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46.「あ、あぁ、あなた、さまは……」

 ☆★☆


 ドロシーを連れて、ルーシャンは屋敷の玄関にやって来た。


 そこには王城から連れて来た一頭の馬がいる。馬は、ルーシャンを見て身体をこすりつけて来た。


 側にはダニエルがおり、馬を走らせる準備はしてくれているらしい。


(……さて、わがままな妻に付き合うか)


 心の中だけでそう呟いて、ルーシャンはドロシーを馬に乗せて、自らも跨った。


(乗馬はあまり頻繁にはしていないが、いけるだろう)


 兄などは、よく愛馬と共に遠乗りに出かけているが。こちらは元引きこもりである。そんな、兄と比べられては困ってしまう。


「ドロシー、しっかりと掴まっていろ」


 ちらりとドロシーに視線を向けて、そう注意する。彼女はこくんと首を縦に振ってくれた。


「ルーシャンさま。あまり、無理はされませんように」


 相変わらず口うるさいダニエルが、そう言ってくる。その言葉に肩をすくめて、ルーシャンは馬を走らせた。


 初めは慣らすようにゆっくりと。馬のウォーミングアップと自身の感覚を取り戻す時間。それを終え、ルーシャンは馬を走らせるスピードを徐々に上げていく。


「……ドロシー、酔うなよ」


 一応とばかりにそう告げれば、ドロシーは「だれが」といつも通りの強気の発言である。


 相変わらず――と思いつつ、ルーシャンは前に視線を向ける。


「エーメリー男爵邸まで、どれくらいかかります?」

「そうだな。……全速力で飛ばして、十五分、くらいだな」


 正直、クルトがいつからいなくなったかがわかっていない。だから、それでいいのか悪いのかも、わからない。


(できれば、先回り出来るのが理想だが……)


 けど、さすがにそこまでは上手く行かないだろう。


 そう判断しつつ、ルーシャンは手綱を握っていた。


(……俺は、何処までドロシーを詮索すれば、いいんだろうか)


 頭の片隅で、そんなことを思ってしまった。


 今はそんなことを考えないほうがいいというのは、わかっている。ただ、どうしても。自然と頭の中に浮かぶのだ。


(いや、今はとにかく。……あいつを、連れ戻すほうが先か)


 ドロシーがなにを心配しているのか。それは、ルーシャンにも大体予想が出来た。だからこそ、ルーシャンはなにも言わずにドロシーに従っている。それ以上でも、それ以下でもない。


(全く、本当に手のかかる妻だな)


 それでも、全然不快じゃない。


 ……違う。ちょっと、不快かもしれない。


 ドロシーの頭の中がクルトでいっぱいになっていることが、不快だ。


 自身の後ろにいるドロシーの顔を見る術はない。今、彼女がどんな表情をしているか――それを知れたら、きっと楽なのに。


 心の中でそう思っていたとき。視線の先の先に、一人の女性が見えた。……目を凝らす。


(あれは、エーメリー夫人だろうか)


 必死に何処かに逃れようとしている彼女。クルトとは血のつながりがないためか、まったく似ていない。


 少し思考回路を動かしていると、ドロシーも彼女に気が付いたらしい。ぎゅっとルーシャンの衣服の袖を握る。


「止めてください」


 彼女にそう言われて、ルーシャンはゆっくりと馬のスピードを落とした。


 そして、先ほどから転がるように動いているエーメリー夫人の側にいく。


「……あ、あぁ、助けて、助けてください」


 縋るような声でそう言われて、ルーシャンはすたりと馬を降りた。


 見下ろす彼女は、ルーシャンの顔を見て……驚きの表情を浮かべた。


「あ、あぁ、あなた、さまは……」


 がくがくと震えるその姿は、憐れみさえも覚えてしまう。


 ……きっと、彼女も知っていたのだ。クルトが、ハートフィールド侯爵家にいたということを。


「なにがあったのか、詳しく教えろ。……一つ言っておくが、嘘を言うことは許さない」


 威圧的にそう告げれば、彼女はごくりと息を呑む。それから、震える唇を開いた。


「く、クルトが、クルトが突然現れて……なんらかの瓶を、投げつけて……」

「それで」

「そうしたら、なんだか息が苦しくなって、逃げようとして。なのに、身体に力が入らなくて……」


 ちらりとドロシーに視線を送る。すると、彼女は「毒薬の一種ね」と言って肩をすくめていた。


「すぐに逃げたのならば、死ぬことはないわ。……ただ、長時間吸っていたら、別だけれど」


 淡々とそう言う彼女に、エーメリー夫人は顔をさらに蒼くする。


「邸宅には、子供がいるの。……私の、可愛い娘と息子が……」

「……そう」


 その言葉に返事をしたのは、ルーシャンではなくドロシーだった。彼女はそう呟くと、ルーシャンに視線を送る。


「お願いします、助けて、助けて……!」


 ドロシーに縋ってくる彼女。咄嗟に、その手を振り払ってしまおうかと思った。


 だって、その汚い手で触れてほしくなかったから。


「……言っておきますけれど、私、あなたの子供さんを助けるつもりはないですよ」


 が、ドロシーがはっきりとそう言ったから。なんだか、胸の奥がすっとしたような感覚を、感じた。

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