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43.「愛って、なんだと思う?」

 ☆★☆


 大きな音を立てて、後ろ手に扉を閉める。すると、室内にいたリリーがぎょっとしたような視線をドロシーに向けて来た。


「お、お嬢さま……?」


 少し怯えたような色を宿しつつ、リリーがそうドロシーを呼んでくる。


 だからこそ、ドロシーはすたすたと歩く。その最中にアクセサリーの類は手際よく外し、テーブルの上に置いた。


「って、お嬢さま!?」


 リリーの言葉になにも返さず、ドロシーは寝台に倒れこんだ。


 そのまま毛布をかぶって、さながら芋虫のような状態になる。


(な、な、なにを、あの人は、なにをっ!)


 枕に顔をうずめて、ドロシーは頭の中で大絶叫を繰り返す。


 ……唇が重なったときの感触は、嫌というほどに覚えている。身体に焼き付いてしまった。


 そんなもの、覚えなくても構わないというのに。


(どうして、こんな、こんなっ……!)


 口づけをされただけならば、まだここまで狼狽えなかったと思う。


 が、今回は公衆の面前、人前である。それも、社交の場。


 あんなところで口づければ、噂が広まるのは一瞬だ。


 このままでは、ドロシーの円満離縁計画は頓挫してしまう。


 バタバタと脚を動かして、ごろごろと寝台を転がっていく。


 その状態のドロシーを見て、リリーは咎めることはしなかった。ただ、しばらく見守った後「お茶をお淹れしますね」と言って、部屋から出て行くだけだ。


 正真正銘一人になったドロシーは、くるりと回って天井を見上げた。


「……キス、キス、よね?」


 そりゃあ、あれはキスだ。口づけだ。


 恋愛面での知識が拙いドロシーでも、さすがにあの行為についてはわかる。……わかっている、はずである。


「なんで、あんな……」


 自身の唇を指でなぞって、そう呟く。


「ルーシャン、さまは……」


 何処か熱い顔。熱を逃がすように、首をぶんぶんと横に振る。


 でも、熱が逃げてくれない。むしろ、どんどん昂っているかのようにも感じられる。


「――不快じゃ、なかった」


 そして、一番の疑問を口にした。


 男に触れられるなど、絶対にごめんだ。そう思っていたのに、ルーシャンのキスはそこまで不快ではなかった。


 普段ならば引っぱたいてやるだろうに、あのときは抗議にもならないような言葉を吐くので精いっぱいだった。


 ……どう、いうことなのだろうか。


「というか、そもそも。多分、私はルーシャンさまに……」


 ぽつりとそう呟いたとき。部屋の扉が開いて、ワゴンを押したリリーが入ってくる。


「お嬢さま。とりあえず、ハーブティーでもお飲みになって落ち着いてくださいませ」


 リリーはそう言うと、お茶を淹れる準備を始める。どうやら、今日は紅茶ではなくハーブティーを淹れてくれるらしい。


 まぁ、ドロシーの取り乱しようを見れば、誰でもそっちを選択するだろうが。


「……いい、香り」


 漂ってくるハーブの香りに、ドロシーは自然とそう言葉を零す。


 その後、導かれるように立ち上がってソファーのほうに向かい、腰を下ろした。


「落ち着きますよね。王妃さまからいただいたものなのですよ」


 ニコニコと笑ったリリーがそう説明をしてくれる。どうやら、彼女もかなり気に入っているらしい。


「……あのね、リリー」


 その香りを嗅いでいると、ゆっくりとだが心が落ち着いていく。


 冷静さを取り戻したドロシーは、ソファーの上に置いてあるクッションを抱きしめ、リリーに声をかけた。


「その、あんまり、周りには言わないでほしいのだけれど」

「はい」

「……一つ、聞きたいことがあるのよ」


 こういうことを相談できる相手は、リリーしか思い浮かばなかった。


 母に聞いてもいいが、なんだか別の意味で大変なことになりそうな気がする。それがわかっていたので、ドロシーは恐る恐るリリーに声をかけてみる。


 彼女は一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「えぇ、私に答えられることならば」


 彼女のその言葉を聞いて、ドロシーはほっと胸を撫でおろす。


 ……だから、クッションに顔をうずめて、渋々といった風に唇から言葉を紡ぎ出す。


「ねぇ、好きって、どういうこと?」


 かなり曖昧な質問だった。


 その証拠に、リリーがぽかんとしている。


「お嬢さま?」

「愛って、なんだと思う?」


 付け足した問いかけに、リリーは問いかけの意味を大体察したらしい。


 ふっと口元を緩めて、ドロシーの前にティーカップを置いてくれる。


「そうですねぇ。……まぁ、私の自論に過ぎないのですが」

「……うん」

「愛とは、ままならないものだと思いますよ」


 ……それじゃあ、回答になっていないじゃないか。


 不満げに顔を上げれば、リリーとばっちりと視線が合う。


 彼女は、美しい表情をしていた。


「愛にもいろいろと種類があります。親の愛をはじめとして、友情だっていわば愛ですからね」

「友情……」

「お嬢さまがジュリアナさまに向けるものも、一種の愛だということですよ」


 そこまで言われて、唯一無二の友人の顔を思い浮かべる。愛らしい笑み。あの笑みを見ていると……心が、何処か浄化されていくような感覚だった。


 こんなことを改めて思うなんて、自分らしくないとは思うのだが。

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