45.「私を後ろに乗せて、走ってください」
その後、ドロシーはそのメイドから事が発覚した切っ掛けなどを聞いた。
「クルトさん、本日もいつもと同じ雰囲気でした。……ただ、勉強に集中したいから、しばらく放っておいてほしいとおっしゃっていて……」
「……そう」
どうやら、クルトは誰にも行き先を告げずにいなくなったらしい。
そして、それに気が付いたのが彼女だと。
「その、寝台の上に、こちらが置いてありまして……」
メイドはドロシーに折りたたまれた便箋を差し出してくる。それを受け取って、便箋を開く。
(……捜さないでほしい、か)
そこには端的に『もう戻ってきません。今まで、ありがとうございました』とおいう文章。その下に、小さく『捜さないでください』という文字も綴られている。
「身勝手ね」
口から出たのはそんな言葉だった。何処か呆れを含んだような声に、ドロシーの唇の端が上がる。
「お嬢様……」
「ねぇ、ルーシャンさまを呼んできてくれない?」
「え……」
心配そうな声で自分を呼ぶメイドに、ドロシーは端的にそう告げる。
メイドは一瞬だけぽかんとしたようだが、すぐに頷いて部屋を出て行った。
「さて、リリー。動きやすい衣服を用意して頂戴」
「……かしこまりました」
ドロシーの言葉に異を唱えることはなく、リリーはすたすたと歩き、クローゼットのほうに向かう。
その間に、ドロシーは結い上げた髪を自ら解く。それから、そのリボンで髪の毛を軽くひとまとめにした。
「こちらでよろしいでしょうか?」
クローゼットから出てきたリリーが持っていたのは、シンプルなブラウスとズボンだった。
彼女はドロシーの態度や言動から、やりたいことを理解してくれたらしい。……本当に、ありがたいと思う。
(ルーシャンさまへの気持ちは、今はどうでもいい。……クルトを、捜さなくては)
クルトが捜さないでほしいと言っている以上、捜さないのが正しい選択なのだろう。
けど、ドロシーにはそうはいかない理由がある。
「弟子が暴走しそうなとめるのは、師匠の役目だもの」
彼は当初から『こうするつもり』だったのだろう。薄々感じ取っていた。
「リリー、ルーシャンさまがいらっしゃるまでに、馬を用意できる? ほら、ルーシャンさまが連れてこられた子」
「……ダニエルさんに、お願いしてきます」
ドロシーは馬には乗れない。普段の移動は馬車、もしくは徒歩だ。
が、それでは間に合わない可能性があった。この場合、馬を飛ばしていくしかない。
(全く、手のかかる弟子ね)
苦笑を浮かべつつそう思っていれば、リリーと入れ替わりにルーシャンを連れた先ほどのメイドがやってきた。
連れられてきたルーシャンは、何処か面白そうな表情を浮かべていた。
「……で、なにが望みだ?」
「まぁ、私がなにかを頼む前提でお話しないでくださいます?」
唇に指をあててそう言えば、彼は露骨にため息をつく。
その態度も、恐ろしいほどに美しい。まるで、作り物のようだった。
「でも、それが望みだろう? 俺はドロシーのためなら、大体のことはするつもりだ」
彼がドロシーのほうに近づいてきて、そう告げる。かと思えば、その場に跪いた。
これではまるで王女と騎士だな……なんて。
「馬に乗りたいの。ルーシャンさまは乗馬、出来ましたよね?」
なんて問いかけるが、彼が馬を連れてきている時点でそれは間違いのないことだろう。
その証拠に、ルーシャンはこくんと首を縦に振った。
「私を後ろに乗せて、走ってください」
「……行き先は」
「エーメリー男爵邸」
なんてことない風にそう告げれば、ルーシャンが一瞬だけ目を見開く。
しかし、すぐにドロシーの考えを読み取ったのだろう。肩をすくめて「わかった」と返事をくれる。
「とりあえず着替えてくる。……ドロシーも、着替えるんだろう?」
「当たり前です。さすがに、この格好では無理ですから」
そのために、先ほどリリーに動きやすい服装を準備してもらったのだ。
「わかった。じゃあ、十分後にこっちに迎えに来る。……それまでに準備をしておけ」
「わかっております」
ルーシャンが端的に言葉を残して、部屋を出て行く。
バタンと扉が閉まったのを確認して、ドロシーは立ち上がり、手を伸ばす。
「さて、ごめんなさいね」
小さくそう呟いて、ナイフを手に取って。ドロシーはドレスを素早く切り裂いていった。
こういうドレスは着脱に時間がかかる。生憎そんな暇はないので、切り裂いてしまおうという考えだった。
ドレスの布地を切って、コルセットのひもを切って。身軽になったドロシーは、下着はそのままにブラウスとズボンを身に着ける。
姿見の前で、髪の毛を少し整えて。ドロシーは息を吐いた。
「クルト、薬学は、人を苦しめるためのものじゃないのよ」
ドロシーの口からは、そんな言葉が零れ出ていた。




