↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/108

33.「――ドロシーのことを、話していた。そういうことだ」

 ☆★☆


 ルーシャンとクルトが話しているとき。


 ドロシーは部屋の扉の前にいた。というのも、商談の際に使うメモを忘れてしまい、それを取りに戻ってきたのだ。


 扉を開けようとして、ふと中から話し声が聞こえてきた。その所為で、ドロシーは咄嗟に耳を澄ませてしまった。


(……なん、なのかしら)


 耳を澄ませば、ルーシャンとクルトの話し声が聞こえてくる。


 ドロシーの前では可愛らしい弟子であるクルトが、少し棘のある話し方をしている。


 それもある意味驚きだったが、ルーシャンが。ほかでもない、あのルーシャンが。


(なんだか、意外なことをおっしゃっていたわ)


 恋愛感情とか、なんとか……。


 初めの頃ならば、彼になんと似合わない言葉だろうと思っただろう。


 そして、迷惑だと突っぱねていた。


 でも、今は。


(迷惑とは、思わない……の、か、しら?)


 そこまでの嫌悪感は抱かない。


 きょとんとしつつ、ドロシーは扉の前に立ち尽くす。


 扉に背中を預けて、その場で自身の胸を押さえた。……少し駆け足な心臓が、嫌というほどに自分の戸惑いを教えてくるようだ。


(ちょっと、戸惑っているだけよ。えぇ、そう。……別に、深い意味はないのだから)


 そう思うのに、顔に熱が溜まっているような気がしてしまう。


 頬を必死に押さえて、熱を引かそうとする。


「さっさと、メモを取って戻らなくちゃいけないのに……」


 商人を待たせているのだ。さっさと、戻らなくちゃ。


 その気持ちは強い。頭の中の九割を占めているほどだ。


 でも、動けない。その場に足が縫い付けられたかのように、動けない。


(……ど、どう、すれば)


 あのとき、さっさと扉を開けていれば――と、後悔しても遅い。


 ドロシーがその場で立ち尽くしていれば、ふと室内から足音が聞こえて来た。その足音は、扉のほうに近づいてくる。


 慌てて、扉から離れる。そして、こほんと咳ばらいをして誤魔化そうとした。


「……あれ、ドロシーさん?」


 扉が開いて、クルトが顔を覗かせる。


 なので、ドロシーは苦笑を浮かべて肩をすくめた。


 ……誤魔化さなくては、ならない。


「商談、済んだのですか?」

「う、ううん、単に、忘れ物しちゃって、今、取りに来たの……」


 明かに狼狽えている人間の言葉だった。あと、声が震えている。


 それを理解しつつ、ドロシーは頬を引きつらせていた。クルトは、特になにも言わない。


「そうなのですね。……僕、少し、部屋に戻ります」

「そ、そう。……いってらっしゃい……」


 普段だったら絶対にこんなこと言わない。


 それはわかっているのに、ついつい言葉を口にしてしまう。


 でも、まだ付き合いの浅いクルトには、そこまで違和感を持たれなかったらしい。彼が、「失礼します」と言ってドロシーの隣を通り抜けた。


「な、なんとか、誤魔化せた……?」


 小さくそう呟けば、すぐ近くから「なにをだ」という声が聞こえて来た。


 ……恐る恐る、顔を上げる。すぐそばに、ルーシャンが立っている。


「……様子がおかしいと思えば」

「べ、別に、様子なんて……」


 視線を逸らした。明らかに、動揺している人間の仕草だ。


 わかる。わかるのに、パニックになった頭はそこまで考えが至らない。


「明らかに動揺している人間の動きだろうに。……忘れ物取って、戻るんだろう」


 ルーシャンがそう言って扉を大きく開く。……誤魔化すように、ドロシーは彼のすぐ隣を通り抜けた。


 そのまま書き物用の机の引き出しを開けて、いくつかのメモを取り出す。その中から必要なメモを取り出して、上着のポケットに入れた。


「見つかったのか」


 すぐ後ろから、そう問いかけられた。なので、ドロシーはこくんと首を縦に振る。


「そうか。じゃあ、さっさと戻ったほうがいい。商人は、面倒な奴が多いからな」


 彼はそれだけを言って、ドロシーの側から離れていく。……なんだか、少しだけ。不思議な感覚だった。


「……あの、ルーシャンさま」


 そっと彼のことを呼べば、彼がドロシーに視線を向けてくる。意を決して、口を開いた。


「その。……先ほど、クルトとなにをお話していたのですか?」


 ぎゅっと手を握って、そう続けた。彼は驚いた表情一つ、見せなかった。


「別に、大したことじゃない。……あえて言うのならば、そうだな」

「あえて、言うのならば?」

「――ドロシーのことを、話していた。そういうことだ」


 ルーシャンがそれだけを言って、ソファーのほうへと戻る。


 心臓がうるさい。……絶対、気のせいじゃない。


(そ、そういうの、意味、わからないからっ……!)


 微かに聞こえて来た言葉から、多分彼はそれとなくクルトをけん制していたのだろう。


 それがわかるからこそ、戸惑うしかない。もう、おかしくなりそうだった。


「……また、後で」


 小さくそう呟けば、ルーシャンが「あぁ」と返してくれた。


 すたすたと早足で、商談の場に戻る。……顔の熱は、引かない。


(なん、なのかしら。……私、変)


 今までにない感情、気持ち。それらすべてが――未知の存在に、思えてしまう。


 その所為なのだろう。――こんなにも、心がかき乱されるのは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。