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37.「というか、ドロシー。……あまり兄のことばかり考えるな」

(王太子殿下のお話が聞けたのは、有益なこと……なの、かしら?)


 ドロシーは社交界に疎い。だから、王太子パーシヴァルについても、最低限の情報しか持っていない。


(王太子殿下は、周囲からの評判はとてもいい。次期国王としての器も素晴らしいと言われている)


 パーシヴァルは、父であり、現国王であるスペンサーのカリスマ性を余すところなく受け継いでいる。


 彼が出した政策の評判は上々。そして、まるで先を見通しているかのように、トラブルを上手く対処している。それは、彼の評判を上げるのに一役買っていた。


(一言で表せば、俺さまという性格だそうね。……なんというか、ルーシャンさまとそこは似ていないわね)


 ルーシャンにも多少なりとも俺さまな部分はある。でも、それはそこまで強くない。どちらかと言えば、ひねくれの要素のほうが強いだろう。


 比べ、パーシヴァルは俺さまな部分のほうが強い。ルーシャン曰く一筋縄でいかないひねくれた食えない男ということだが、結局王侯貴族など腹に一物抱えていて当然なのだ。気を緩めれば、蹴落とされる世界なのだから。


「というか、ドロシー。……あまり兄のことばかり考えるな」


 ドロシーが物思いにふけっていると、ふとそんな声をかけられた。


 ……別に、パーシヴァルのことばかり考えていたわけではない。そう思われるのは心外だ。


「別に、王太子殿下のことばかり考えているわけではありません」


 ゆるゆると首を横に振って、そう伝える。


「そもそもなお話、私、王太子殿下にそこまで興味がありませんから」


 だって、ドロシーは別に王太子妃に、王妃になりたいわけではない。極上の男性に愛情を向けられたいわけでもない。


 ただ、平穏に。薬学で商売をして生きていきたいだけなのだ。


「……じゃあ、一つ聞いてみたい。ドロシーは、兄のことを結婚相手としてどう思う?」

「は?」


 なんの前触れもなく、予想外の言葉をぶつけられた。


 その所為でドロシーがきょとんとしていれば、ルーシャンはしっかりとこちらを見ている。


 まるで、誤魔化すことは許さないとばかりの視線を浴びせてくる。


(王太子殿下を結婚相手として……)


 ――全く、想像できない。


「大変申し訳ないですが、想像できません。そもそも、私既婚者ですし」


 そう、一応。不本意なことに。今のところ既婚者なのだ。そして、目の前にいるルーシャンこそ、ドロシーの夫なのだ。


「空想上の話だ。想像することくらい、出来るだろう」


 でも、ルーシャンは引いてくれなかった。


 なので、渋々考えてみる。


(王太子殿下を結婚相手として見ると……)


 ……うん、やっぱり無理だな。


「簡潔に言えば、無理ですね」


 視線を斜め上に向けて、ぽつりとそう零す。


「大体、人となりという時点ではなく、身分が無理なのです。第一王子で王太子、その時点で無理ですかね」

「ふぅん」

「だって私、王太子妃なんて絶対にできませんし」


 それに、王太子妃になれば薬学の知識を活かすことも出来なくなるはずだ。


 そんなの、絶対にごめんである。


「その点では、結婚相手がルーシャンさまであったことは、純粋にラッキーだったのかもしれませんね」


 離縁前提の別居婚を送ることが出来たこと。商売を続けていいと言ってくれたこと。


 それらにおいて、ルーシャンよりも優れた相手はいなかっただろう。それだけは、わかる。


「……そうか」

「あ、言っておきますけれど、これは完全に空想上のお話ですからね?」


 なんだかルーシャンの様子がおかしいような気がして、くぎを刺すようにそう吐き捨てた。


 すると、ルーシャンはまた笑う。


「知ってる。むしろ、俺と離縁した後に兄と結婚したいなどと言われたら、たまったもんじゃない」

「……そんな尻軽になるつもりは、ありませんが」


 彼の言葉には純粋に嫌悪感を覚えた。その所為で、自然と眉間にしわが寄る。


「まぁ、そうだな。うん。そもそも俺は、ドロシーを手放すつもりはないしな」


 うんうんと頷きながらそう言う彼に、ちょっとした不満。


(手放すつもりはあってくださいな、ぜひとも)


 むすっとしつつそう思っていれば、馬車が止まったのがわかった。


 窓から外を見てみる。外は賑わいを見せており、本日の主催である伯爵家の邸宅が見えている。


「こういう風に話していれば、案外早いものだな」

「……まぁ、そうですね」


 彼の呟きに、それしか返せなかった。


 だって今、ドロシーも同じことを思ってしまったのだから。


(三十分が、まるで一瞬だった……)


 そう思って、ドロシーの胸の中にむず痒い気持ちが生まれてしまう。


 でも、それを認めることは出来なくて。ゆるゆると首を横に振って、考えは振り払った。


 気のせいだと、自分自身に言い聞かせた。


「じゃあ、行こうか。……ドロシー」


 御者が扉を開けたのを見て、ルーシャンが満面の笑みでそう告げてくる。


「……本日は、よろしくお願いいたします」


 彼が差し出した手に自身の手を重ねて。ドロシーは、そう返事をする。


 空には分厚い雲がある。それらは、青い空を覆っていて。


「一雨、来るかもしれないな」


 隣でボソッと零されたルーシャンの言葉にも、全面同意するしかなかった。

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