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第12話 アシェリーの誓い

「助かるよ。俺は治療師だが治療は得意ではないから」


 村の治療師はそう言って苦笑いした。

 フローラに案内してもらって状態の悪い者を治療をした後に、アシェリーはラルフ達と精霊が住むという精霊の洞窟に向かった。

 フローラに言われて『精霊の涙』の対価に渡すという花蜜の入った壺を持っている。


「わぁ! 綺麗……」


 アシェリーの口から思わずため息が漏れる。

 そこは辺り一面が水晶になっており、奥に行っても水晶が周囲を照らし明るく煌めいていた。


「神秘的だな」


 ラルフも感心しているようだ。


「アシェリーがこういう場所が好きなら国中の水晶を集めて宮殿を作らせるが?」


 そう本気なのか冗談なのか分からないことを言われて、アシェリーは困った笑みをラルフに向けた。


「こんな時に冗談はやめてくださいね」


「俺は冗談のつもりはないが」


(だったらなおさらたちが悪いわ)


 アシェリーひとりのためにそんな莫大な予算をかけられない。ラルフが愚王と呼ばれないためにアシェリーが気を引き締めた時、フローラがクックと笑う。

 。


「ずいぶん仲が良いんだな」


「初恋なので」


 ラルフの即答にアシェリーはかぁっと顔が赤らむ。


「ラルフ……!」


 こんなところで止めてくれ、と懇願を込めて視線を送る。だが、ラルフはハッとしたような顔をして、アシェリーの肩を抱き寄せた。


「どうした、急に甘えたような顔をして」


(違う……っ!)


 アシェリーが絶句していると、フローラは苦笑して「初恋か……」と寂しそうにつぶやいた。そしてヴィレールの視線に気付いたようだが、すぐにそっぽを向く。


「精霊が眠っているのは奥だ」


 そう行って洞窟を先導した。

 アシェリー達がその後をついて行くと、澄み切った泉があった。その奥に大きな水晶の柱があり、その隣の水晶の床には手のひらサイズの精霊が眠っていた。


「あれが精霊……?」


 アシェリーの目は精霊に釘付けになっていた。初めて見た。

 それは葉っぱのドレスをまとった十歳くらいの少女の外見をしている。艶やかな長い銀髪に透けるような白い肌。麗しい見た目はまさに精霊といった風だ。


「精霊は一人だけか?」


 ラルフの問いにフローラは強張った表情で首を振る。


「昔はもっと数がいたんだが、今ではあの子だけだ」


(だからかしら……あの子が寂しそうに見えるのは)


 寝顔に涙が浮かんでいるのが哀れみを誘う。


「なぜいなくなった?」


 ヴィレールの問いに、フローラは肩をすくめた。


「それも分からない。教えてもらえないからな。消えてしまったのか、どこかに去ったのか……」


 そう話している間に少女精霊がふと瞼を開ける。そして、フローラ達の姿を見つけてキッと眦を上げた。


『何しにきたのよ! 宝石はあげないって何度も言ったでしょう!!』


「どうしてだ? 私が子供の頃はくれていたじゃないか。お前の好きな花蜜も持ってきた」


 そう言ったフローラが壺を開けて見せると、精霊は『うっ』と呻いて物欲しげな表情をしたもののブンブンと頭を振った。


『どっちにしても私一人じゃ作れないもの!』


「他の精霊はどこに行ったんだ?」


 困惑気味にフローラが問いかけると、精霊は顔をくしゃりと歪めた。


『うるさい! どっか行って!』


 叫ぶ精霊を見つめて一同は途方にくれていた。──アシェリー以外は。

 アシェリーはじっと水晶の柱を見つめる。


(あれは……?)


 不思議なことに柱には魔力の流れがあった。普通の宝石にはそんな力は帯びないはずなのに。魔力があるのは生き物だけだ。

 しかしじっと目を凝らすと魔力がたくさんの小さな人型の形をしているのに気付き、アシェリーは戦慄した。

 柱には透明な精霊がたくさん張り付いていたのだ。ほとんど柱と同化しているからフローラ達も分からなかったのだろう。


「あの柱……」


 アシェリーのつぶやきで、ラルフ達は水晶の柱に注目する。しばらく観察するように押し黙っていたが、気付いたラルフが「うっ」と呻いて身を引き、フローラが「嘘だろ」と青ざめる。

 まだほとんどの者は気付かず首を傾げていた。


「どうして精霊達が柱になっているんだ……?」


 ラルフのかすれた問いかけに、少女精霊は悲痛な表情になる。


『お母さんが……この水晶柱が力をなくしているの。だから兄弟姉妹達が支えるために柱になったのよ。私は最後まで皆を見守るために残ることになったの……』


(そうか……)


 アシェリーはようやく腑に落ちた。

 精霊は自然から生まれる。おそらく彼女達は長い年月をかけて、この洞窟の中で生まれたのだろう。その母親的な存在である水晶柱が何らかの原因で生命力を失い、その補填をするために精霊達は身を捧げたという訳だ。


「もしかして、水晶柱が回復すれば精霊達も元に戻るのかしら……」


 アシェリーは思考しながら、つぶやく。

 おそらくそうだろう。精霊は基本的に死ぬことはない。今は眠っているだけだ。


「アシェリー?」


 戸惑っているラルフに、アシェリーは向き直る。


「あの柱には魔力が流れています……それなら治療できるかもしれません」


『治せるの!?』


 間髪入れずに反応したのは少女精霊だった。その目に痛いほどの懇願がこもっている。


『治せるのならお願い! 私にできることなら何でもするから!!』


 少女精霊はアシェリーに飛びつくように近付いてきた。

 アシェリーは困惑しながら、チラリとラルフを見つめる。


「……私の力だけでは無理です。でも、こちらには運良くというか……ラルフがいるので」


「俺が?」


 アシェリーはうなずいた。


「ラルフはこの世界でも類を見ないほど強い魔力の持ち主ですから。他に適任者はいません。ラルフの力を私が制御しながら水晶に流し込めば、あるいは……。でも確実なことは言えません。可能性はわずかにあるというだけ」


『わずかな可能性でも良いの! お願い!!』


 少女精霊に涙ながらにすがりつかれて、アシェリーは困った顔でラルフを見つめる。

 彼は迷いなく頷いた。


「俺は構わない」


「……分かりました。それなら、やりましょう」


 アシェリーは大きく首肯し、ラルフと手を取り合って泉を渡り水晶柱の元まで行く。

 近付いてみると、これまで感じたことがないような大きな聖なる力をその柱から感じた。


「改めて見るとすごいな……アシェリー、できるか?」


 ラルフの問いに、アシェリーはうなずく。

 だが、これはアシェリーにとっても難しい初めての仕事だ。

 治癒とは相手の魔力の流れを正常な状態に戻すものだ。だが、今回は自分ではなくラルフの魔力を流し込む。一度にたくさん流してしまうと水晶柱はラルフの魔力に耐え切れず割れてしまうだろう。だが少しずつしていたら時間もかかるしラルフやアシェリーの体力も消耗が激しくなる。繊細な作業でありながら、大胆に行わなければならない。

 アシェリーは水晶床に座り、目を閉じて神経を集中させる。

 そして、ゆっくりと目を開くと、ラルフに微笑みかけた。


「私を信じてくれますか?」


「勿論」


 ラルフは力強くうなずく。

 ほんの一年ほど前までは得られなかった信頼がそこにはあって、アシェリーは泣きたくなった。


(皆の気持ちに応えなければ……)


「じゃあ、始めます。ラルフ、私はあなたの魔力を吸い上げます。一気に力が抜けるから横になっていても良いですよ」


「ああ、わかった。辛くなったら横になる」


 そうして、アシェリーはラルフの手を握りしめて、手を水晶柱に触れた。

 すると水晶柱から光があふれ出して輝きを増した。そしてその光は二人を中心に渦巻いて、徐々に水晶柱に流れ込んでいく。

 その様子を見ていたヴィレールとフローラは呆気にとられた様子で見守っていた。


「すごい……。これがあのお嬢ちゃんの力か」


「……あんな治療師は見たことがない。村の病人を治療していた時からただ者ではないとは思っていたが……」


 アシェリーの額に脂汗が浮かぶ。

 やがて少女精霊がうっとりとした表情で呟く。


『あったかい……なんて気持ち良い光……!』


 水晶柱に張り付いていた精霊達にもラルフの魔力が流れ込み、淡い光の粒が彼らの体を修復していく。柱と同化していた精霊達の体が綺麗に再生され、柱から剥がれて水晶床にコロコロと転がった。


『お兄ちゃん、お姉ちゃん……みんな……っ!』


 少女精霊が近付いて呼びかけると、精霊達が次々と目を覚ましていった。


『あ、あれ? 僕どうして……』


『どうなっているの!?』


『柱は!?』


 精霊達がざわついている。

 フローラが愕然としたした表情でつぶやく。


「な、治った? 水晶柱が……? 嘘だろ……」


 水晶柱は以前とは比べ物にならないほど美しくきらめいている。魔力の流れもよどみなく、まるで大河のような力強さがあった。

 フローラや精霊達が歓声を上げる。


「良かった……」


 アシェリーは安堵して息を吐くと、力が抜けてその場に崩れ落ちそうになった。その肩をラルフが支えてくれる。


「ラルフ……体調は大丈夫ですか?」


 あれだけ魔力を吸いだしたのだから普通なら立っていられないはずだ。だがラルフはまだまだ魔力が潤沢にあるようで、けろりとしている。


「大丈夫だ。アシェリー、お疲れ様。本当にお前はすごいよ」


 ラルフは微笑み、アシェリーの体を抱いて包んでくれた。

 その温もりが嬉しくて、アシェリーは笑みを深める。


「ありがとう……」


 アシェリーはラルフの首に腕を回して抱きついた。




 その後、水晶柱が回復したおかげで洞窟内の精霊達も元気を取り戻し、少女精霊が他の精霊達と協力して『精霊の涙』を作ってくれた。


「あなた達は恩人だから、いくらでも作ってあげる。あ、でも花蜜はいくらでもくれて構わないからね。もらえたらもっと頑張るから」


 そうちゃっかりとおねだりをされて、アシェリーは苦笑しつつ精霊達が満足するまで花蜜を手配した。

 それから村人達に協力してもらい、『精霊の涙』を運ぶ手伝いをしてもらう。

 もしも宝石が魔力暴走に効果があれば、それを売った時の利益を村に還元することをフローラに約束した。

 そして後年──精霊の村は魔力暴走を止める護石の産出地として驚異的な発展を遂げることになる。

 研究の立役者であるアシェリーはもちろんだが、その協力者として村長であるフローラの名は広まり、フリーデン王国議会で彼女に爵位を与えることが満場一致で決まった。

 最初は変化に戸惑っていたフローラも、ヴィレールの提案した村に学校を作る案などを受け入れた。村人と辺境伯領民の交流が増えるにつれて、長年のわだかまりが消えていったのだろう。アシェリーの元にヴィレールとフローラが結婚したという知らせが届くのは、もうしばらく後のお話──。



 ◇◆◇



 まだまだそんなことになるとは知らないアシェリーは、少女精霊からもらった最初の『精霊の涙』を掌にのせて観察・研究を行っていた。

 同じ馬車の中で向かいに腰掛けているラルフが苦笑している。


「アシェリー、研究は王都に戻ってからにしたらどうだ? 村にいた間も魔力を込めてばかりいただろう」


 ラルフもアシェリーも多忙な身なので、精霊達を助けた翌日の夕方には村を出立していた。フローラとヴィレール達は別れを惜しんでくれたのだが、あまりのんびりしていられない。


「だって、早く帰ってこの宝石を実用化させたいんです」


 少女精霊からもらった『精霊の涙』は他の宝石よりも一回り大きいものだった。これならラルフの魔力暴走にも耐えられるかもしれないと期待してしまう。

 アシェリーの魔力を流し込むと宝石は光り、ラルフが『精霊の涙』に触れると魔力の淀みが消えていった。


(やはり魔力暴走に効果があるんだ!)


 逸る気持ちが抑えられないでいるアシェリーにラルフはまた苦笑して、馭者に馬車を停めさせた。


「アシェリー、降りておいで」


 ラルフは先に馬車を降りると、アシェリーに手を貸した。

 何をするのかと戸惑ったが、アシェリーはラルフの促すままに馬車のタラップを降りる。

 そこは丘の上で、眼前の谷間に辺境伯領の町並みが広がっている。夕陽に照らされたレンガ造りの屋根や湖が美しかった。


「綺麗……」


 アシェリーは思わず感嘆の声を漏らした。

 ラルフは満足そうにうなずく。


「幼い頃に父親に連れてきてもらったお気に入りの場所だ。……あの頃はまだ母親も生きていて、父親ともうまくやれていた」


「……そうなのですか?」


 気遣うように問いかけると、ラルフは力なく笑う。


「魔力暴走は周りを不幸にする。本当にこの世からなくなれば良いと思うよ。……アシェリーがそれを成し遂げようとするなら俺は協力を惜しまない」


 アシェリーはラルフの手を強く握りしめた。


「──約束します。この世界から魔力暴走を失くすと」


 アシェリーの胸にも後悔がある。幼い頃に、どうしてラルフを救ってやれなかったんだろうかと。その上彼の心の傷をえぐるようなことを言ってしまったんだろうと。

 いくらラルフが許してくれたとしても、アシェリーは過去を思い返しては幼く自分勝手だった己を呪いたくなるのだ。


(でも今の私にしかできないことがある)


 アシェリーは改めて決意を固める。

 その想いが伝わったのか、ラルフは嬉しげに微笑む。


「ありがとう。アシェリー」


 アシェリーも微笑み返した。

 夕暮れの丘で二人の影が寄り添っている。

 それはまるで誓いの儀式のように荘厳で、美しく──。

 二人は世界が藍色に染まり最初の星が現れるまで、じっと手を繋いでその光景を眺めていた。





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2024年11月11日、書籍2巻が発売します! 読んでくださると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[一言] アシェリーの元にヴィレールとフローラが結婚したという知らせが届くのは、もうしばらく後のお話──。 ↑↑↑↑ こういうの好きよ(っ´ω`c)
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