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42.「――ま、そういうことだ」

 ☆★☆


 ルーシャンがそう言えば、男爵はこちらを向く。まるで、救いが降りて来た。そうとでも言いたげな縋るような目。それに、確かな不快感を覚える。


(そもそも、俺はこいつの味方じゃない)


 心の中でそう呟いて、よそ行きの笑みを作り上げた。


「エーメリー男爵の言葉は、もっともです」

「そ、そうですよね!」


 ルーシャンの言葉に、男爵が乗っかってくる。隣をちらりと見れば、ドロシーが少し不満そうな表情を浮かべていた。


 そんなところも可愛らしいと思うのだから、恋とは全くもって不可解なものである。


「それに、彼からあなたのことはとてもよく、聞いております」


 にっこりと笑って、そう告げる。瞬間、男爵の顔がサーっと蒼くなったのがわかる。


 口がパクパクと動いており、間抜け面もいいところだ。


 だから、一歩彼のほうに近づいて。その耳元で囁く。


「――ということで、余計なことはするな」


 男爵が驚いたような視線をルーシャンに向ける。


 しかし、すぐにハッと視線を逸らした。……多分、今のルーシャンの表情は悪人にも匹敵するほどに悪い顔だろうから。


 そもそも、美しい人間の悪い顔というのは、とても迫力がある。ルーシャンも、それは理解していた。


「……そ、そう、ですか。いえ、クルトが幸せなら……私は、別に」


 視線を彷徨わせ、冷や汗を垂らし。挙句、しどろもどろにそう言うと、男爵は人ごみの中に消えて行った。


 ……それを一瞥して、ルーシャンは「ふぅ」と息を吐く。だが、一息つく間もなく、衣装の袖を掴まれた。


「……どういうことですか?」


 袖をつかんだ人物――ドロシーが、そう問いかけてくる。


 なので、わざとらしく肩をすくめる。


「別に、言葉のままだ」


「私には脅してやるなと言っておきながら、あなたさまは脅すどころの話ではなかったですよね?」


 ルーシャンが囁いた言葉は、ドロシーには聞こえていないはずだ。ただ、そう思うのは。


 多分、ルーシャンの顔から想像したのだろう。あと、男爵の怯えようから。


「こういう役は、俺がするほうがいい。……恨みを買うなら、俺のほうが適任だろう」


 ドロシーは女性だ。いくらちょっと変わっているといっても、恨みを買って襲われては敵わない。


 対するルーシャンは男性だ。それに、割と強い。襲われてもある程度ならば返り討ちに出来る自信がある。


「なんですか、それ」


 納得いかないような表情をドロシーが見せる。


 その表情にあるのは、疑問だろうか。あとは――心配。


「心配してくれているのか?」


 彼女に問いかけてみる。彼女はカーっと顔を赤くしていた。すぐにプイっと顔を背けるが、見える限り耳まで赤い。


「だ、れが……!」


 ドロシーは素直じゃない。それを、ルーシャンはとてもよく分かっているつもりだ。


「俺は、ドロシーが心配だからそういう役をしているんだがな」

「……う」


 ルーシャンの言葉に、ドロシーが言葉に詰まったのがわかる。


 その後、渋々という風にルーシャンのほうに顔を向けて来た。……真っ赤になった顔は、大層愛らしく見える。


「……別に、大した理由じゃないのです」

「……あぁ」

「ただ、そうですね。……あなたさまのことが……えぇ、少し、ほんの少しは心配ですね」


 最後のほうは投げやりだっただろうか。それでも、彼女の気持ちはよく伝わってくる。


「だって、私の所為でと思ったら、色々と思うことがあるじゃないですか」


 しかしまぁ、よく口の回る人だ。わざわざ、そんな言葉を付け足すなんて――。


(それでは、逆効果だと言うのに)


 そう思って、くすっと笑う。ドロシーは、ぱちぱちと目を瞬かせていた。


「あぁ、そうだな。……俺になにかがあったら、ドロシーの所為だ」


 人が悪いことは、理解している。むしろ、これは――弱みに付け込んでいるのだということも、理解できる。


「だから、そうだな。……俺になにかがあれば、ドロシーは責任を取るべきだ」

「……人が悪い」


 眉を顰めて、彼女がそう言う。


 こういうところも、本当に愛おしい。


「というわけで、なにかしてもらおうか」

「なにって、なに――」


 ドロシーの言葉は最後まで続かなかった。


 一瞬のうちに顔の距離を詰めて――その唇に自身の唇を重ねる。


 彼女が驚いているのがわかる。いや、彼女だけじゃない。――周囲の人間、全員が驚いているはずだ。


「――ま、そういうことだ」


 顔を離して、彼女にそう囁く。


 見下ろす彼女は、なにをされたのか上手く理解できていないようで。けれど、少し間をおいてルーシャンを睨みつける。


 何処か潤んだような目で、上目遣いで。


「ば、バカじゃないですか!?」


 叫ぶような声だった。人前であるということも、忘れたかのような姿だ。


(いや、先に挑発したのは俺のほうか)


 ならば、その言葉は受け入れてやろうじゃないか。


 傲慢な態度でそう思って、ルーシャンは彼女を見つめる。


 なにかを話していないと、落ちつかない。そういう様子の彼女は――本当に、愛らしい。


(だから、手放したくないだけなんだがな)


 そして、それを再認識する。自分は本当に――人が悪いのだろう。

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