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35.「つまり、俺たちに、参加しろとおっしゃっているのですね」

「お父さま、ドロシーです。入ってもよろしいでしょうか?」


 それから後片付けを済ませて、ドロシーは父の執務室に向かい、扉をノックした。


 すると、中から「いいぞ」という声が返ってくる。この声は間違いなく父のものだったので、ドロシーはためらいなく扉を開けた。


「遅れてしまい、申し訳ございません。少し、後片付けに手間取ってしまいまして」


 というのも、いつも使っているガラス瓶の一つを片付け中に割ってしまったのだ。


 幸いにも大惨事になることはなかった。大きなけがもなかった。あえて言うのならば、後片付け中に指先を少し切ってしまったことくらいだろうか。でも、今はもう血も止まっているし、気にするようなものでもない。


「そうか。まぁ、気にするほど遅れたわけではない。家族なのだから、そこまで気を遣わなくてもいい」


 父はゆるゆると首を横に振って、そう言う。その言葉にほっとしたものの、彼は「だが」と言葉を続けた。


「他所のお方との際は、気を付けることだ。今後、お前はハートフィールド侯爵家を担う存在になるのだから」


 ……最近、父も母もなにかにつけてこの言葉をドロシーにぶつけてくるようになった。


 それはきっと、跡取り娘であるということを自覚させるための言葉なのだろう。


 正しくはルーシャンが次期ハートフィールド侯爵で、ドロシーは侯爵夫人である。しかし、そんな些細なことドロシーにはどうでもいい。


「……承知、しております」


 愛想笑いを浮かべてそう言葉を返せば、父は露骨にため息をついた。


 大方、父はいつまでも跡取り娘であるという自覚を持たないドロシーに呆れている部分があるのだろう。それは、容易に想像がつく。


 でも、今は跡取り娘とか、そういうことよりも重要な問題があるのだ。


 そう思いつつ、ドロシーは執務室のソファーに腰掛けた。すぐ真横には、先に訪れていたのであろうルーシャンがいる。


 彼は特別な反応を示すことなく、ドロシーの父を、ハートフィールド侯爵を見つめていた。


「さて、二人ともそろったことだし、話を始めようか」


 父がそう言って、腕を組む。一体なにを言うつもりだったのか。そう思って、ドロシーがきょとんとしていれば――父が、一通の封筒をテーブルの上に置いた。


「……招待状、ですか?」


 ドロシーがそう問いかける。すると、父は神妙な面持ちでうなずいた。


「この招待状の差出人は、侯爵家が懇意にしている伯爵家の当主でね。参加を断るつもりはないんだ」

「……はぁ」


 でも、どうしていきなりそんなことを……。


 そう思っているドロシーだったが、すぐに答えは出てきた。……まさか、まさか、だが。


「もしかしてですが、お父さま。……この社交の場に、私とルーシャンさまで参加してこいとおっしゃるのでは、ないですよね……?」


 恐る恐る、問いかけてみた。そうすれば、父は真顔でうなずく。


 自然と天を仰いだ。


「この日なんだが、生憎私たちは用事があってね。でも、欠席するという考えはない。だから」

「つまり、俺たちに、参加しろとおっしゃっているのですね」


 ルーシャンが、父の言葉を引き継いだ。


 彼はさも当然のようにそう言っているが、生粋の社交嫌いだったはずだ。ちょっと、不気味に思えてしまう。


「まぁ、そういうことです。……ドロシー、これは強制だ。いいな?」


 語尾に疑問符がついているはずなのに、全く選択権がないのは気のせいなのか。


 心の中で悪態をつきつつ、ドロシーは隣に座るルーシャンをちらりと見つめる。彼は、なにも言わない。


 でも、しばらくして彼が口を開いた。


「俺のほうは、構いません。今後、侯爵として社交の場に出て行く必要性は、理解しているつもりですから」


 彼の言葉に、ドロシーは心の中だけで「裏切者!」と呟いた。


 しかし、よくよく考えなくてもそうなのだ。次期侯爵夫妻である以上、社交の場に赴くのは当然。特に、現在の侯爵夫妻が参加できないともなれば、代理で参加するのもよくある話だ。


「そうですか。……よかったです。あぁ、あと、これは別件なのですが」


 父はドロシーの返答を待たずに、別の話題に移ってしまった。……婿養子は丁寧に扱うのに、実の娘は適当なのか。


 そう口に出そうかと思ったが、出さなかった。


「別邸の建築についてなのですが。いろいろと考えまして、使用人の部屋も隅に作ることにしました」

「……使用人の、ですか?」

「えぇ。とはいっても、ダニエルさんとリリーくらいしか、使わないでしょうが」


 にこやかに笑ってそう言う父によれば、使用人がとどまれる場所があったほうがいいだろうということだった。


 ……もちろん、それに関してはドロシーも大賛成だ。ルーシャンと二人きりで一つ屋根の下ともなれば、色々な意味で気が持たない。


「というわけなので、こちらの配置を少し移動させて――」


 父が別邸の設計図を出して、ルーシャンに説明をする。……ドロシーは、完全に蚊帳の外だった。


 そりゃそうだ。ドロシーの知識は薬学に偏っている。建築学など、かじりもしていないのだから。

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