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39.「ちなみに、一番の目的は周囲に知らしめることだ。……俺はドロシーを離すつもりはないってな」

 そんなドロシーの視線を感じても、ルーシャンはくすくすと笑うだけだ。


 かと思えば、ふと真剣な面持ちになる。


「ちなみに、一番の目的は周囲に知らしめることだ。……俺はドロシーを離すつもりはないってな」


 彼が、ドロシーにだけ聞こえるような声量で、そう囁いた。


 ……心臓がどくんと跳ねて、顔にカーっと熱が溜まる。なんだろうか、この感覚は。


(しゅ、周囲の反応が、怖い……し)


 視線を下げて、周囲の視線から逃れるように身を縮める。


 そうしていれば、彼が周囲をぐるりと見渡したのがわかった。……周りは、どんな表情をしているのか。怖い。恐ろしくてたまらない。


「ま、いいだろう。……さて、行くぞ」


 ルーシャンが一人納得して、ドロシーをエスコートして歩き出す。


 ずっと、俯いていることしか出来なかった。だって、そうじゃないか。


 自分の顔は、絶対に赤い。こんなにも熱いのだ。まるでゆでだこのようになっている気しかしない。


(あぁ、どうしてこうなったのかしら……?)


 そんな風に思っても、思考回路はぐるぐると同じ場所を回るだけ。答えなんて、永久に出てきそうにない。これは一種の迷宮なのだろうか――と思っていれば、ルーシャンが足を止める。


 つられて顔を上げれば、そこには何度か顔を合わせたことのある中年の男女が寄り添っていた。


「ドロシーさん、ルーシャンさま。遅れましたがご結婚、おめでとうございます」


 にこやかに笑った女性が、そう声をかけてくれた。


「え、えぇ、ありがとう、ございます」


 貼り付けたような笑みを浮かべて、そう返事をする。


「リンドバーグ伯爵夫妻、本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」


 ルーシャンが、よそ行きの表情で定型文の挨拶をする。すると、夫人のほうがぱぁっと顔を明るくした。


「まぁまぁ、あなたさまが噂の……!」


 一体どんな噂なのかは、大体想像がつく。


 だから、わざわざ聞くつもりなんてない。


「ハートフィールド侯爵夫妻には、よくお世話になっていてね。いろいろと相談させていただいているんだ」


 伯爵がそう言うので、ドロシーはぎこちなく頷く。


(そりゃあ、何度かお屋敷にいらっしゃっていたものね……)


 今まで引きこもってばかりだったが、両親の友人とはそれぞれ会っていた。この二人も、その中の人物だ。


 ……正直、名前まで覚えていなかったが。


「今回、所用があると言うことでがっかりしていたんだが……。娘さん夫婦が来てくださるなんてな」

「えぇ、とっても感激したわ」


 ……こちらは顔しか覚えていなかったなんて、口が裂けても言えない雰囲気である。


「それに、先ほどの様子を見ていると、とても仲がよろしいのですね。あまりよくない噂もあったので、心配しておりましたのよ」


 ……そのよくない噂は、本当のことです。と、こちらも口が裂けても言えるわけがない。


「まぁ、俺も妻も、あまり表に出ることを好んでいませんので。他の方にいろいろと噂されるのは、仕方がないと思います」


 そして、よくもまぁ白々しくそんなことが言えたものだな。


 じっとルーシャンの顔を見つめれば、彼が笑いかけてくる。……話を合わせろということらしい。


(まぁ、不仲説が出ると、いろいろと厄介だしね……)


 主に、互いの異性面で。


 そう思いつつ、ドロシーはよそ行きの笑みを顔に張り付けた。


「そうなのです。それに、今は侯爵家を継ぐための勉強が主なので……」


 だから、あまり社交に参加する暇はないのだ――という言葉の裏を、彼女たちは理解してくれたらしい。二人とも、深く頷いてくれる。


「そうだな。ご結婚されたのだから、そういう風に変わるのも仕方がないことだろう」

「それもそうね。諸々が落ち着いたら、またお話してくださるとうれしいわ」


 きっと、彼女たちにとってドロシーは娘のような存在なのだろう。


 この二人の間にいるのは二人の息子。娘はいなかったはずだから。


「では、失礼いたします」


 軽く会釈をして、ドロシーとルーシャンはリンドバーグ伯爵夫妻の前から立ち去った。


 そうすれば、すぐに彼らの側には別の招待客が挨拶に向かっている。……その光景を見て、ドロシーは息を吐いた。


「あぁ、疲れたわ……」


 正直、社交モードのことを猫かぶりモードと言えるほどだと思う。


 笑みは貼り付けたものだと、バレていないと願っておこう。


「ドロシーは、本当によそ行きの笑みが上手だな」


 ふと、ルーシャンがそう声をかけてきた。むっとして、彼のほうに視線を向ける。


「まぁ、ルーシャンさまも大概でしたよ。……ひねくれていたのを、きれいに隠されていて」

「褒めてくれて嬉しいな」


 褒めているわけではない。決して。


 心の中でそう思いつつも、ドロシーは言葉にはしなかった。言葉にする元気がなかったというのも、ある。


「せっかくだし、飲み物でも貰おうか。……なにか、欲しいものはあるか?」

「そうですね。葡萄のジュースが今は欲しいです」


 ジト目で彼を見つめれば、彼が近くにいた給仕を捕まえる。


 さも当然のようにグラスを受け取って、ドロシーに片方を手渡してくる。


「どうぞ」


 その仕草は、まるで王子さまのように美しいな……と思って、思い直す。


(このお方、元は王子殿下だったわ……)


 と。

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