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第9話 気付き

「アシェリー、晴れて両想いになったんだから王宮に戻ってきてくれるか?」


 そうラルフからキラキラした瞳で見られ、アシェリーは言葉に詰まる。


(でも、そうしたら仕事は……)


 アシェリーの担当する患者の中にはどうしてもアシェリーでないと対応できない者もいるのだ。彼らを見捨てることは良心が咎める。

 しかし王妃という立場が知られてしまうと街の小さな治療院で働き続けることは無理があった。

 警備の問題もあるし、もし野次馬が押し寄せたら店も困るしラルフを心配させてしまうだろう。

 どうやら今までは陰ながら兵士の見張りをつけてもらっていたようで、そのままの生活を続けさせてもらえないかとラルフに尋ねたが却下された。


「聖女が……いや、元聖女だな。彼女と総主教が失踪した事件もある」


 ラルフの物々しい表情に、アシェリーは頬を引き締める。


(アメリア様を探すために神殿を訪ねたクラウスが死んでいた神殿兵士達を見つけたのよね……)


 直前に何者かによって神殿が襲われてしまったらしい。そのせいで総主教とアメリアがいなくなってしまったのだ。自ら行方をくらませたのか誘拐されたのかも分からず、神殿がざわついているのは確かだ。


「わ、分かりました……ただデーニックさんに相談させてください。できれば私の患者さんはこれからも診たいので」


 アシェリーがそう懇願すると、ラルフは苦笑する。


「ああ……そうだな。アシェリーは責任感が強い。弱い者も見捨てない、そんなところが愛しいんだ。患者達は王宮に来るようにさせたら良い。歩けないものは馬車を出そう」


 そう甘くささやかれて、こめかみにキスをされた。




 事情を知っていたデーニックはアシェリーの退職を渋々といった様子で受け入れた。


「サミュエルと結婚して治療院を二人で経営してくれても良かったのにのぅ。アシェリーのような孫嫁が欲しかった」


 そう余計なことを言ってラルフに睨まれていたが。

 サミュエルは寂しげな笑みを浮かべている。


「これからは王妃様って呼ばなきゃいけないな。もう気軽に昼飯に誘えない。残念だ」


「まぁ、サミュエル。そんな寂しいこと言わないで。これからもたまには一緒にお茶しましょう。私からも誘うから……って」


 治療院の玄関口で仲間と別れを惜しんでいたアシェリーは、後ろからラルフに抱き上げられてしまう。


「ラルフ……っ!?」


「そろそろ良いだろう? 王宮へ戻ろう」


 急いたようなラルフの様子にサミュエルが苦笑して手を振る。


「アシェリーは独占欲の強い伴侶を持って大変そうだな」


 そうぼやくサミュエル。アシェリーは頬が熱くなる。


(そうなのかしら……?)


 記憶の中では冷たい目を向けられ続けた。前世の原作の記憶もヒロインを溺愛するラルフしか覚えがない。

 そこにアシェリーはいないはずだった。

 でも今は──。

 アシェリーはラルフの背中をぎゅぅと抱きしめる。


「アシェリー?」


 不思議そうに尋ねるラルフに首を振って、アシェリーは笑みを浮かべた。

 もう二度と大事なものを取りこぼさないように。





 アシェリーが王宮に戻ってきて、一週間ほどが経った。

 使っていた王妃の部屋はそのままになっていたので衣装などに困ることはなかったのだが……。


(ラルフの距離感がおかしい……!)


 アシェリーはラルフの膝の上にいた。

 そして王妃の部屋はラルフの寝室と扉一つで繋がっている。鍵もかかっていないので、いつでも行き来できる状況だ。

 これまではラルフはアシェリーを避けるようにほとんど政務室で過ごしていたから、アシェリーは寂しい思いをしていた。夜に寝室に戻らず、アシェリーは一緒に夜を過ごしたことがなかったため、白い結婚だと陰で侍女達に馬鹿にされていたのだ。

 それなのに──。

 ラルフは今は政務室に戻らなくなった。さすがに患者を治療している間はそっとしておいてくれるものの、アシェリーが自室や図書室で調べ物をしているとそこに執務机を持ってこさせて、いつの間にか隣で仕事をしている。

 そして何故かこちらの方が集中できるから、と最終的に膝の上に乗せられているのだ。

 ラルフの弟であり側近のクラウスや侍女達は生温い笑みで二人を見つめている。


(どうしてこんなことに……!)


 頬を紅潮させたアシェリーがモゾモゾと身をよじると、それに気付いたラルフが言う。


「疲れたか? 休憩にするか?」


「は、はい……!」


(良かった〜! これで一時でも離れられる)


 さすがにお茶を飲む時まで膝の上にはいられないだろう。アシェリーはそう思ったのだが──。


「どこに行くんだ、アシェリー」


 ラルフから離れようとしたアシェリーは腰を掴まれてしまう。


「いや、だって、お茶を飲むんですよね?」


「俺の上で飲めば良いだろう」


「いや、だって、ラルフにこぼしたら火傷してしまいますし。それに大事な書類を汚してしまったら……」


「構わない。書類などまた作れば良いし、俺が火傷したらお前が治療してくれ」


 そう言って甘い笑みでラルフは言うと、アシェリーの赤らんだ頬に手を添えて唇を近付けてきて──。


「俺は何を見せられているんだ!」


 突然ブチ切れて書類を引き裂くクラウス。

 アシェリーは飛び起きて狼狽える。


「あっ、ご、ごめんなさい!」


 アシェリーは茹でダコのようになっていた。

 クラウスはガシガシと頭を掻いている。


「仲が良いのはよろしいですが、そういうのは夜に二人きりの時にやってください」


 兄と妻のいちゃつきを見せられるほど楽しくないことはないのだろう。

 さすがに度を超えていたかもしれない、とアシェリーは焦る。


(よ、夜と言われても……)


 アシェリーとラルフの白い結婚は続いている。王宮に戻ってきたし両想いなのだから障害はないのだが、まだ一線を越えられていないのはアシェリーの覚悟が決まっていないからだ。

 ラルフは肩をすくめる。


「どうした? お前にしては感情的だな」


「兄上の理性が壊れすぎなのです」


「俺の理性は壊れていない。もしそうでなければとっくの前にアシェリーを押し倒して──」


「ラルフ!!」


 アシェリーは泣きべそをかきつつ、ラルフの口を手で覆った。

 最近は人前でも気持ちを隠さないラルフに、アシェリーは困り果てている。冷遇されていた時のギャップで感情がついていけない。

 クラウスはハァと大仰にため息を落として、こめかみを揉む。


「俺は別の部屋で書類作業をしてますから」


 そう言って部屋から出て行こうとしたクラウスをアシェリーは呼び止める。


「すみません、クラウス。ちょっと良いですか?」


「……どうしました?」


 クラウスは訝しげな表情でアシェリーの方を振り返った。

 アシェリーは目をすがめて、じっと彼の体を上から下まで眺め──。


「……体、不調ですか?」


「えっ……」


 困惑気味のクラウスに、アシェリーは言う。


「魔力が滞っています。まだ魔力暴走を起こすほどではありませんが、最近気分も優れないのではありませんか?」


 先ほどクラウスが怒りっぽかったのは、魔力の滞りが一因だろう。体の不調は精神の不調にも繋がる。


「それは……」


 戸惑うクラウスに、アシェリーは近くのソファーを示した。


「座ってください。治療をします」


「い、いや! 俺は別に……っ! 何も王妃様にしていただかなくても! 他の治療師に頼みますから……!」


「でも、早く治した方が楽になりますし……」


 そこでラルフが助け舟を出した。


「そうだぞ。クラウス、治してもらえ。アシェリーの腕は確かだ。俺が保証する」


 そう言われて、アシェリーは面映ゆくなり微笑む。

 クラウスは苦々しげな表情をしていたが、諦めたように嘆息した。


「……それではお言葉に甘えても、よろしいですか?」


「もちろん」


 アシェリーはうなずき、ソファーに腰掛けたクラウスの隣に座る。彼の体に掌を近付けて目を閉じて魔力の流れを見ると、やはり流れが良くないようだ。


「治療しますね」


 アシェリーはそう言って気になる箇所に手を近付ける。

 クラウスは人に肌を見せるのを嫌う性分だということは王宮内でも知られているから、衣服は脱がさずそのまま治療することにした。


(少し時間がかかるかもしれないけれど……大丈夫かしら)


 普段よりは少し時間がかかったが、よどんでいた魔力の流れが上手く循環していくのを感じてアシェリーは安堵した。

 クラウスはリラックスして体の力を抜いている。


「楽になったでしょう?」


 アシェリーがそう声をかけると、クラウスは閉じていた瞳を開けて首を縦に振る。


「ええ。ありがとうございます。体がポカポカして、体も軽くなりました」


「それなら良かった。しかし根本的な解決をしなければ再び魔力が滞ってしまいます。原因はたくさんありますが、ストレスや、睡眠不足や運動不足といった生活習慣からくるものが大半です。養生してくださいね」

 アシェリーはそう微笑むと、チラリとラルフを窺い見る。どうやら側近の人と何かの打ち合わせをしているようで、こちらには注目していないようだ。その隙にクラウスに耳打ちする。


「……もしかして、最近陛下が私の部屋に入り浸りなせいで側近のクラウスの仕事の負担が増えているのですか? だとしたら申し訳ないです。陛下に自重するよう伝えますから。こっそり教えてください」


 真剣な表情でヒソヒソと言ったのだが、クラウスに噴き出されてしまった。


「いえ、そんなことじゃないですよ。兄上……陛下はどんな時でも完璧に仕事をなさっています」


 確かにラルフはこれまでアシェリーにどれほど邪魔されても仕事を遅らせたことはほとんどない。


「そうなのですか? それなら、なぜ……?」


 アシェリーは首を傾げる。

 これまでクラウスがそんなに魔力の流れで不調を起こしているのを見たことがなかった。


「あの……」


 アシェリーは気になったが、クラウスは立ち上がり「それでは失礼」と一礼をして、さっさと立ち去ってしまった。


「終わったのか」


 ラルフにそう声をかけられ、アシェリーは微笑む。


「ええ」


 ラルフがソファーに手をついてアシェリーを囲い込むように顔を覗き込んでくる。


「クラウスと親しげにしていたようだが?」


 その表情と雰囲気は嫉妬しているというよりも、からかってやろうという色が濃い。アシェリーもそれは分かっていたので唇を尖らせた。


「ラルフ」


 アシェリーが非難めいた声をあげたからか、ラルフは降参というように両手を上げる。


「冗談だ。弟を治療してくれて、ありがとう」


「……クラウスは何かあったのでしょうか?」


 ぽつりとアシェリーがつぶやくと、ラルフは片眉を上げて思案げな表情をする。


「何か気になるのか?」


「今まで彼があんなふうに気を乱したところを見たことはなかったので。あれ以上放置しておけば魔力暴走を起こしていたかもしれません」


 魔力暴走はめったに発生するものではない。だが、ラルフや先日の侍女のように潜在的に魔力の高い者は危険性がある。クラウスはラルフの弟なだけあって魔力量が多いのだ。万が一の時はとても危険だ。

 ──とはいえ、ラルフのように人並外れた魔力を持っているがゆえに治療者が見つからないなどの特別な事情がない限りは、多くの人は体の不調を感じたらすぐに治療するから問題は起こらないのだが……。


(クラウスは体の不調を感じていたのに放置していたのか、それとも急速に状態が悪化したのかしら……)


 気付いていたのに放っておいたなら破滅的すぎるし、急激に体調を悪くしたなら、とても心配だ。

 根本的な解決をしなければ、いつかまた魔力が滞り暴走してしまうかもしれない。

 ラルフは真面目な表情で自身の頬を撫でる。


「さぁな。あいつのことはほとんど知らないから」


「え? そうなのですか?」


「奴とは仕事の話以外はほとんどしないからな。家族だから、ある程度は話さなくても理解できるが」


 肩をすくめるラルフに、アシェリーは目を丸くする。

「……仲が良さそうに見えましたが」


(そういうもの?)


 兄弟姉妹のいないアシェリーはそれが普通なのか分からない。

 ただ知識として友人のように仲の良い兄弟姉妹もいれば、ドライな関係もあるのは知っている。

 ラルフは苦々しい表情で小さな声で言う。


「……昔はもっと仲が良かったんだがな。俺が魔力暴走を起こして母を……殺してしまってからは、よそよそしくなった。まあ当然だよな。俺はあいつの母親を奪ったんだから。それでもクラウスは側近として俺を献身的に支えてくれているが……たまに、あいつが何を考えているのか分からない時がある」


 ラルフは寂しそうな笑みを浮かべている。


「ラルフ……」


 アシェリーはそっと労るようにラルフの手に己の手を重ねる。


(ラルフの幼少期の魔力暴走は、クラウスの母親をも奪ってしまったんだわ)


 アシェリーは居たたまれない気持ちになり、じっとクラウスが立ち去った扉を見つめた。


(確かに原作でも二人はギクシャクしていたけれど。何か私に力になれることはないかしら……)


 元々距離のある兄弟だからどうしようないことかもしれないが、二人の関係が改善するならそれに越したことはない。

 それに治療師としてクラウスの体調も気にかかる。

 アシェリーはラルフに耳打ちする。


「ラルフ、クラウスの様子を探ってもらえませんか? 最近の不調の原因が気になるので」


 アシェリーの頼みに、ラルフは苦笑する。


「クラウスが気になるのか? 妬けるな」


「もう! ラルフってば。そんなのじゃありません」


 アシェリーがムッとした顔をすれば、「分かった分かった」とラルフは肩を揺らす。


「密偵に探りを入れさせよう。俺もあいつの様子が気になるからな」


 国王の忠実な下僕である隠密集団『王の影』が動くと知り、アシェリーはホッと安堵の息を吐いた。





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