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31.「ドロシーを無意味に傷つけるな。いや、意味があっても傷つけるな。……俺は、許さない」

 まっすぐにクルトを見て、ルーシャンはそう問いかけた。


 すると、彼はそっと紅茶の水面に視線を落とす。ゆらゆらと揺らめく水面を見つめるクルトの目は、何処か悲しそうだ。


「……僕が薬師を目指す理由は、人に語れるような立派なものじゃないです」


 クルトが、そう呟いた。だからこそ、ルーシャンは「ふぅん」と適当に相槌を打つ。


 聞きたいのは、そういうことじゃない。


「ドロシーさんは僕にとって憧れで、太陽みたいな存在です。対して、僕はそこら辺にある石ころでしかない」


 彼が淡々と言葉を紡いでいく。なんの感情もこもっていないような声は、ひどく歪にも聞こえる。


 ルーシャンがぴくりと眉間を動かせば、彼は顔を上げる。


「本当に、立派なものじゃない……ので」


 それは、語りたくないという意思を伝えているのだろう。


 ……全く、愚かなことこの上ない。


「言っておくが、ドロシーの動機も立派なものじゃない。好きだから。それだけで、あいつはあそこまで極めたんだ」


 むしろ、『好き』だからこそ。あそこまで夢中になれたのかもしれない。自身の腕を、磨けたのかもしれない。


「……人とは、多分単純なんだ」


 迷路のような複雑な理由よりも、『好き』ということだけで極められる。夢中になれる。


 それは、ほかでもないドロシーが証明している。


 彼女のはじまりは、間違いなく『好き』なのだから。


「複雑で崇高な理由なんて、必要ない。好きだから、得意だから。それだけで、いいんだろうな」


 そう。単純で、複雑な理由なんて必要ない。


 『好き』だから、側にいる。ルーシャンがドロシーの側に居続ける理由も、そんなもので十分なはずなのだ。


「……そう、いう問題なのでしょうか」

「あぁ、少なくとも、俺はそう思う」


 言葉を返して、紅茶を一口飲む。クルトは、ただ俯く。表情は見えない。


「僕には、救いたい人がいるんです」


 しばらくして、クルトはそう呟いた。


「その人のために、薬師になるって決めたんです。……僕が、その人を救うために」

「……そうか」


 お綺麗な理由だと、思った。


(ありふれた、志望動機のような理由だな。……騎士になりたいと聞かれて、国を守りたいからと答えるくらいに、ありふれたものだ)


 内心でそんなことを呟きつつ、ルーシャンは頬杖を突きながらクルトを見つめる。


 彼の目には、昏い色。お綺麗な理由を語っておきながら、表情は歪んでいる。


(理由を作るのならば、それに合う感情を作ればいいものを。……そんなことをしていると、いずれぼろが出るぞ)


 なんて思うが、口にはしない。……アドバイスをする義理もないためだ。


「きれいな理由だな。……薬師の鑑のような動機だ」


 わざとらしくそう言えば、クルトの肩が跳ねたのがわかった。


「ありふれた、何処にでも転がっている。言うならば、そうだ。子供でも口にできる理由だ」

「……なにが、おっしゃりたいのですか」


 クルトがルーシャンを睨みつけてくる。そんな風にしなくても、いいのに。


 ――悪いようには、しないのだから。


「さぁな。……深い意味はないさ。ただ、お綺麗な理由を口先だけで述べるのならば、感情も伴わせろ」

「っ」

「ドロシーは興味のないことにはとことん疎い。……それでも、いずれは気が付かれるぞ」


 クルトの内面の、ドロドロとした面。そこを見たとき、ドロシーはどう思うのだろうか。


(少なくとも、よくは思わないだろう。だから、この男の毒を被るのは、俺でいい)


 これは、一種の同族の勘というものなのだろうか。


 この男は、世間から見た印象というものをコントロールしている部分がある。過去のルーシャンが、そうだったように。


「……ど、うして」

「さぁな。……俺は、ドロシーに毒を被ってほしくないだけだ。毒を被るのは、俺でいい」


 なんてことない風に脚を組んでそう言えば、クルトがカップの持ち手をぎゅっと握ったのがわかった。


「……僕って、おかしいですよね」

「そうか」

「人を救いたいと思っているのに、その裏では人を殺めたいと思っている。相反する感情って、共に存在するんですね」


 その感情は、間違いなく。ルーシャンの胸の中にもあるものだろう。


「本当、バカげてるんです。多分、僕は誰かに止めてほしいって思ってるんです。……このバカみたいな衝動を」

「そうか」


 それしか、言えなかった。いや、違う。言わなかったのだろう。


「言っておくが、俺はお前のそのバカみたいな衝動を止めることはない。だって、義理がないからな」

「……そうですよね」

「そして、その役目をドロシーに求めるな」


 一種の殺意を宿したような声で、クルトにそう言う。もしも、言葉が鋭利な刃物になるのならば。


 この言葉は、間違いなくクルトを切り裂いているだろう。そう、思えるほどだった。


「ドロシーを無意味に傷つけるな。いや、意味があっても傷つけるな。……俺は、許さない」


 間違いない本音だ。今までのルーシャンならば、こんな感情を抱くことはなかっただろうに。


 ……一年も経たずに、思考回路の一部が、変わってしまっている。全く、恋とは、愛とは。


 ――恐ろしいものだ。

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