表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/108

40.「まだ半分も行っていないのか」

 葡萄のジュースが入ったグラスを、口に運ぶ。


 酸味と甘みの丁度いいジュースだと思った。


(そういえば、お父さまがリンドバーグ伯爵領ではワイン生産が盛んだと、おっしゃっていたわね……)


 ワインの原材料は葡萄である。ならば、葡萄のジュースが美味しいのもある意味納得だった。


(葡萄は種類によっては、薬に使うことが出来るのよね。けどまぁ、こういうのだとワインに使うのがほとんどだろうけれど……)


 そう思いつつ、ジュースを味わう。


 ふと視線を移動させれば、ルーシャンがこちらを見ていた。


 自然と、眉間にしわを寄せる。


「なにか?」


 怪訝そうにそう問いかければ、ルーシャンは「別に」と言ってグラスに口を付けた。


「……これは、案外美味いな」

「えぇ、そうですね」


 なんだか、言葉を上手く交わせない。


 パーティーホールに入ってからの出来事で、変に彼を意識しているような気がしてしまう。


「葡萄は、種類によっては薬にすることが可能です」


 自分とルーシャンの間に流れる沈黙がなんだか苦しくて。ドロシーは、適当な話題を振ってみることにした。


「……そうなのか」

「はい。ただ、人の手で育てられる葡萄は、味のほうにこだわっています。なので、薬としての効力は薄いことが多いです。薬に使えるのは、いわば自生している野葡萄というやつです」


 自然に育つ人の手が加わっていない葡萄。


 そういうものは、昔からある。そして、先人はそれさえも薬にしてみせた。


「相変わらずだな」


 ルーシャンが肩をすくめてそう言う。


 正直、ドロシーもこれくらいしか話題を振れないことにちょっと落ち込んでいる。


 もう少し、いい話題を提供するべきだったか。いや、けど。


(そもそも、話題を提供するのは男性の役目でしょうに)


 社交の場で女性を楽しませるのは、男性の役目だ。だから、自分は悪くない。目の前のこの男が話題を振ってくれないのが悪い。


「相変わらずで、悪かったですね」


 ため息をつきつつ、そう言ってみる。すると、ルーシャンがぐいっとグラスを傾けた。


 そのままごくごくとジュースを飲み干して、ドロシーを見据えてくる。


「別に、悪いとは言っていないだろう。……俺は、そういうドロシーのほうが好ましい」

「……は?」

「薬師として、凛として生きているドロシーが好ましいと言っているんだ」


 何度も言わせるな。


 そんな声音で、まっすぐにぶつけられた言葉。理解できなくて、ドロシーは目をぱちぱちと瞬かせる。


「……頭、おかしくなりました?」

「なにを言っているんだ。俺は正常だ」


 そういうけれど、やっぱり。なんだろうか。


(なんていうか、ルーシャンさま、最近おかしいような気がするのよね……)


 ドロシーに「好ましい」というのも、なんだかちょっと引っ掛かる。


 当初はあまり気にしていなかったが、ここまで続くと彼にもなにか企みがあるのでは……と思ってしまうのだ。


(そういえば、以前王城に呼び出されていたわね。それと、なにか関係が?)


 しかし、ルーシャンはもう王族とはほぼ無関係のはずである。私生活にわざわざ口を出されるような立場ではないだろう。


(あぁ、なんだか本当に変だわ。……私も、ルーシャンさまも)


 ちらりと彼の顔を見上げて、そう思う。じっと彼の目を見つめて、やっぱりいたたまれなくて逸らす。


 何度かそれを繰り返していると、無性に面白くなってしまって。何故かドロシーは笑ってしまった。


「……なんだか、変ですよね」


 自然と口からそんな言葉が零れる。


「私たち、なんだかまるで婚約したばかりの男女みたいです」

「……そうか?」

「えぇ、そうですよ。今の態度なんて、まさにそれだと思います」


 ……まぁ、それが本当なのかは知る術もないのだが。


「ここに来た当初、割と触れていたような気もするが?」

「だったとしても、そうです。……今の私たち、何処からどう見てもそうとしか見えませんよ」


 口元を緩めて、笑いながらそう告げる。ルーシャンは、一瞬だけ目を見開いた。それでも、すぐに表情を緩めてくれる。


「それは、ドロシーが俺のことを嫌っていないということか?」

「どうして、そうなるのですか?」

「そりゃそうだろう。婚約したばかりの男女と言うことは、婚約は受け入れたということだろう」


 別に、貴族の婚約に当人たちの意思は必要ない。だから、彼の言葉は間違っている。


 わかる。わかるのだけれど。なんだか、それを指摘するのは違うような気がした。


「ま、そうかもしれませんね。……出逢った当初よりは、まだマシかと」

「十段階で言うと」

「二か三でしょうかね」

「まだ半分も行っていないのか」


 そりゃそうだろう。そう思って彼を見つめて、どちらともなく笑ってしまった。


「当たり前です。……私、まだ。あなたさまのこと、よく知らないから」


 知らないわけじゃない。知ろうとしてこなかっただけだ。


(それでも、そう言わせてほしい。……自分の気持ちを、理解できるまでは)


 これはドロシーにとっていわば言い訳でしかない。


(本当は、もう。気が付いているのかもしれない)


 ただ、もう少しだけ気が付いていないふりをしたいのだ。


 ――自分の変化に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ