30.「……それでも、まだ、マシなんだろうか」
すると、ドロシーは気まずそうに頬を掻いた。
「まぁ、それは、そう、なんですけれど……」
どうにもドロシーにもリリーを振り回している自覚が、確かにあったらしい。
まだ救いようがあるか。
心の中でそう呟いて、ルーシャンは本を読み進めることにした。
近くから、ドロシーの声とクルトの返事が聞こえてくる。ドロシーの言葉は、的確なものだとルーシャンでもわかる。
クルトがミスをすれば、怒るよりもまず方法を教える。悩んでいることがあれば、解決方法を一緒に導いていく。ただし、危険が伴うことに関してのみ、ドロシーは怒っていた。
そんな様子を視線だけである程度観察して。ルーシャンが時計を見つめる。……あと、十分もない。
「ドロシー。そろそろ、準備をしたほうがいいんじゃないか?」
忙しなく動く彼女にそう問いかければ、彼女は時計を見て「そうですね」と言葉を発した。
「クルト。私は席を外すから、休憩したらいいわよ」
「はい」
そんな言葉を残し、ドロシーは羽織っていた調合の際に使う上着を脱いだ。そのまま流れ作業で別の上着に着替えて、調合部屋を出て行った。
……残されたのは、ルーシャンとクルトの二人。
クルトはなにをするのだろうか? そう思って彼を一瞥すれば、彼は少し気まずそうにルーシャンを見つめていた。
その所為で、視線がばっちりと合ってしまう。
「……なんだ?」
今気が付いたとばかりにそう問いかければ、彼は「い、いえいえ!」といって手を横にぶんぶんと振る。
……なんだか腹が立つ態度だった。内心で舌打ちしそうになりつつも、ルーシャンは本を閉じる。
立ち上がって、近くにあるティーセットのほうに向かった。
「休憩するんだろう? 茶でも淹れてやる」
「え……いいんですか?」
「ついでだ、ついで」
ルーシャンも、多少喉が渇いている。
そんな言い訳を紡げば、彼は恐縮したように肩を縮めて「お願い、します」と言葉をくれた。
(……はぁ、なんでこんなことをしているんだか)
そう思いつつ、てきぱきと紅茶を淹れる。
「……あの、ルーシャンさまって、お茶とか、淹れられるんですね……」
彼がちょっと引き気味にそう問いかけてきた。……彼は、ルーシャンをなんだと思っているのだろうか?
(いや、元王族が自ら茶を淹れることなど、ないか)
妙に納得して、ルーシャンは頷く。淡々と茶を淹れて、ティーカップに注いで二人分テーブルの上に置いた。
「父の方針だ。自分のことはある程度自分でしろ。そう教えられてきた」
「……そう、なのですか」
「あぁ。あと、知っているだろうが弟がいてな。その所為か、面倒を見るのは嫌いじゃない」
ただし、弟に見える奴に限る。
内心でそう付け足しつつ、ルーシャンはティーカップを手に取って口に運んだ。……程よい甘みが口の中いっぱいに広がって、ちょっとだけ安心する。失敗しなくてよかったという意味だ。
「なんでしょうか。……ルーシャンさまのご家族は、素敵な人ですね」
彼もティーカップを手に取って、そう呟いた。静かに何度か息を吹きかけて、口に運ぶ。
小さく「美味しい」と呟いたのがしっかりと耳に届く。
「……そうだろうか。面倒な人間の集まりだ」
自分を含め。
心の中だけでそう付け足す。
(本当に、面倒な人ばかりだ。兄は自分勝手な俺様だし、弟は夢見がちだし……)
父はまさに支配者といった性格。なのに、母には弱くて母の尻に敷かれてばかり。
母は母で、子供には厳しくて、怒るととにかく怖くて……。
「……それでも、まだ、マシなんだろうか」
少なくとも、王族貴族間の結婚は政略的なものが主流だ。つまり、夫婦間の仲が良くないというのもよくあること。
ルーシャンの両親は、喧嘩こそするものの仲が悪いことはない。むしろ、仲はかなりいい方だと思える。
(お祖母さまは、よく言っていたな。バカ息子どもめ、と)
それでも、そこには確かな愛情がにじみ出ていた。父が母を身勝手に連れ去って来たときも、怒りこそしたものの、結局は認めたのだから。
(俺は、甘えていたんだよな)
自分の両親に、甘えていたのだろう。
兄がいるから、王位継承権が回ってくることはない。甘え上手な弟がいるから、無遠慮にも引きこもっていられた。
周囲はルーシャンの過去のトラウマを知っているから、強く表舞台に引っ張り出そうとはしなかった。
「面倒だが、本当のところは、優しい人なんだろうな」
小さくそう呟けば、クルトが表情を緩めたのがわかった。
なんだろうか。まるで、世話の焼けるものを見つめるような目だと思う。
「……と、そういうことはどうでもいいんだ。俺は、お前にいくつか聞きたいことがある」
露骨に話題を逸らした。そもそも、だ。
ルーシャンがここに来た本当の目的は、クルトと二人きりで話をするためだったのだ。
「……聞きたいこと、ですか?」
「あぁ、そうだ。……どうしてお前が薬師を目指すのか。そのうえで、どうしてドロシーの元に弟子入り志願をしたのか。それが、聞きたい」




