44.「はっきりと申し上げます。――お嬢様、ルーシャンさまのこと好きなのでしょう?」
「……じゃあ、異性に向ける愛って、なに?」
続けてそう問いかけてみる。リリーは少し考え込むような素振りを見せたものの、すぐにドロシーを見つめてくる。
その目は真剣そのものだ。
「それに関しては、私からはなんとも。……ただ、愛があるということは。一緒にいても不快じゃないということでしょうね」
「……そ、っか」
なんだろうか。リリーのその回答は腑に落ちるような感じだった。
だから、ドロシーはそれ以上問いかけることはやめた。出されたハーブティーを口に運んで、ほうっと息を吐く。
「私、どうすればいいかがわからないの」
ぽつりとそう零す。ティーカップをテーブルの上に戻した際に、かちゃりという音が鳴った。
「ルーシャンさまのこと……別に、嫌いじゃない……んじゃないかって」
「さようでございますか」
「今まで、男性に対してこんな風に思ったことがないのよ……」
キスをされても、不快じゃなかった。エスコートをされても、不快じゃない。
それは未知の感覚で、翻弄されている感が否めない。
「だから、どうすればいいかわからなくて。……私、もう、本当に」
「……お嬢様」
「頭の中が真っ白っていうか。……結局、どうしたいんだろうって」
俯いて、支離滅裂な言葉を紡いでいく。リリーは文句ひとつ言わずに聞いてくれている。
……ありがたい。そう思う。
「私、離縁するって言い続けてて。……でも、今になってそれって正しいのかって、思ってしまって」
口元を押さえて、そう零す。
こんなにも不快にならない男性が彼だけならば。彼と、婚姻関係を続けたほうがいいのでは――と、思った。
……いや、違う。
(多分、私はこの関係を心地いいと思っている。案外、いいものだって)
もしも、自分の心境の変化を。結婚した当初の自分が知ったら信じないだろう。だって、今の自分でさえ上手く理解できていないのだから。
「だから、もう頭の中ぐちゃぐちゃなの。……整理しなきゃって思うのに、出来ないの」
ぽつりぽつりと零した弱音。リリーはなにも言わずに受け止めてくれる……はず、だった。
「お嬢様」
リリーが何処か呆れたような声で、呼んでくる。顔を上げずに、俯いたままだった。
「そういう風にうじうじと悩まれて、お嬢様らしくありませんね」
わざとらしい声だと思う。……若干癇に障るが、言い返す気力もない。
「はっきりと申し上げます。――お嬢様、ルーシャンさまのこと好きなのでしょう?」
「……は?」
「えぇ、そうでございます。お嬢様はルーシャンさまに恋をしております。間違いありません」
しかし、彼女はなにを言っているのだろうか。
そんな、根拠の欠片もないことを堂々と……。
「こ、根拠なんてないじゃない!」
「ありますよ。お嬢様がここまで人のことで思い悩むということは、そのお人を大切にしているということでございます」
「……う」
「お嬢様は冷淡ですからね。どうでもいい人のことでは、ちっとも悩みません」
さすがは長い付き合いと言うべきか。リリーの言葉は間違いない。ドロシーはそういう人間だ。
「もう、認めてしまえばいいのではありませんか? 好きだって」
リリーの言葉に、流されてしまいそうになった。でも、慌てて流されまいと意思を強く持とうとする。
「け、けどよ? そうだったとして、認めたとして。……本当、手遅れじゃない」
自分は散々彼に啖呵を切っている。そんな、認めるなんて恥ずかしい……というか、情けない。
「幻滅、されない?」
視線を彷徨わせて、そう問いかけてみる。リリーが大きくため息をつく。
……間違いなく呆れられている。
「幻滅されるわけがありません。……むしろ、喜ばれると思いますが」
「……そ、う」
「なので、観念してください。もう、素直に告げればよろしいではありませんか」
確かにそれは正解なのだろう。けど、でも、やっぱり……。
頭の中でなにかと告げない理由を探してしまう。あぁだから、こうだから……。
(って、ダメ。このままだと、私らしくない!)
が、それは振り払った。
リリーの言う通り、うじうじ悩むのは自分じゃない。自分はいつだって堂々としている。ひねくれていて、一筋縄ではいかない。
……それでも、ルーシャンは受け入れてくれると言ったじゃないか。
(受け入れてくれなかったら、殴り飛ばしてやるんだから)
そこまで決意を固めて、リリーに視線を向ける。
「わかった。私、ちょっとルーシャンさまと話し合ってくるわ」
ドロシーの言葉を聞いたリリーが、頷いてくれる。その姿を見て、立ち上がったとき。
「お嬢様!」
ふと、部屋の扉がノックもなしに開く。驚いてそちらに視線を向ければ、そこには年若いメイドがいた。
「あ、あの、その、あの、えぇっと、あの……」
「……ちょっと落ち着いて」
彼女の慌てふためいた姿は、ドロシーの頭に冷静さを戻してくれた。
だから、普段通りそう言うことが出来た……のだが。
「えぇっと、その! クルトさんが……」
その名前を聞いたら、ドロシーの冷静さなど一瞬で吹き飛んだ。
「――クルトさんが、いなくなってしまいました!」




