1 訃報
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広島の地元はこことは違ってのどかな田舎だった。
古い国道とそこから枝分かれするように小さな道がバラバラに家や田んぼを縫うようにして伸びていた。
車1台が何とかして通れるような道路を人や車、一輪車がバラバラに渡る今考えると何とも危なっかしい場所だ。
夜中なんて街灯が少ないから照らされている場所以外は全く見えない。
あちこちにある田んぼから聞こえる生き物の合唱が癒しを越える程にけたたましく鳴り響く、そんな田舎だ。
……最近何故だかそんな田舎をよく思い出す。
8月が過ぎ、9月の中頃に差し掛かりながらもより勢いを増す猛暑に晒されながら畑山 勇斗は駅前のベンチで項垂れていた。
東京に上京して10年、最初こそ変化に戸惑ったが住めば都とはよく言ったもので田舎に比べて圧倒的な利便性は正に都と言って差し支えないほどに快適だった。
数えないといけない程の車線の道路、田舎の全人口を集めても足りないような人だかり、広い筈なのに田舎よりも危なっかしく感じるほどの大都会。
それらを受け入れてる街の力はあまりにも大きく、小心者の欲望など対価さえ払えばなんでも揃ってしまう程だ。
その恩恵でもある小洒落たカフェのアイスコーヒーを飲みながら木陰のベンチで昼休みを過ごす。
ふとスマートフォンを取り出しメールを確認するとアイコンに赤い数字で2と記されている。
多分、転職エージェントからだろう。
今の仕事に不満がある訳じゃないが、34歳という年齢に最後のチャンスと言われ流されるままに受けてしまったのだ。
目立った資格もなく期待はしてなかったが、話は聞いてくれるようでいくつかの会社と面談を行える程度には進んでいた。
今の会社も忙しい時期を超えて落ち着いてきたから空いた予定にトントン拍子に話が進んでしまっている。
「……止めよう」
溜め息を付きながらメールを確認せず、画面を落とし立ち上がる。
畑山はそんなどこか落ち着かない浮わついた気持ちでここ数週間を過ごしていた。
昼休みを終え、いつものように業務をこなして気が付けばもう日も落ちきっていた。
誰ともなく席を立ち身支度を済ませ、一言挨拶を交わしながら退勤していく。
畑山がにらめっこしていたモニターには今日済ますべき業務はもう残っていない。
退勤しない理由もないが家に帰って何かするかと言えばダラダラと酒を飲みテレビかインターネットしかないのでズルズルと必要のない業務に手が伸びてしまう。
「まだ何か残ってるんですか?」
後輩の1人が帰り際声をかけてきた。
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
「じゃあ帰った方がいいですよ。畑山さん最近元気ないみたいですし」
そう言われてハッとして顔を触る。
朝に剃った髭が指先をチリチリと擦り、少しだけ心地いい。
「そんなに顔色悪かったかな?」
「はい、結構」
周りに心配かけるぐらいには辛気臭い顔をしてしまっていたのだろう。
反省の意を込めて両頬をパチンと叩くと、退勤前にやるのって何かおかしいですねと後輩が微笑んだ。
それじゃあ、と一言残して彼は帰っていった。
それに続くように身支度を済ませ職場を後にする。
家までは最寄りの駅から電車で2駅と恵まれた場所ある。
小さいがしっかりとしたマンションで住人とのトラブルも今のところない。
もっと言えば挨拶以上の関わりがない。
田舎の近所付き合いを思えばこれ程淡白な関係もないが、この10年ですっかりこちらに馴染んでしまった。
入り口ですれ違う親子連れに小さく会釈しながらポストへ向かう。
ポストの中身は大体チラシかどこかの店のハガキ位しか入ってないのでいつもならさっと目を通して置いてあるゴミ箱に放り込む所だったのだが、1つだけ見慣れない封筒が入っていた。
何かの催促状だろうかと宛名を見た時、心臓が大きく跳ねたのを感じた。
……大塚からだった。
10年振りの名前とその手紙に様々な予感が駆け巡った。
部屋に帰ることも忘れて手紙を取り出し広げる。
そこに書いてあった最初の一言は……訃報だった。