ。
空気では無かったことに安堵するが、このまま視線が突き刺さるのは耐えきれない。
うろ覚えの生徒会室へと向かう。
確かここら辺に·····あった。
歩くこと10分。森を抜けた先に旧校舎があった。
なんで旧校舎まで来たかって? 俺が聞いた話では旧校舎を取り壊す取り壊さない問題の際にあーだこーだなったらしい。まぁ、入学したての俺にはよく分からん。
結果的に取り壊さないことに決まった旧校舎は、使う予定がなかったため中にある生徒会室と一緒に生徒会に贈与された。
生徒会室のある旧校舎を丸ごと贈与と言うと、生徒には破格の贈り物だと考えると思うがそんなことはない。
噂で聞いたことなのだが、経費削減のために、生徒会で綺麗に保存―――つまり掃除しとけよと丸投げされただけらしい。
学園としてそれはどうなのかと思うが、所詮噂で、さらに贈与された側の生徒会はそれほど嫌がってないということで今のところ問題にはなっていない。
もう一度旧校舎を見上げる。
旧校舎はレトロな雰囲気で意外とおしゃれだ。そこまで古臭くもなく、小綺麗に掃除されている。生徒会がきちんと保存しているらしい。
だが、だからこそ今回の呼び出しは不思議だ。生徒会は悪い噂など以ての外で、素行も良く、先生たちからも信頼されている。なのにいたずらに呼び出して、一般生徒をこんな場所まで歩かせるとは思えない。
俺本当に何かしたのかな…?
もう一度これまでの行動を振り返る。振り返るといっても今日合わせて3日間だけだから、正確に素早く終わった。
結論、俺は何もしていない。
本当に何もしていない。スタートダッシュをミスって友達もできず、形成されているグルーブに入りに行く勇気も出なかった。
だから俺はずっと椅子に座っていた。立つのは移動教室かトイレの時ぐらいだ。
噂を聞いたのも盗み聞きだったしな。
あー、虚しくなってくる。
このまま行けばボッチコースの事実を突きつけられて、テンションも幾分か下がってしまった。
テンションが低いまま旧校舎の扉を潜る。
中もまたおしゃれで、明治時代ぐらいのレトロな雰囲気だ。
そして、俺の足は止まる。あることに気づいたからだ。
生徒会室がどこか分からん。
俺が知っているのは生徒会室がある旧校舎ってだけで、中の構造は全く知らない。
どうしようか、と悩んでいると
「何をしているんだ?」
門の開く音と一緒に後ろから声が聞こえる。
「いやー、生徒会室がどこか分からなくて」
朝の件もあって、慎重に後ろを向いて、俺に話しかけたことを確認してから返答する。
「迷子か·····」
「しょうがないだろ、ここに来るのは初めてなんだから」
哀れみの視線を向けられたから、言い訳をした。
「あぁ、君が夜船 響也か」
「なんで知ってんの?」
その通りだが、俺は目の前の男子生徒のことは知らない。初対面だ。
俺は入学式を休んで一昨日からの登校だが、それだけで有名人になる訳は無いと思う。
「放送で生徒会室に呼び出した張本人だからだよ」
「あー」
すっかり思考の外にあった。
「そういえば、迷子だったな。僕が生徒会室まで案内しよう」
なんと、目の前の男子生徒は案内してくれるらしい。ありがたい。
「ありがとう、君の名前は?」
「俺は傑だ。名字は気にしないでくれ」
名字を名乗らなかったことがすごく気になったが、本人から明確な拒絶があったため詮索はやめておく。
「俺は知っての通り、夜船 響也だ。よろしくな」
「あぁ」
俺は傑と握手をして、心の中では大きなガッツポーズをする。
やっと、友達が出来た。友達と言っていいか分からないが、仲良くなれるような気がする。
傑が「こっちだ」と言うため、着いていく。
しかし、着いた先は生徒会室では無かった。学年とかクラスが書かれているあのプレートには理事長室と書かれていた。
「さあ、ここが生徒会室だ」
傑は当たり前のようにこう言っているため、俺の頭の中はぐるぐると混乱していた。
とりあえず勧められるまま中に入ると、目に入ったのは白い天井に高級そうなシャンデリア。地面にはふかふかの赤い絨毯。そして、部屋の奥には高級そうな執務机。
どう見ても、生徒会室には見えない。完璧に理事長室だ。
「あのさ、ここ本当に生徒会室?」
新しくできた友達に心の内を吐く。
「そうだよ、理事長様がくださったありがたい生徒会室だ。生徒会長が間違える訳無いだろ。といっても、この旧校舎は生徒会の物だから全ての部屋が生徒会室と言えるがな」
傑は生徒会長のようだ。
それにしてもなんか、言葉に棘を感じるのは気のせいだろうか。ありがたいとか言ってる割にはありがたそうでは無い。
やっぱり掃除を任されているのは嫌なのかな。
生徒会の人も人間なのだからこんなでかい建物の掃除をさせられるのはイラつくのだろう。
てか生徒会に何人いるか知らんけど、よくこんなだだっ広い校舎綺麗に掃除してるな。
本当にすごいと思う。
「傑ー! 夜船くん来ないんだけどどこに行―――」
傑を呼ぶ声が聞こえる。そして、理事長室の扉を開けるとその声も止まる。
「あー、響也ならここに―――」
「こんの馬鹿傑! 私がどんだけ待っていたと思ってんの!」
赤髪の勝気そうな女子生徒がドシドシと部屋に入ってくる。
どうやらこの人はずっと本当の生徒会室で待っていたようだ。
「えーと、ごめん?」
この続きは会って間もない俺でも分かった。
「ごめん? じゃないわよ!」
予想通り平手打ち、かと思えば炎を手から打ち放った。
は?
呆気に取られながら炎が迫っている傑の方を見る。
傑は抵抗をすることなく体に当たった、と思えば何も無かったかのように突っ立っていた。
もう意味がわからん。女子生徒の方は何も無い所から炎を打ち出し、傑は抵抗することなく当たったのに無傷だ。
見方を変えて炎がマジックだと思えば全ての辻褄が合うけど、炎は当たった瞬間にバーンて音したし、何か傑の周りに薄い膜みたいのが見える。
夢でも見てるのか思って頬をつねるが、普通に痛かった。
夢ではないようだ。
さっき仲良くなれそうって言ったのは取り消す。この人たちやばい人だ。
「これがあなたを呼んだ理由ね」
何事も無かったように言ってくる。
何を言ってるのか分からない。
「いやそれじゃ全く伝わらないだろ、俺が説明する。まず、今の力についてだな。今のは悪魔と契約して得た能力だ。あぁ、質問は後にしてくれ、先に全部説明する」
悪魔と契約とか厨二病の会話でしか聞けない単語が耳に入り、質問しようとするが止められた。
今の時点で理解できない。
「悪魔とは魔界から依頼を持ち出して来た存在だ。魔界の質問はしないでくれよ、俺も生徒会室と繋がっている化け物たちがいる場所としか説明できない。そして、その悪魔から持ち出してきた依頼―――悪魔曰く悪魔の依頼はその化け物を傭兵として排除することだ。化け物っていうのはゲームに出てくるような敵だ。さて、質問はあるかな?」
質問はありすぎるが、まず俺は聞かないといけないことがある。
「なんで俺がここに呼ばれたんですか?」
「それは―――」
「失礼しますよ」
傑が言葉を言い切る前に、開けっ放しの扉から入る竹刀袋を背負う女子生徒の声に遮られる。
女子生徒はショートカットに竹刀袋と、俺の中のイメージのThe剣道部だ。ま、俺のイメージは結構実際の剣道部とはズレているとは思うがな。それにしも、めっちゃ可愛いな。
「傑先輩たちなんで生徒会室にいなかったんですか?」
「だからー、ここも生徒会室だって」
どうやら理事長室を生徒会室と呼んでいるのは傑だけのようだ。
てか、傑"先輩"たち?
「傑って年上なの?」
「そうだよ、今年度から2年生だ」
同学年だと思っていた。
よくよく考えてみたら生徒会長なのだから同学年の訳がない。当たり前のことだった。
「東先輩、この人誰ですか?」
俺の事を指差しながら、赤髪の女子生徒―――東先輩に聞く。
なんで傑に聞かなかったのかと言うと、俺と一緒に「何当たり前のこと言ってんだよー」とかだべっていたからだ。
「夜船君よ、凪ちゃんと一緒で武家の子なの」
「なんで知ってんの」
俺は中学校から一度もそのことを口にしていない。
「あたしの時もこうだったから気にしたら負けですよ」
「そうなのか·····まぁいいや、夜船 響也だ。よろしくな」
怖い事実からは目を背け、自己紹介をした。傑の後輩てことは俺と同学年のはずだ。
「ああ、あなたが時代遅れのヘボ武術の薙刀にこだわっている夜船 響也ですか」
さっきまでのある程度は礼儀を弁える態度がいきなり豹変し、挑発的になった。
「は? 薙刀が時代遅れだと?」
「だって事実でしょう。薙刀って人馬対策の武器でしょ、知らないんですか? やっぱり夜凪流って馬鹿の集まりですね、刀が1番強いってことも知らないみたいですし」
いきなり敵意MAXだ。
「刀·····凪·····お前あれか、次世代の双翼って言われている小倉 凪か。これで納得だ、お前のお父さん俺の親父にボコボコにされてるもんな。逆恨みで自分より優れている武術を馬鹿にしてしまっても仕方ないよな」
いらついたから心底可哀想に言ってやった。
「それ何回目の話ですか、今は99勝99敗1引き分けですよ。それにしても、双翼の片翼があなただなんて誰が決めたか知らないけど目腐ってますね」
「こっちのセリフだ」
「まぁまぁ、落ち着いて。今はそんなことどうでもいいじゃないか」
俺とこいつの口撃の攻防にフリーズしていた片方の傑が止めに入ってくる。
「「よくないッ!」」
「ひッ」
声がハモってしまった、何も嬉しくない。
「とりあえず落ち着こ、これじゃいつまで経っても決着がつかないよ」
「じゃあどうしろって言うんですか?」
また俺が考えてることが一緒だ。
「魔界に行きましょう、それで化け物を決めた時間内で多く倒した方を今回は生徒会に入れるってのはどう?」
「あたしはそれでいいですよ」
「俺も」
べつに生徒会には入らなくてもいいが、それを言えば「自信ないのか?」と言われる気がしたから言わない。
同数だった場合どうするのかを聞かないのも一緒の理由だ。
「それじゃ、行きましょうか」
「でもどうやっ―――」
言い切る前に禍々しいドアが執務机の後方に現れた。
傑の手には禍々しい鍵がある。あれで開けたのだろうか。
「ほら、早くっ!」
言い争いしていたはずの2人から一斉に口撃されて撃沈していた傑が、何事も無かったかのように黒い渦が巻いてるドアを潜る。
「傑、魔界が好きなのよ」
東先輩が苦笑いしながら言ってくる。
そりゃあ、楽しいだろうな。化け物がいたとしても悪魔と契約したとかで手に入れたあの能力があれば危険ないだろうしな。
「あ、そうだ。はい」
薙刀を投げ渡してきた。事前に準備していたのだろう。だが、抜き身の状態で投げてくるのは普通に怖い。
そして、東先輩も傑に続く。
俺らも目で牽制しあいながらどっちが先に行くか決める。
「やっぱり怖いのか」とか言われそうだから先に行きたいが、本当に怖いから中々1歩目が出ない。
だが、どうにか勇気を振り絞り、中に入る。
目に入ったのは黒、黒、赤、黒。
地獄ってこんな場所なんだろうなーを忠実に再現したような景色だ。
そして、化け物も現れた、水色のスライムだ。
地獄みたいな景色にポヨンポヨンて跳ねるスライムは場違い感すごい。
ふッと薙刀を振ってスライムを両断する。
薙刀は馬か人に対して使うことを想定して出来上がった武術だ。
夜凪流もそれには変わりないため、化け物に通用するかは少し心配だったが大丈夫のようだ。
「今のは倒した数にはカウントしないよ」
どこからともなく東先輩と傑が出てきた。
まぁ、べつにこれはいい。不平等だと言い訳されたくないからな。
「分かってますよ」
「そう?あたしはべつにいいですよ? そんなズルされても勝てますから」
こいつも入ってきたようだ。
いちいちうざい。
「はいはい、喧嘩はやめようねー」
「べつに俺はしてませんよ、こいつが勝手に―――」
「だーかーらー、喧嘩はやめようね?」
両方の手のひらの上に、拳大の火の玉を作り出し、打つよと笑顔で脅してくる。
炎は維持することもできるようだ。
「「すみません·····」」
俺まで謝された。
「よーし、早く行こうぜー!」
傑がうるさい。
「じゃあ今から1時間ね、よーいスタート!」
なぜか傑が走りだしたが、止められた。
「な、なんで…?」
「あなたもカウントする係でしょ?」
「そんなー·····」
俺はそんな会話を聞きながら適当な方向へ走りだす。
後ろを見れば傑が着いて来ている。どうやって計るのかと思ったけど、直接見に来て計るようだ。
1番確実な方法だ。
俺は見られているのを気にしないで、化け物を見つけて殺す、見つけて殺す。そういった風に殺戮マシーンと化して殺していく。
倒す度に何体目ー!て声が聞こえる。
今は14体目だ。見つけるのに意外と時間がかかっている。
「残り10分だぞー!」
傑が叫ぶ。
傑は叫ぶほど遠いかって言われると微妙な距離にいる。
あの能力があるんだしこっちに来ても大丈夫だと思うんだけどなー。
「あ、いた」
あいつがやって来た。恐らくさっき傑が叫んだ声を頼りに来たんだろう。
「お前何体倒した?」
「14体」
「同数か·····」
今のところ同数のようだ。あまり認めたくない事実だ。
ところで·····本当に今更なんだけど、なんで旧校舎に抜き身の状態の薙刀があったの?
てかこいつの竹刀袋の中真剣だったのかよ、法律無視しすぎだろ·····
「おーい、こっちに―――」
「グゥウオオオッ!!」
あ、俺死んだ…
その叫び声の主を見た瞬間、そう思った。
どこからともなく現れた斧を持つ巨体―――ミノタウロスは、のしりのしりと歩いてくる。
その巨体が1歩を踏み出すだけで地震が来たのかと錯覚するほどの振動が来る。
べつに俺が何かをされた訳ではない。だが、体が動かない。背中に気持ちの悪い冷や汗が流れる。
「ははっ、はは·····」
もう笑うしかない。ミノタウロスは5mに届くのではないかと思うほどの巨体だ。
ミノタウロスは歩を止めたと思えば、横を向く。そこには俺と同じで恐怖で動けなくなっている傑がいた。ミノタウロスは嘲笑うようにゆっくりと顔を近づけ、口を開ける。
動けッ、動け!
傑を助けるための1歩が踏み出せない。これまでのスライムとかの化け物とは訳が違う。見ただけで生物としての格の差を思い知らされた。
バーン!
爆発音がミノタウロスの後頭部で鳴る。
「こっちよ! 傑は美味しくないわよ!」
東先輩が炎を放ったようだ。
「おい、3秒数えたら一緒に行くぞ」
俺と同じで隣で固まっている刀野郎に伝える。
今も動ける気はしないが、もう言ってしまったからには無理にでも動こう。
「仕方ないですね」
本当に仕方なさそうに言われた。
俺もお前と共闘なんて嫌だってんだ。
「1、2·····さ」
「うわあああッ」
東先輩の炎にひるんでいたミノタウロスだが、すぐに持ち直して傑を丸呑みした。
「くそッ」
傑の能力がどれだけ防御性があるのか知らないけど、すぐには死なないと思う。だけど時間が経てば分からない。
だからそれまでにミノタウロスを倒さなければ傑は死ぬ。
そう思うと、恐怖に囚われていた体が動いた。
あいつは未だ動けないでいる。
さっきは見栄を張っていたようだな。俺もだけど。
「きゃッ」
東先輩は食べられた傑を助けるために炎を何度も放っていた。が、その攻撃にうんざりしたのかミノタウロスが斧を振り下ろす。斧は直撃しなかったものの斧は岩に当たり、東先輩に飛礫が襲いかかる。
傑のように体を守る能力を持っていなかった東先輩は飛礫が頭に当たり、倒れてしまう。恐らく気絶したのだろう。
いよいよ戦えるのは俺だけになった。
俺が負ければここにいる全員は死ぬ。そうプレッシャーを自身に掛ける。絶対勝つためだ。
そして、足場の悪い地面を走ってやっとミノタウロスまで辿り着いた。
でかい。
近くで見ると、改めて体格差を見せつけられ、怯みそうになる。が、今回は止まることなく駆け抜ける。
ミノタウロスが斧を振るってくるが、薙刀で上手く受け流す。だが、力の差が圧倒的なせいで重心が後ろに逸れてしまう。
重心が後ろに逸れただけで済んだことは褒めて欲しい、片手だけなのにとんでもない馬鹿力だ。
ミノタウロスは俺の決定的な隙を見逃さず、止めを刺すように度斧を振るってきた。
振るってきた斧を体を後ろに逸らし、ギリギリで避ける。顔を少し掠った。
そして、そのまま重心が後ろにあるのを利用し、バックステップで斧のリーチから離れる。
何度も攻めていき、そのようなことを4回続けた頃には、俺の体力が限界を迎えていた。
荒れ狂う呼吸を落ち着かせ、汗を拭う。
次がラストチャンスだ。
薙刀もそろそろ限界だ。薙刀は馬鹿力で振るう斧を受け流すために使ったため刃がボロボロでなまくらになっている。
「グォオオッ!」
今回は珍しくあっちから攻めてきた。
ミノタウロスが斧を振るう。薙刀はボロボロなため、体を捻り避ける。が、振るった斧をそのまま面で当てて来た。
やばいッ。
薙刀の棒の部分を盾にして体に直接当たるのを防ぐが、体はミシミシと音がする。
「ガハッ」
吹き飛ばされた体は数回バウンドして、止まる。
もう動けそうにない。骨は折れている気がする。それに、何より勝てるという気になれない。
決定的な一撃が決まらないのだ。高さもあるし力の差もある。勝っているのは得物の技術だけだ。
ミノタウロスが醜悪な笑みを浮かべ、ゆっくり歩いてくる。
あぁ、そういやまだ1つ勝っている点があったな。
ミノタウロスの後ろから音もなく迫っているあいつを見つけた。
「グォオオオーー!」
あいつが内太ももを刀で斬ると、ミノタウロスが声を上げる。
苦しそうだが、怒りの方が強そうだ。
あいつはミノタウロスを斬ったらそのままこっちまで走ってくる。そして、そのまま座り込んでいる俺を肩で荷物を持つように抱える。
痛い、痛い!
口にはしないが、骨が折れているであろう場所がちょうど1番痛い体勢だ。
「自分で走るよ!」
恥ずかしいのと痛いというダブルパンチで、自分で走ることを申告する。
「あ、そう」
これまた荷物を投げるように降ろす。俺、60キロあると思うんだけどな·····
馬鹿力は羨ましい。
「もうちょい丁寧に扱ってくれよ」
「ボコボコにされた方が悪い」
「お前ビビって動けなかっただろ!」
流石にそれは酷い。
「それは·····ごめん」
「あ、あぁ」
素直に謝れるとは思っておらず、反応に困った。
「あー、じゃあもう一度3秒数えるから今度こそ一斉に行くぞ」
「うん」
なんか普通に落ち込んでいるのを見て、居た堪れない気持ちになり、もう1回同じことするからこれで万事解決ってことにしたかったのだが、その意図は伝わってるかは分からない。
素直に大丈夫とか言えば良かった。全然許してないけど。
「1、2·····3!」
今度こそ言い切ることができ、一斉にミノタウロスに向かって行く。
スピードはあいつの方があるらしく、先にミノタウロスの元へと辿り着いた。
襲い来る斧を刀でずらし、避ける。そしてそのまま突っ切ろうとするが、俺の時と同じでミノタウロスは斧の面で吹き飛ばそうとする。
それは知ってんだよ!
「おらッ!!」
薙刀の長いリーチを活かし、斧が加速しだした所で向かい合う形になりミノタウロスの手首を斬る。少し斬れただけだがそれで十分だ。
斧を握っていた手はその数秒握力を失い、斧を手放してしまう。斧は加速していたため、投げ出されるが見当違いの所に放り出された。
その間にあいつはミノタウロスのすぐ足元に駆けていた。
俺がさっき同じことをされていたのを見て、今度は防いでくれると信頼してくれたのだろう。
信頼なんてされてないと思っていたのに意外だ。
信頼には信頼で返さないとな!
俺はあいつのことを全面的に信頼することにして、ミノタウロスが執拗に内太ももを攻撃されるのを防ぐのに注意を払ってるのを利用し、後ろに周り込む。
こちらに注意が向いてないからと言って後ろに周り込むのは簡単じゃない。だが、俺にはできる。
身を屈め、体全体、意識までもを周りに溶け込ませるように走る。その際にはー、ふぅ、すぅーーと親に教わった独特の呼吸を何度もする。
これは緊張とリラックスを交互にして、爆発的に身体能力を上げる呼吸法だ。
存在を薄め、敵の懐に入ったところで爆発的な攻撃力で敵を仕留める。この2つが夜凪流の基礎であり、奥義だ。
だが、この呼吸法には致命的な弱点がある。1分間経てば、体を限界以上に動かした代償にほとんど動かなくなる。歩くことは数分経てばできるが、走るのは1日経たないとだめだ。1分で敵を倒せなければ敗北が確定し、俺は死ぬ。
信頼するとはそういうことだ。
「ふんッ」
後ろに周り込むことに成功した。そして、無警戒の所で、足の腱目掛け薙刀を振る。何度も振るう。この巨体だ。何があってもおかしくはない。
そして、ミノタウロスはバランスが崩れた―――ように見えたが、拳をこちらに振るってきた。
まだ力が足りないのか、そう思った直後ミノタウロスは俺の連撃を受けていた方の足の膝をつき、片足立ちになる。
「今だッ!」
「ほい」
足と共に下げていた首めがけて刀を振るう。一閃。それで勝負は着いた。大動脈を切れたようだ。
「よっしゃああぁぁ·····いってぇ!」
両手を振り上げたまま、後ろに倒れる。ちょうど1分間経ったようだ。体中に激痛が走る。首より上しか動かない。
「何しているんですか」
刀が血で錆びないよう、血振りしながら来る。ちょっと怖い。
「お家の事情」
自分の家の弱点がライバルとも言えるこいつの家に伝わる訳にはいかない。そう思ってお家の事情と言ったが意味わからないな。
「意味分かりませんね」
うん、俺も。
「えっと、あと、その·····すみませんでした。薙刀ないしあなたの流派を馬鹿にして」
律儀に謝ってきた。信頼してくれたおかげでもう気にしてないのに。
「べつにいいよ、俺も夜凪流が1番とか思ってるし、だいたいみんな自分の流派が1番強いって思ってるよ」
これは本当にそうだと思う。なんなら、そうじゃないとだめだとも思う。自分が1番強い、自分の流派が1番だ。そういう気持ちの人はどんどん上へと登っていく。武術とはそういうものだ。
「あ、だけどあなたのお父さんは許しませんよ。あたしのお父さんに対して『弱すぎるだろ、これが才能の差か、ははッ』て言ってきましたし」
あー、すごい言いそう。あの人基本的にクズだからなー。
「あの人のことは許さなくてもいいよ。それより、凪は生徒会に入るんだな、頑張れよ」
「え、なんで?」
「凪がミノタウロス倒したからこの勝負凪の勝ちだろ」
「でも、ミノタウロス? は響也がいなかったら倒せなかったですし·····そうだ、あれはなかったことにしましょう、決定!」
「いやいや、そしたら同点だろ。どうすんだよ」
「そういや決めてなかったですね·····2人とも生徒会に入るってことでいいんじゃないですか?」
「いや、俺はべつに―――」
「あのー、ちょっといいですか?」
「だれ·····?」
後ろを振り向くと、そこには10歳いかないぐらいの少女がいた。この地獄みたいな光景には不釣り合いの白い服を着ている。
「私は傑と契約している好奇心の悪魔です、傑まだ生きているんで助けてあげてください」
「「あっ」」
2人揃って忘れており、ミノタウロスの中にいる傑に向かって走る。
これは後に、悪魔の依頼が各国に出された世界で、英雄とも、最悪の裏切り者とも呼ばれる者たちの物語の冒頭だ。
読んでいただき、ありがとうございます!
今作は作者の大好きなローファンタジー(ヤンキー座敷わらしのあれ)が1年更新されてないことを記念として書いたものです。
連載化するつもりですが、一応未定です。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「今後どうなるの!」
と思っていただけたら
下の☆☆☆☆☆から作品への応援お願いします!
面白かったら☆5つ、今後に期待なら☆3つ、つまらなかったら☆1つ、正直な感想で大丈夫です!
ブックマークもしていただけたら、連載化した時に楽だと思います。てか、していただけたら跳んで喜びます。
何卒お願いします!