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36.「それは、俺を見て言うことではないだろう」

 懇意にしている伯爵邸で開かれるというパーティーは、それから二週間後だった。


 この間、ドロシーは調合の合間に急ピッチで仕立てるドレスの採寸や、ダンスレッスンを行っていた。


 ……正直、そんなことをしている暇があるのならば、働いていたい。もしくは、勉強をしていたい。


 そう思うが、両親がそれを許してくれるはずもなく。ドロシーは言われるがままに動き、レッスンをこなした。


(本当、基本的には自由にさせてくださるのに、こういうときは押しが強いんだから……)


 そして、当日。伯爵邸へと向かう馬車に揺られながら、ドロシーは心の中でため息をついた。


 今日のドレスはシンプルなデザインのもの。色合いは淡い紫色。胸元には大きなペンダント。そこには大ぶりのトパーズがはめ込まれており、その輝きはとても眩しいものだ。


 耳元を彩るイアリングにも、同じトパーズが使われている。


 別に特別トパーズが好きなわけではない。ただ、どうせならばと母が若い頃に身に着けていたものを引っ張り出したのだ。それを職人に預け、デザインや事細かな装飾を今風にアレンジしてもらった。


『これはね、私のお父さまが嫁入りの際に持たせてくださったものなのよ』


 母はころころと笑いながらそう言っていた。


(正直、お祖父さまの思い出など、私にはないのだけれど……)


 ドロシーの母方の祖父母は、ドロシーが幼い頃に亡くなっている。だから、よく覚えていない。


 それでも、母から聞く祖父母の話は、楽しかった。ただ唯一問題があるとすれば。


 ……母の両親は、かなり破天荒な人だったということくらいだろうか。


(きっと、それはお母さまにも譲られているのよね。娘をこれほどまでに自由にさせてくださるお人なのだもの)


 そんなことを考えつつ、ドロシーはちらりと隣に視線を向ける。


 そこにはいつも通り、澄ました表情を浮かべるルーシャンがいる。


 身に纏っている衣装はそこまで派手なものではないが、ルーシャンにかかれば一級品になるのだろう。それはそれは、美しい。


「……うん、なんだ?」


 ドロシーの視線を感じてか、ルーシャンが声をかけてくる。


 なので、ドロシーは小首をかしげた。


「いえ、なんと言いますか。……相変わらずだなぁっと」

「なんだ、それは」


 素直な感想に、ルーシャンが眉を顰める。


 その表情も、恐ろしいほどに美しい。全く、美形とはどんな表情をしても美形なのだな。そう、思う。


「いえいえ、相変わらず憎たらしいほどに澄ましたお方だなと、思いまして」


 悪気もなくそう言い放てば、彼が喉を鳴らして笑う。


 最近、彼の表情は豊かになったと思う。出逢った当初は、ここまで表情を露わにしなかったというのに。


「そうか。けど、俺は案外澄ましているような人間ではない。最近では、ドロシーに振り回されてばかりだ」

「……それは、こっちのセリフなのですが」


 ドロシーがルーシャンを振り回しているのではない。ルーシャンがドロシーを振り回しているのだ。


 そう言い返そうかと思ったが、言葉にはしない。


 だって、そう返せば。絶対にまたろくでもない言葉が返ってくる。


「それに、俺は澄ましているつもりはない。兄のほうがずっと澄ましているし、食えない男だ」

「……王太子殿下、ですか?」


 自然とそう問いかけた。ルーシャンは、なんてことない風に頷く。


「あぁ、あの男はとても澄ましていて、一筋縄ではいかない男だ。そうだな。父の狡猾さを二倍……いや、三倍にした感じだろうか」

「……ご自分のお兄さまをそんな風に言うのはどうかと思いますが」

「別にいい。それくらいで傷つくような奴じゃない、あの兄は」


 ルーシャンが肩をすくめながらそう言う。


 でも、言葉には嫌悪感は宿っていない。ただの、兄弟のじゃれ合いだろう。


「王太子殿下は、なんでしょうね。……なんと言いますか、腹の底が見えないお人ですよね」


 自分の感想を、素直に口にしてみた。


 遠目から見る限りだが、あの人物は。基本的にはにこやかな笑みを浮かべているが、それは仮面にすぎないと思う。


 その仮面は彼の内面を隠しており、まるで他者に見せまいとしているような……。


(まぁ、王太子という立場なのだもの。仕方がない部分も、あるのだろうけれど)


 次世代の国を統べるのが、彼なのだ。……お綺麗なだけでは、生きていけないだろう。それは、容易に想像がつく。


「あと、なんでしょうか。……人をからかって遊ぶのが、お好きそうですね」

「それは、俺を見て言うことではないだろう」


 じっとルーシャンのほうを見てそう言えば、彼が眉を顰めた。


「ルーシャンさま、まさか性格の悪さが無自覚なのですか……!?」


 わざとらしくそう言ってみれば、彼がため息をついたのがわかった。


「別に性格が良いとは言っていない。俺の性格の悪さは、理解しているさ」

「……ふぅん」


 なんというか、面白くない返答だと思った。今までだったら、もっと面白い返答をくれただろうに。


「ま、兄の話はこれくらいでいいだろう。……あの兄は地獄耳だからな。何処で話が漏れるかわからない」

「……うわぁ」


 そういうところも、ルーシャンにそっくりかも……と思って、ドロシーは頬を引きつらせる。

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