41.「はっきりと言っておきますが。私の弟子を愚弄するなど、誰であろうとも許しはしません」
そのドロシーの気持ちを察してくれたのか。それは、よくわからない。
ただ、ルーシャンは「そうか」と言うだけだった。
彼のその返答にほっとしていれば、不意に後ろから声をかけられた。
なんだろうか。そう思いつつ視線をそちらに向ければ、そこにいるのは小柄な中年の男性だった。
(このお顔、何処かで……)
ドロシーがそう思いつつ、よそ行きの笑みを浮かべる。すると、男性はぺこぺこと頭を下げていた。
「は、初めまして。……その」
男性は何処か気まずそうに視線を逸らしながら、なにかを言いたそうにしている。
若干気が弱いのか、ドロシーとルーシャンの出方を窺っているようにも思える。
(……なにこの人。気持ち悪いわね)
失礼にもそう思いつつ、ドロシーが笑みを消せば、男性はびくんと肩を跳ねさせていた。
その姿を見てか、ルーシャンがドロシーを庇うように前に立つ。
「なにか、御用でしょうか。――エーメリー男爵」
ルーシャンがなんてことない風に口にした家名。
……エーメリー。それは。
(ということは、クルトの父親ね)
ほかでもないドロシーの弟子、クルトの家名だ。
自然と目を細めてしまった。男性――エーメリー男爵は、相変わらずぺこぺこと頭を下げている。
そうすれば、頭頂部が見える。……そこの髪の毛は薄かった。
「い、いえ、その。大したことではないのですが……」
ルーシャンの言葉に、相変わらず煮え切らない態度を返す男爵。その姿は見方によっては滑稽だ。きっと、この場で強く出れば相手は怯えて立ち去る。
なんといっても、こちらは名門侯爵家の娘と、王子の生まれなのだから。
「……ドロシー」
ルーシャンがドロシーに意見を求めるように、視線を向けてくる。
クルトの師匠はルーシャンではなく、ドロシーだ。それを理解しての行動だろう。
「……そうね。少し、話でもしましょうか」
正直、あまり話したくはない。見た感じ、自分たちとは合わない存在だろうから。
(でも、話さなきゃならない。……この様子だと、クルトのことだろうし)
クルトの様子を見たところ。彼は、家に連絡を入れている様子はなかった。そして、休日に家に戻る様子もない。
ここから考えるに、勝手に家出をした。そのうえで――家族仲が悪い、ということだろう。
「エーメリー男爵」
表情を引き締めて、ドロシーは男爵に向き直る。
顔を上げた男爵の何処か見惚れるような表情に、苛立つ。けど、今はそれどころじゃない。
「私に、なにか御用があるのですよね」
胸に手を当ててそう言えば、男爵は少し困ったような表情を浮かべる。
だが、しばらくして。意を決したように口を開く。
「えぇ、噂によると、私の息子が、あなたさま方の邸宅に居候していると。耳に挟んだもので」
男爵のその言葉に、特別な変化はない。しかし、変化がないことが答えなのだろう。
(クルトを心配している。その様子は、ないわね)
むしろ、表情に微かな嫌悪感が宿り、態度からするに面倒くさそうだ。
彼はきっと。クルトが、好きじゃない。
「いえ、あの息子は少々自分勝手でして。勝手に家を飛び出して、行方知れずだったのです」
「そうですか」
「必死に探して、ようやく居場所を突き留めました。……本当に、ご迷惑を」
彼が顔に流れる汗を拭いつつ、そう言ってくる。
冷や汗が垂れる様子は、少し面白くも見える。……けど、それを口に出すのはやめた。
「えぇ、そうなのですね。……確かに、突然やってこられて、驚きはしましたわ」
「そ、そうですよね。その、ですから。引き取りたく……」
「ただ、あなたのおっしゃるような、自分勝手な子だとは思いませんでしたよ」
にっこりと笑って、そう告げる。男爵が、確かに狼狽えた。
「むしろ、とてもいい子です。努力家で、与えた知識をどんどん吸収していきます。彼以上に教えたいと思える人は、いませんわ」
自分の唇に指をあてて、今度は挑発的に笑う。
ドロシーは他人に興味が薄い。でも、それは裏を返せば。
――大切な人にはとことん興味があるということである。
「そ、それは、あなたさまの前では猫を被って……」
「あら、そうおっしゃるということは、私には人を見る目がないと。そうおっしゃりたいのですね」
揚げ足を取るのは、貴族のたしなみである。
「い、いえ、そ、れは……」
「はっきりと言っておきますが。私の弟子を愚弄するなど、誰であろうとも許しはしません」
ドロシーがそう宣言するとほぼ同時に、男爵がその場にへなへなと座り込んでしまった。
たかが小娘に……と思われるかもしれない。ただ、ドロシーは名門侯爵家の娘。男爵ごときでは、敵わない相手だから。
「……そ、そもそも、私は、あの子の親で……」
顔を上げて、気丈にも言い返してくる男爵。まだ、そんな余力があったのか。
そう思って、ドロシーが目を細める。もう一度脅してやろうか。
そんな考えを打ち消したのは、意外にもルーシャンの行動だった。
彼がなにを思ったのか、ぱんぱんと手をたたく。
「あまり脅してやるな、ドロシー」
静かな声で、彼がそう伝えてきた。




